第四章 七伯爵、壊滅へのカウントダウン

第26話 白衣の女教師、軽音部に降臨す

【前回のあらすじ】

こと「キメェ男悪魔もブッ倒したし、改めてバンドに打ち込むとするか」


   #   ♪   ♭


 一学期も終わりに差しかかる頃。

 軽音部の部室には、個別練習前の部員たちが集まっていた。先日のオーディションがきっかけで加入した新顔もちらほらとうかがえる。


 その立役者である『鱧肉はもにくまいバンド(仮名)』のメンバーも揃っていた。


 ベース・めい治家じやこと

 キーボード・ぼうどうぴあ


 以上。

 他校生のなつがいないのは当然としても、いささか寂しいスタートではある。


鱧肉はもにく先輩は今日もいらっしゃいませんの!?」

「しゃーねーだろ。期末テスト対策で忙しいんだからよ」


 ことだってまいと過ごす時間を減らしたくはないが、今は卒業を願う気持ちが優先だ。涙を呑んで、今週いっぱいはレもんに指導を任せることにした。


(ケガの功名だが、ぴあが先輩と距離を縮めるのは阻止できたな)


 あとは、どうにかしてぴあなつをカップル成立させる。それと並行して、こと自身もまいに告白する決意を固めなくては。


(今先輩の勉強を邪魔するわけにはいかねぇ……となると、勝負は夏休みか)


 場所は? シチュエーションは? 今から考えることは山積みだ。

 思案の間、なぐさみにベースを弾くことを、ぴあは椅子に座ったままじっと見つめている。


(ちくしょう、ガン飛ばしやがって……お前にまい先輩は渡さねぇぞ!)


 ことにらみ返すと、ぴあは何故かはにかんだような笑みを送ってきた。


(はぁ!? コイツ、牽制けんせいのつもりか? わけわかんねぇ……)


 二人で不可解なにらめっこを続けていると、部室の扉が開けられた。


「こんならぁ、何をいなげな顔しよんなら」


 入ってきたのは、オーディションでも世話になったネル部長だ。


「あら、部長さん。ごきげんよう」

「…………」

「……?」


 ぴあとネルの間に不自然な沈黙が流れる。その理由をことだけは知っている。

 「ワシなぁ、綾重あやしげに告ってフラレてん」オーディション終わりに、ネル本人から聞かされた事実。


「……すまん。SKエスケー……綾重あやしげとは仲良うやりよんか?」

「ええ。連絡先を交換しましてよ。今後の参考にと、ライブにも誘ってくださいましたの」


 それはことも初耳だ。なつの積極性に関しては見習うべきところがある。


「プロのライブはしっかり観ときんさいや。映像でもええけ。めい治家じやはとくにの」

「え? オレッスか?」


 突然の名指しにことは面食らうも、ネルの意図はすぐに理解できた。


「ほうじゃ。ステージとスタジオを同じに思うたらいけんで。場所いっぱい使つこうて、お客にアッピールせんにゃあいけんのんじゃけぇ」


 ライブ経験豊富ななつ、見た目にも華があるまいとぴあに比べ、ことがショーマンシップでおくれを取っているのは否めない。


「なるほどな。今のままだとオレはバンドの穴ってことになるな」

「め、めい治家じやさんは凛々しくて、か、格好いいのですから、もっと自信を持ってくださいまし!」


 ぴあは自分を持ち上げて何がしたいのだ――とことは思ったが、すぐに腑に落ちた。この好戦的なお嬢様は、ステージ上でもライバルとして競い合うつもりなのだ。


「おう、見てやがれ。再来週の部内ライブで鼻を明かしてやるからよ!」

「そ、それでこそめい治家じやさんですわ!」


 ぴあは実に嬉しそうな面持ちだ。変わった女だが、モチベーションの高さは評価したい。

 ただ、やる気があらぬ方向に飛び火するのだけは勘弁してほしかった。


「ところで、部長さんはバンドに加入してくださいませんの?」


(おい、バカ! お前となつが一緒じゃ部長がスゲー気まずいだろーが!)


 ことは心の内で絶叫する。

 案の定、ネルも参加には消極的だった。


「こないだもうたけど無理じゃ。プログレみたぁやねこいもん何曲も歌うん、ワシゃたいぎいけぇ」


 言い訳の混じった返答に、気まずさがにじみ出ている。

 しかし、ぴあことの予想以上に強者であった。


「一曲なら構わないということですわね」何故そうなる。「わたくし、部長さんと五人で演奏したときの一体感が忘れられませんの」


 後半に関してはことも反論し難い。それはネルも同感だったようで、


「……一曲だけじゃったら考えとくわ」


 妥協点は案外すんなりと定まった。


「まー、それは今どーでもええけぇ――軽音部の皆さーん。今日は大事な報告がありますー」


 ぜん、ネルは部長モードに切り替わる。ことたちを含めた部員の視線が集まった。


「顧問の先生、明日から新しく替わりんさりますー」



  *



 元々、軽音部の顧問は吹奏楽部との兼任だった。吹奏楽部が大会に本腰を入れるに当たって専念したいと申し出があり、軽音部には代わりの顧問が迎えられた。


 白衣姿で部室を訪れたのは早稲蛇わせだ詩亜しあ。赴任して早々、生徒たちの人気をさらった話題の養護教諭である。


「部活の顧問って一度やってみたかったの。先生も音楽大好きだし、嬉しいわ」


 栗色のショートボブが似合う、物腰柔らかな「詩亜しあ先生」は、あっという間に部員たちから受け入れられた。


「先生、この曲知ってる?」

「あらあら。とっても上手に弾けてるわね」


「せんせー、保健室空けてて平気ですかー?」

「大丈夫よ。保健委員の子たちに任せてるから」


詩亜しあ先生、教職十年目ってホント?」

「うふふ……ひみつ」


 部室の雰囲気はぐっと良くなり、活動のモチベーションも明らかに上がっている。


 ことの目から見ても、詩亜しあ先生効果はいいことずくめのように思えた。

 強いて言うなら、男子たちがキメ顔で先生に演奏をアピールしているのが若干ウザいぐらいか。


(おめでてー奴らだぜ。でも、人目を意識したプレイってのはオレにも必要かもな)




 そうこうしているうちに、別バンドの練習時間になった。メンバーが休みだというので、ヘルプに入るぴあを残して、ことは廊下で自主練を始める。


「ベース弾いてるの、格好いいね」


 不意に声をかけられた。顔を向けるまでもなく、視界の隅に白衣の裾がはためいている。


詩亜しあ先生……部室残らなくていいんスか?」

「あなたのことが気になっちゃって」


 魔性の女かよ――ことは内心でツッコんだ。


めい治家じやことッス」

「知ってる。2年G組でしょ?」


 顧問なら把握していて当然かもしれない。だが、この時のことは妙な胸騒ぎがして仕方がなかった。


「先生ね、あなたのことよーく知ってるんだ。何故だか分かる?」

「…………まさか」

「はい、時間切れ。続きはまた今度、ね」


 思わせぶりな笑みを残して、詩亜しあは再び部室へ戻って行った。


(……流石に考えすぎか)


 もし悪魔に動きがあれば、自分よりも先にマキナがぎ付けているはず。連絡を待つのが賢明だ。

 ことは気を取り直し、ステージ本番へ向けたイメトレに励むのだった。



   #   ♪   ♭



詩亜しあ イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818093089480167375

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