第6話 憧れ

俺がひとしきりボアーズを洗い終えると、クレハがやってくる。


「さて、どうしますか? 提案としては、この場で食べても良いかと。近くに森もありますし、見晴らしも良いので」


「そうだね、次の村がいつあるのかわからないか。急いできたから何も食べてないからお腹空いたし」


「決まりですね。では、炙り焼きにでもしましょう」


「いいね! 食べよ食べよ!」


そして二人で枯葉や木々を集めて、そこにを使って火をつける。

魔物から取れる魔石には魔法を込めることができる。

人々はそれを使って生活を便利にしてきた。

ただし、使うには魔力が必要で……獣人達には使えない。

それが獣人達が虐げられる一因になったとか。


「後は肉に塩胡椒をしたら串に刺して、炙るように火の回りに置いてと……おおっ、パチパチと音がしてきた」


「ふふ、こういうことするのも初めてかと」


「そりゃね、腐っても王子ですから。というか、こういう食事も初めてだよ」


「そうですね。普段はお城の中にいましたから」


たまに城下町に出てはいたけど、何かを食べることだけはしなかった。

第二王子だから毒味役は必要だったので、基本的には城で食べていたからだ。

俺の立場的には、兄上に何かあった時のスペアだ。

別にそれを悲観したこともないし、むしろ楽な立場でラッキーとか思ってたっけ。

不満があるとするならば……出来立て熱々や庶民的な食事ができなかったこと!


「というわけで、結構楽しみだったり……」


「これからは、こういう機会も増えますよ。幸いにして、ロイド様の奥様も妊娠して安定期に入りましたから。これで、エルク様も自由に食べられますね」


「まあね。ひとまず、第二王子の役目は終わったかなって思う」


兄上に子供ができるまでは、俺の役割はあった。

というより、その役があったから今まで許されてきたのだろう。

逆を言えば、それが終わったから追放されたとも言える。

あのまま王都にいても、俺に仕事はないだろうし。


「というより、それを狙っていた? ……まさか、このタイミングで?」


「クレハ〜? 何をぶつぶつ言ってるの?」


「いえ……エルク様、大丈夫です。私だけは、わかっていますから。いや、きっとステラ様も気づいているかと」


「……なんの話? 俺がダメダメってこと?」


「ふふ、そういうスタンスを取り続けるのですね。では、私もそのようにいたします」


……なんだ? 何かよくわからないけど、クレハが嬉しそうだからいっか。

俺についてきたのに、つまらなかったら可哀想だし。


「そういえばさ、余った肉はどうしよう?」


「そうですね……保存するにしても、この量だと苦労します。何より、時間がかかってしまうかと。近くの村に届けようにも、腐ってしまうかもしれません。食べる分だけを取って、あとは森にでも投げますか?」


「うーん……勿体ない気がするけど。確か、何処も食糧難だって話だしさ」


 この世界には、みんな大好きアイテムボックスはないようだ。

 空間魔法とか、そういうのもない。

あれ? そう考えると、意外と氷魔法ってチート?

何より、この大陸は冬が短く全体的に暑い日が続くし。


「待って……俺の氷魔法を使えばいいんじゃないかな?」


「えっ? ……確かに凍らせれば保存は効きますね。しかし、このサイズを凍らすとなると魔力量が心配ですね。魔力枯渇は命にも関わりますから」


「多分、全然余裕だと思う」


魔法とは発動する時のイメージが大切だ。

それがあれはあるだけ、消費量は少なく済む。

何より……記憶を取り戻した時、膨大な量の魔力を手に入れた。

理由はわからないけど、記憶を取り戻したことに関係ありそう。


「では、それを信用するとしましょう」


「じゃあ、ささっとやっちゃいますか——フリーズ」


食材を囲むイメージで魔法を放つと、一瞬でボアーズの全身が凍りつく。


「はっ? ……い、一瞬で? この大きさの魔獣を……魔力は!?」


「うーん、全然減ってる感じはしないかな」


「そんなに魔力量もあったのですね……いえ、もう良いでしょう」


「そうそう、気にしない気にしない」


俺自身もあんまり突っ込まれると困るのです。

なにせ、明確な理由はわからないし。


「それよりも暗くなってきたし……お腹減ったなぁ」


「ふふ、そうですね。じゃあ、そろそろご飯にしますか。私の鼻が、もうすぐできると言っていますから」


「よし! レッツ異世界飯だ!」


「……異世界飯?」


しまった、つい嬉しくて出てしまった。

なんか、昔読んでた漫画とかでよく見たから憧れてたんだよね。

大きな生き物がいる横で肉を焼いて、その場で食べるとか。


「な、なんでもない! それより……」


「ええ、もう平気ですよ。はい、どうぞ。暑いから気をつけてくださいね」


「ありがとう。 それでは……いただきます!」


クレハからもらった串焼きに思い切り齧り付く!

すると、肉汁が口いっぱいに広がった。


「〜!? あふっ、あつっ」


「ほ、ほら、言ったじゃないですか」


「だいひょうぶ! もぐもぐ……ウマイ!」


食べたのはロース肉かな? 噛み応えもありつつ、程よい脂が乗っていた。

隣では、クレハも肉にかぶりついていた。

それを見て、俺も次々と肉を口に入れていく。


「もぐもぐ……確かに美味しいですね。エルク様、口元がべちゃべちゃですよ?」


「言っておくけど、そういうクレハだってついてるからね?」


「はっ……私としたことが」


そうして、俺とクレハは顔を見合わせて笑う。


自堕落生活もいいけど、こういう時間も悪くないよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る