第23話 波瀾含みのオーディション

【前回のあらすじ】

ことなつとの勝負は引き分けだった。アイツとはまた会える気がするぜ」


   #   ♪   ♭


 学校が休みの土曜日。まいことのバンドメンバーをつのったオーディションが開かれていた。


 会場は『めいじや楽器店』に併設されたレンタルスタジオである。社長の娘として、ことは関係者権限を最大限利用させてもらった。

 使用するのは、一番大きい二十畳の部屋だ。


「ぶち広いスタジオじゃのー。ワシも使うんは初めてじゃ」


 軽音部の顧問代理として、ネル部長が同席してくれることになった。パンキッシュなファッションは普段着だろうか。制服以外の格好を見るのはことも初めてだ。


「私たちはセッティング終わってるし、始めちゃおっか」


 まいのギタープレイ動画は万バズしていたものの、高難度な課題曲が災いしてか、校内に限定した応募者は計七人にとどまった。

 それでも、ゼロ人を覚悟していたことからすれば上出来だ。


「んじゃ、順番通りヴォーカルからッスね」


 ことのベース、まいのギターと打ち込みトラックをバックに、各パートの審査が始まった。


 ヴォーカルの候補者は二人。課題曲は七分間のプログレッシヴ・メタル曲だが、間奏を飛ばして五分でまとめる。

 他の候補者たちも見守る中、演奏はとどこおりなく終了した。




「楽器パートの審査は十分後でーす」


 まいことはみんなを部屋に残し、一旦廊下へと退出する。


「今の子、英語の発音完璧だったねー。リズムはちょっと甘めだけど」

「そッスね。ただ、一人目の方がパワー感じました」

「わかる~。でもメタルコア系っぽいし、私たちとの相性は微妙かな」


 音楽に懸けるまいの情熱は本物だ。その真剣な横顔に、ことは幾度となく見入らされてきた。

 今回だって、メンバー選びの目に狂いはないはずと確信している。




 二巡目はキーボードだ。演奏はエントリー順、つまりトップはあの女。


ぼうどうぴあと申します。よろしくお願いいたしますわ!」


 髪をアップに、スリット入りのドレスで着飾ったぴあが、自信たっぷりに進み出てくる。

 異彩を放つのは立ち姿だけにとどまらず、小脇にたずさえたヴァイオリンが皆の目を引いた。


「間奏で持ち替えても構いませんこと?」

「いいよ。シンセのソロ部分だよね」


 まいが許可するや、ぴあは喜び勇んでキーボードの前へ身を躍らせる。


「そうと決まれば――さぁ、めい治家じやさん! 曲を始めてくださいまし!」


 やっぱコイツうぜぇな――と思いつつ、ことはイントロのベースリフをかなで始める。


(お嬢様にプログレメタルなんて……――いや待て、これは……)


 曲が進むにつれ、ことは認識を改めさせられた。

 ぴあは序盤からオルガンやピアノのパートを完璧以上に弾きこなしたうえ、予定外のヴァイオリン演奏でスタジオ中を圧倒する。


(く……悔しいけど楽しいぞ、これ……!)


 まいに比肩するプレイヤーが同じバンドにいる――血が騒ぐ。もしこの先も一緒に活動を続けられたらと考えると、広がる可能性に胸が躍った。


 ぴあとの濃密な七分間は、瞬く間に過ぎ去っていた。

 後続の二人も悪くはなかったが、結果は一目瞭然だった。ことまいと顔を見合わせ、無言でうなずき合う。




 最後はドラマーの選考だ。

 一人目はテクニックに申し分はないものの、ペース配分に難ありといったところ。

 二人目は細かいミスがあったが、リカバーも上手かった。ライヴ経験がそれなりにありそうだ。


(これは難しいな。どっちを選ぼうにも決定打が見当たらねぇ)


 ことまいの表情をうかがうが、見るからに思わしくない。

 無理もなかった。誰を選ぶにせよ、あるいは誰も選ばないにせよ、決定権はリーダーであるまいの両肩にのしかかっているのだ。


 こんなとき、ことにできることはただ一つ。


「……先輩。正直な評価を言うべきッス。オレがついてますから」

ことちゃん…………うん。分かった」


 重ね合わせた手に力がこもるのを感じた。




「皆さん、本日はおつかれさまでした」


 まいは参加者に向かって深々とお辞儀をする。


「大きく音を外している方は一人もいらっしゃいませんでした。皆さん大変お上手でした。ですが、それだけだったという印象です。上手い止まりで、その先のビジョンが見えませんでした」


 静まり返ったスタジオの中、全員の視線がまいに集中していた。


「お一人だけ――ぼうどうぴあさん、あなたと演奏している間はとても楽しかったです。あなたとなら足し算ではなく、掛け算で音楽を作り上げられそうな予感がしました。ぜひバンドメンバーに加わってほしいです」


 うやうやしく頭を下げるぴあを囲むように、祝福の拍手が沸き起こった。

 まいは言葉を続ける。


「先ほどは厳しいことを言ってしまいましたが、皆さんがここまでの技術を身につけるのは、並大抵の努力ではなかったはずです。今回の課題曲も、短い期間で精一杯の練習を重ねてきたことと思います」


 まいは、ただ才能の上にあぐらをかいているだけの人ではない。努力することの真の価値を知る人だ。

 だからこそ、ことまいのことが好きになったのだ。


「そんな素敵な皆さんと、今日限りでお別れするのは寂しいです。なので――」


 まいの視線がふと、ネル部長の方に移る。


「もしバンド組みたい人おったら、軽音部まで来てくんさい。ギターとかベース希望の子ぉ何人か知っとりますんで、ワシの方から紹介しますけぇ」


 オーディションに便乗して部員を勧誘する、部長のしたたかさには感心する。勿論、事前にことたちも納得ずくではあったのだが。


 なお、実際に数日後、軽音部の部員数は倍増することになるのだが、それはまた別の話だ。




 合格者も決まり、参加者たちもそれぞれの帰路につこうとする頃。

 スタジオの床に置かれたスマホが震えだしたのを、ことが見付ける。


「誰のッスか? これ」

「おー、ワシんじゃ」


 ネル部長がスマホを拾い上げ、通話を始めた


「あー、SKエスケー? 送った写真見た? ……何て? モゴモゴしゃべりよるけぇ、聞き取れん…………は!? 今軽トラ飛ばしよる!?」


 珍しく声を荒げる部長に、皆の視線が集中する。


「どうかしました?」

SKエスケー――こないだうたワシんとこのドラマー、やっぱオーディション受けさしてほしいって」

「今からッスか!?」


 思わず難色を示すことだったが、まいは逆の反応だった。


「悩み抜いたうえで来てくれるんでしょ? やる気ある子は大歓迎だよ!」

「先輩がそう言うなら、まぁ……」


 渋々受け入れようかというところで、ぴあまでもが身を乗り出してくる。


「新しい方が参加されますのね! わたくしも見学させてくださいまし!」

「さっきからテンションたけぇーな、お前」

「だ、だって! これからは一緒に部活の時間を過ごせるわけですし……」


 伏し目がちにそわそわしだすぴあを見て、ことは確信する。やはりこの女はまいを狙っている――と。


(コイツぁますます油断ならねぇ……! ちょっと顔が良くてスタイル抜群で勉強も運動もできて楽器がめちゃくちゃ上手いぐらいでいい気になりやがって……!)


 ことがぴあに対抗心を燃え上がらせているなか、スタジオのドアが外からノックされる。

 開いた扉の向こうから、聞き憶えのある声がした。


「すいません、第五スタジオってここで合ってますか?」


 そこにいたのは、十日前にことと激戦を繰り広げたスケバン・綾重あやしげなつであった。



   #   ♪   ♭



★ネル部長 イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818093087890966269

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