第2話 黒幕、主人公の母親を救う




 主人公の生まれ育った村には一時間足らずで到着することができた。


 そこで俺が見た光景は――



「うわあ!? 村が燃えてるゥ!?」



 ちょうどシナリオ通りに魔物の軍勢から襲撃を受けているようだった。


 村の方々から火の手が上がっており、二足歩行する豚のような2メートル越えの魔物が村人を殺して回っている。


 ギリギリ間に合わなかったか!?


 焦って主人公の所在を確認するが、どこにも見当たらない。


 まさかもうやられたんじゃ――



「いや、待て待て。落ち着こう。主人公はそもそも家の床下に隠れていて無事なんだ。助けなきゃいけないのは主人公じゃない」



 主人公が魔物を、バルドラを憎むようになったのは故郷の村を滅ぼされたから。


 もっと詳しく言うなら、母親を殺されたからだ。


 つまり、最優先で助けるべきなのは主人公の母親ということになる。


 最悪の場合は魔皇城の宝庫からエリクサーを持ち出し、主人公の母親を生き返らせる必要が出てくるかも知れないな……。



「ん? あ、いた!!」



 上空から村を見下ろしていると、村の中を走り回りながらオークと戦っている女性を発見した。

 銀色の髪をなびかせながらオークを剣で一刀両断している。


 ああ、よかった。まだ生きているようだ。


 主人公の母親は元々有名な冒険者で、その実力は作中キャラでも上位に入る。


 その実力故に彼女は村を守ろうと戦うが、オークの上位種が現れて敗北し、凌辱された後に食い殺されてしまう。


 ゲームでは明文化されていなかったが、そう匂わせる描写があった。


 そうはさせるものか。


 すでに多くの村人が殺されており、村そのものは手遅れかも知れない。

 しかし、それならば目標を変更して主人公からのヘイトを少しでも減らさねばならない。


 主人公の母親の生存、それが絶対条件だ。



「悪いな、オークたち」



 あのオークたちは野生の魔物に見えるが、その正体は『魔の帝国』の兵士たちだ。


 彼らはきっと、バルドラの命令で村を襲っているはず。

 その彼らを俺が破滅したくないからという自分勝手な理由で殺そうとしている。


 いや、魔皇として命令し、オークたちを止めることはできるだろう。


 しかし、それをすると魔物を従わせる魔皇バルドラの存在が人間に認知されてしまう。


 魔物は人食いの怪物。


 そんな怪物を従わせられる存在など、恐怖の対象でしかない。

 主人公の恨みを買わなくても人類が一致団結して向かってくる可能性があるのだ。


 オークに攻撃中止を命令することは出来ない。


 その上で主人公の母親を守るためには、オークたちを殺すしかない。



「うーん、罪悪感ハンパ無い」



 でも、やらなくちゃいけない。


 明日は我が身とはよく言ったものだ。

 俺は自分が生きるためなら他人を蹴落とすことも殺すことも厭わない。


 ……こういう性格だから大学で友達の一人もできなかったのかな。



「って、ああ!? 余計なこと考えてるうちにオークキングと交戦してる!?」



 いつの間にか主人公の母親がオークの上位種、オークキングと戦っていた。


 身の丈5メートルはあるであろうオークの巨体には彼女の扱う剣の刃が通らず、防戦一方でじわじわと追い詰められている。


 いや、たった今オークキングに剣を破壊されて捕まってしまう寸前。


 オークたちが殺された仲間の無念を晴らすべく、主人公の母親を犯すために群がろうとした、その瞬間に。



「ふんっ!!」



 俺は飛翔魔法を解除し、地面に着地する。


 主人公の母親を守るように彼女とオークたちの間に降り立った。


 空から人が落ちてきたのだ。


 キング率いるオークたちも主人公の母親も、目を瞬かせて困惑している。



「そ、空から人が!? あ、貴方は一体……」


「……ただの通りすがりだ」



 俺は一応、魔法で生成した外套で全身をすっぽりと覆って姿を隠している。


 しかし、バルドラの力を全力で行使して戦ったらオークたちに俺の正体が露呈してしまうかも知れない。


 それはまずい。


 自分で村を襲うよう命令しておいて、バルドラ本人がオークたちを止めようと殺したら問題だ。


 なので正体は隠さねばならない。



「んだあ? まーだ逆らう奴がいるのか? 面倒だな。おい、お前ら。こいつを殺せ」



 オークキングがオークたちに命令し、一斉に襲いかかってくる。


 主人公の母親はハッとして叫ぶ。



「貴方は逃げて!! この数はどうしようもないわ!!」


「……俺が逃げたら、お前が酷い目に遭う。俺はそれを避けたい」


「え、ど、どうして……?」



 俺の言っている意味が分からないのだろう。主人公の母親は小首を傾げている。


 俺はそんな彼女をじっと見つめた。


 うーむ、やっぱり美人だなあ。目は綺麗な空色でぱっちりしてるし、人形みたいだ。


 とても一児の母には見えない。


 いやまあ、人種を問わず数々のヒロインたちを魅了してしまう主人公の母親なのだ。美人じゃないわけがない。


 ゲームで初めてキャラデザを見た時、攻略対象ではないと知ってショックだったのを思い出したぜ。


 なんて考えながら見つめていたのだが、何故か次第に頬が赤くなり、交差する視線が熱を帯びてくる主人公の母親。



「あぅ、そ、その……」


「?」



 よく分からんが、今は向かってくるオークたちに集中しよう。



「死ね、ニンゲン!!」


「悪いな。俺は死にたくない」



 一言謝ってから、向かってきたオークの胴体に拳を叩き込む。


 腕がオークの胴体を貫通した。


 気持ち悪い感触が手に伝わってきて、オークは悶え苦しむ間もなく目から光を失う。



「「「「え?」」」」



 その場の全員が目を丸くした。ちなみに俺も目を丸くしている。


 え? 俺の拳、こんな威力あんの?


 軽く殴ったつもりだったが、オークの頑強な毛皮と筋肉を貫いてしまった。


 こんなのジョ◯ョでしか見たことがないぞ!?



「……」



 オークの血が俺の腕を伝う。


 最初から殺すつもりではあったが、こうもあっさり殺せてしまうとは。


 いや、それだけバルドラの力が強大なのだろう。



「か、囲んで殺せ!!」


「「「「「お、おお!!」」」」」



 的確な指示を出すオークキングと、それに忠実に従うオークたち。

 槍や斧を片手に向かってきたオークたちに、俺は躊躇わないで拳を振るった。












 今日は曇り空だった。


 一緒に夕食に使う野草を息子と森まで取りに行こうとした時、オークが村人たちに襲いかかっている光景が視界に飛び込んできた。


 かつては有名な冒険者だった私は魔物の襲撃だとすぐに理解し、床下に隠れるよう息子に指示する。


 魔物にとって柔らかい子供の肉は御馳走だ。


 可愛い息子をむざむざオークの餌にするつもりはない。

 私は冒険者時代に愛用していた剣を手に取ってオークたちに襲いかかった。


 でも、まさかオークの上位種であるオークキングまでいるとは思わず、攻撃を受けた拍子に剣を手放してしまった。


 剣を持っていない私は無力だ。


 オークたちがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、少しずつ近づいてくる。


 私は冒険者だった頃から、自分の容姿には自信があった。

 二十代半ばになった今でも若い子に負けていないと思ってはいる。



(まだ女として見られていることは嬉しいけど、相手がオークなのは素直に喜べないわね)



 私はきっと酷い目に遭って死ぬだろう。


 せめて床下に隠れている息子が無事でいてくれることを願いながら、私は神に祈った。


 それなのに……。



「何が、起こっているの?」



 私の目の前には今、自分の目で見ても信じられない光景が広がっている。


 数十匹はいるであろうオークたちと、外套で身体をすっぽり覆った人物がたった一人で真っ向から戦っていた。


 オークは一匹で三人の兵士に匹敵する強さを持ちながら群れる厄介な魔物だ。


 一匹や二匹なら私の実力があれば不意打ちで殺すことができる。

 しかし、それ以上の数を同時に相手取るとなると私ではどうすることもできない。


 それをたった一人、拳で圧倒する謎の男。


 何故か私をじっと見つめてきて、何故か私が酷い目に遭うのを避けたいと言った怪しい男。

 全身を覆うフードと言い、空から落ちてきたことと言い、何もかもが胡散臭い。


 でも何故か、彼の戦う姿を自然と目で追い、お腹の奥が疼いてしまっている自分がいる。



「く、くそっ、退却だ!! こんな強いニンゲンがいるなんて!!」



 彼の戦う姿に恐れをなしたオークキングが撤退を指示する。


 すると、全てのオークたちが蜘蛛の子を散らすように森の方へ逃げ出した。

 その背を静かに見守る彼は、オークたちを追う気はないようだった。


 彼が私の方を振り向いて、近づいてくる。



「無事か?」


「は、はい……」



 思わず敬語になってしまう。それに目も合わせられない。


 自然と声が上ずって、顔が熱くなる。


 無性に髪が乱れていないか気になってきて、私は彼の方をちらちら見ながら身なりを整えた。


 すると、何を思ってか彼は着ていた外套を脱ぎ、私に優しく羽織らせた。その時、私は自分の格好を初めて認識する。



「きゃっ!!」



 おっぱいが丸出しだった。


 オークたちを倒して回っている時に幾つか攻撃を食らい、服がボロボロになってしまっていたのだ。


 私は慌てて胸を隠し、彼の方を見た。



「……見ていない。安心しろ」


「っ」



 そういう彼の顔は、恐ろしく整っていた。


 紐で束ねられた純白の髪とルビーのように真っ赤な瞳。

 それはどこか人間離れしているようで、思わず目を奪われてしまう。


 正直、年齢も性別も分からない。


 でも多分、男だと思う。女としての勘というか、本能がそう告げている。


 私も身長は高い方だが、その私を見下ろせるくらい背が高い。

 しかし、顔立ちは中性的で女装したら男性だと分からないだろう。


 キュン♡ キュンキュン♡


 何故か私の女の部分が疼く。いや、もう理由は分かっている。


 強くて、優しくて、イケメン。



(あ、駄目♡ 好き♡)



 夫が流行り病で亡くなってから、男性とのお付き合いはしていない。


 そもそも夫は同じ村で育った幼馴染みで、何となく好きになって、何となく結婚した相手だ。

 夫のことは愛してはいたが、恋をしたことはなかった。


 そして、私は今日初めて恋をしてしまったのだ。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「おや、主人公の母親の様子が……。やったね、主人公の母親が恋する乙女に進化した!!」


読者「わくわく」



「主人公の母親……」「そら惚れるわな」「あとがき読者登場してて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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