第27話 放課後先生ウォッチング

【前回のあらすじ】

こと「軽音部の新顧問は保健室の詩亜しあ先生。だけど何だ、この違和感……」


   #   ♪   ♭


 七伯爵のアジトにて。威厳を漂わせた影が問いかける。


「シアティよ、首尾は順調か?」

「ええ。めい治家じやことの身近な人間に狙いを定めたわ」


 艶然えんぜんと微笑むシアティを、ボスは激励する。


「うぬが最後の頼みの綱だ。期待しているぞ」

「任せて。ウフフ……愚図な人間どもに、あたしの擬態が見破られるはずがないのだから」



  *



詩亜しあ先生からセクハラを受けてるだとォッ!?」


 体育教官室にことの声がこだました。

 慌てて飛びかかってきたジャージ姿の女教師が、ことの口を塞ぐ。


「大声を出すなぁっ!! そこまでは言ってないだろうっ!?」

「でもよ、ソナチネ先生……」


 顔を覆う手を振りほどき、ことは担任の姿を至近距離からまじまじと見つめた。


 祖名そなちね、三十一歳。空手部顧問の体育教師。相変わらず色気も素っ気もない――いや、いつもは雑なメイクが割とバッチリ決まっているような。


「そ、そんな目で見るなよぉ……」


 祖名そなうつむきながらソファの方へ後ずさっていった。


 話を整理する。

 先週赴任して来た詩亜しあ祖名そなは、同性かつ同年代ということもあり、とんとん拍子に打ち解けていった。校内の案内に始まり、日常の雑談から、昼食の同席まで。


 問題はここからだ。数日前から両者の距離は一層縮まる。祖名そな詩亜しあに誘われるまま、マッサージを受けるまでになった。

 それはもう、念入りに、濃厚に。


「っつーか、執拗しつようにケツを揉まれるのは流石にガチ感ありますって。やっぱ嫌なことははっきり拒否した方がよくねーッスか?」

「その……嫌じゃ……ないんだ。むしろ、もっとしてほしい、というか……」


 祖名そなの返答を耳にするや、ことはくるりときびすを返した。


「そッスか! 末永くお幸せに!」

「め、めい治家じやぁ! 待ってくれぇ!」


 腰にしがみつく祖名そなを引きずりながら、ことは大股でドアへ向かって行く。


「深刻なツラして相談っつーから来てみりゃ、ただのノロケじゃねーッスか!」

「違うんだぁ! お前に聞きたいのは、詩亜しあ先生の気持ちにどう応えればいいのかってことなんだよぉ!」


 祖名そなはしおらしく床にへたり込み、涙目で訴える。


「そんな話、何でオレなんかに」

「学校新聞で見たぞ。お前、部活の先輩と付き合ってるんだろう? 女同士の恋愛についてアドバイスが欲しいんだ」


 よりによって、あのガセネタがここまで尾を引くとは、ことも予測できなかった。


「あれは飛ばし記事ッスから! 先輩とはまだ、つ、付き合っては……ないっつーか……」

「何だ、めい治家じや。意外と奥手だな」


 完璧に痛いところを突かれた。相手が教師でなければ、今頃は胸倉に掴みかかっているところだ。


「慎重って言ってくださいよ! 恋にはタイミングってもんがあるんスから!」

「す、すまん。それもそうだな。お互い頑張ろうじゃないか」

「おう! って、何でオレが相談したみてーになってんスか!?」


 結局、何も解決していない気がする。

 だが、祖名そな本人が納得しているのならば、ことからこれ以上言うべきことは何もなかった。



  *



 祖名そなが何気なく口にした一言が、ことの頭の隅に引っかかっていた。


 「詩亜しあ先生の目に見つめられると、何だか吸い込まれそうで、つい言いなりになってしまうんだよ」


 最近も似たような真似をする悪魔と遭遇したばかりだ。疑うのは心苦しいが、警戒するに越したことはない。


(一応、雇い主に相談だな)


 ことはメッセージアプリを開き、マキナに連絡をつける。


(悪魔どもの動きは今どうなってる?)


『今のところ、おく多部たべ高校の周囲で悪魔は観測されていないねぇ。遠くから校内を探っている可能性もなきにしもあらずだが』


(それか、とっくに内側にもぐり込まれてたりしてな)


『前例が二件もある以上、ないとは言い切れないのがつらいところだ』


 前例――言うまでもなく、レもんと不哀斗ふぁいとのことだ。

 仮に詩亜しあが悪魔だったとしても、レもんたちのような上手い落としどころを見付けられるかもしれない。


(実は最近、ウチに来た先生がちょっと怪しくてよぉ。優しくていい人だし、考えすぎだと思いてーんだが)


『そうか……ことクンに心労をかけるのは忍びない。こうなったら、ワタシが直接見極めようじゃないか』



  *



 部活休みの放課後。

 ことが屋上を訪れると、すでに銀髪メガネ女が待ち構えていた。


「やあ、ことクン。授業おつかれさま」

「あんた……当たり前のように建造物侵入してんな」


 マキナはご丁寧にもファンタジー盗賊のコスプレでめかし込んでいる。


「ワタシには不可視の術があるからね」

「前に体育館で使ったやつか。見た目だけじゃなくて、声とか匂いも認識されなくなるんだよな」

「そうとも。キミにも術を施すから、ターゲットの居場所まで案内してくれたまえ」


 マキナはベルトポーチから聖水の瓶を取り出し、自分とことにスプレーした。

 しかる後、呪文を詠唱。


「イナ・イー・ナイヴァ!――これでよほどの使い手以外にはバレないはずさ」


 ちなみに、同じ術のかかった者同士も認識し合える。今のこととマキナがそうであるように。


「毎度実感がねぇから不安なんだよな」

「道すがら試してみるといい」


 そうするよ、とことは屋上を出て階段を駆け降りる。ちょうど廊下を通りがかったのは、オーディションにも参加してくれた軽音部員だ。


「よっ、おつかれ!」


 正面から挨拶をするが、見事にスルーされた。続いて教師にも声をかけてみたが、同様に無反応だ。


「安心したかい?」


 後ろからマキナが追い付いて来た。場違いなコスプレ女がいるにもかかわらず、生徒たちは誰も気に留めてはいない。


「疑ってたわけじゃねーけどな。そんじゃ行くか」


 ことはマキナを連れて、一直線に保健室を目指した。


「そこの角を曲がればすぐ……――おっと」


 目的地も手前というところで、こちらへ歩いて来る白衣姿と出くわした。


「彼女が例の詩亜しあ先生かい?」

「ああ」マキナに答えつつ、ことは正面へ向き直る。「悪いな、先生。ちょっと様子見させてもらうぜ」


 ことが口にした途端、詩亜しあの足が止まった。


(え――?)


「やっと来てくれたのね。遅かったじゃない」


 蠱惑的な瞳がこちらを真っ直ぐに見据えていた。

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