第24話 バンドリーダーの熱情

【前回のあらすじ】

こと「ぴあ合格で一段落したオーディションに、アイツが遅れてやって来た!」


   #   ♪   ♭


 あの日と同じ、セーラー服にくるぶし丈のスカートで入室してきたなつに、ネル部長は手招きをする。


「おぅ。ここじゃ、SKエスケー

SKエスケーって、お前のことかよ!?」


 驚きを発したことには目もくれず、なつはある人物のもとへ一直線に向かっていった。

 立ち止まったのは、ぴあの前。


「あら、あなたは……」

「ま、また会えましたね~。いや~、気晴らしにドライブしてたら、この近くでオーディションがあったな~と思い出しまして……ちょっとのぞいてみようかな~と来てみたら、こんなところで再会できるなんて……ほ、ホント奇遇ですね~」


(おいおい……いくら何でも無理があんだろ!)


 ことは全力でツッコミたくなる気持ちを抑え、なつに接近する。


「一応聞くけどよ……オレのことは憶えてるよな?」

「おや、アナタはめい治家じやことさんですね。その節はどうも」

「気色悪ッ! すんません、コイツ一旦借ります!」


 ことなつの後ろ襟を引っ掴んで、廊下まで引きずり出した。


「おい、テメェどういう了見だ!? オレは何も聞いてねーぞ!」

「アタシだってキサマが参加してるとは聞いてない! アタシはただ、お嬢がここにいると知って飛んで来ただけだ!」


 なつが見せたスマホには、ネル部長が送ったとおぼしきオーディション風景が映っていた。控えめなスナップショットだったが、一人だけドレスアップしたぴあの姿は否応なしに目立っている。


 なつが恋い焦がれる「お嬢」とは、まいを付け狙うぴあのことだったのだ。


(だとすると……コイツを望みどおりぴあとくっけちまえば、自動的に先輩から遠ざけられるってわけだな!)


 ことの頭の中で全てがつながった。


「……分かった。オレが協力してやるから、お前はこのままオーディション受けろ」

「キサマ、何をたくらんでる?」

「た、企んでねーって! 拳で熱く語り合った仲じゃねーか!」


 ことは無理矢理なつと肩を組んでスタジオへ戻る。

 中では、まいげんな面持ちで待ち構えていた。


「もしかして、こないだことちゃんがケンカした他校生って、その人?」

綾重あやしげなつです……あっ、今は仲良くさせてもらってるのでご安心を」


 なつが顔を向けた先には、ぴあの眼差しがあった。


「まぁ。二人はお友だちでらしたのね。息の合った演奏、期待しておりますわ」

「……! ま、任せてください!」


 自前のスティックとフットペダルを手に、なつはいそいそとドラムセットへ向かう。セッティングも手慣れたもので、速やかに準備が整った。


「ほいじゃあ始めるでー」


 ネル部長がノートPCから音源をスタートさせる。クリック音に合わせて、ことがベースイントロを弾き始め――と、ここまでは今までどおりだった。


 なつのドラムが入った途端、ズッコケそうになった。バタつくツーバス、裏返るアクセント、そもそもリズムが激しく乱れている。


 たまらずまいが演奏中止の合図を出した。

 唖然と立ちすくむぴあを見ていられず、ことはドラムセットまで大股で歩み寄っていく。


「おい、テメェ! ふざけ……」

「も、もしかして、ほ、本番、は、始まってます……か……?」


 明らかに様子がおかしい。マスクからのぞいたなつの両目が、ぴあの方を落ち着きなくチラ見している。

 ことは瞬時に察した。


(コイツ……好きな女の前で緊張アガってやがる……!)


「どうしたんじゃ?」


 ネル部長がそばまでやって来るが、ことは他人の恋愛事をバラすわけにもいかず、なつとぴあを交互に見やることしかできなかった。

 だが、それで部長も悟ったとみえ、


「よいよ……」溜め息一つ。「SKエスケー・バーン!」

「はいぃっ!!」


 鋭い叱咤の声に、なつはピンと背筋を伸ばす。


「おどれはワシの背中だけ見ちょりゃええんじゃ」


 ネル部長はマイクを引っ掴むと、メンバーの真ん中へ堂々と陣取った。前後して、アイコンタクトを交わしたまいが音源をリスタートさせる。


 イントロ明け、ことは早くも変化を察知した。


(……! これがコイツの本領か!)


 なつのドラムは見違えるように安定していた。単に正確なだけではない、華やかでキレのあるフレージングに耳を奪われそうになる。


 それも束の間、ネル部長が歌い出したのを境に、スタジオの空気は一変した。


(部長の生歌……スゲぇ……!)


 仮歌を吹き込んでくれたのと同じ人物とは思えなかった。何度も耳にしたはずのハスキーヴォイスが勇ましくもなまめかしく、そして生々しく耳朶じだに絡み付いてくる。


 聴き惚れているうちに、曲はいつしか間奏へ移ろうとしていた。ネル部長の招きに応じ、ぴあがヴァイオリンで飛び入りする。

 まるで、始めからそう打ち合わせていたかのように。


(……あぁ。オレたち、今マジでバンドやってんだ)


 まいと目線を交わし、微笑み合う。同じ気持ちだったら、きっと幸せだ。


 初めて一堂に会した五人での演奏。皆の鳴らす音が噛み合う、得難い快感が脳髄を刺激する。身体中が熱い。汗ばむ手を必死に律して、指板の上に踊らせた。


 そうして、ことの人生で最も長い七分間は幕を閉じた。



  *



「それで、ドラムの子はどうなったんだい?」


 話の先を促すマキナ。格好は本人お気に入りのファンタジー魔女スタイルだ。家族連れも多い休日のフードコートにあっては、いちじるしく浮いている。


「どうもこうもねーだろ。合格だよ」


 昨日の出来事を脳裏に思い浮かべながら、ことはマスタードまみれのアメリカンドッグにかじり付く。


「それはよかった。バンド結成おめでとう」

「どういたしまして」

「いやぁ、ことクンが高校生らしい青春を満喫していてワタシも嬉しいよ」


 その言葉に嘘はないのだろう。マキナは笑みを絶やすことなく、フライドポテトを口に運んでいる。


「何であんたが喜んでんだよ。親戚のオバハンか」

「気分的にはそんなものさ。おそらく、のべ十年分ぐらいはキミのことを見守っているわけだからね」


 また訳の分からないことを言い出した。面倒なので、ことはいつもどおり適当にあしらった。


「そりゃご苦労さん。ま、ちゃんとバイトも続けるから心配すんな……」


 ことが言いかけたところへ、マキナが使い魔の念波を受信する素振りを見せた。


「おっと、噂をすれば。早速バイトの時間だよ」


 およそ半月ぶりの悪魔発見。ことたちはそれぞれの食べかけを直ちに胃袋へ収め、現場に急行した。



  *



 悪魔は繁華街にいた。女性ばかりを狙ってぶつかり行為を繰り返していた中年男だ。


「オラァ! 観念しろやァ!!」


 ことはマキナを置き去りにする勢いで、悪魔を路地裏へと追い込む。

 そこに先客がいるとは思いもしなかった。


「――やれやれ、騒がしいことだ」


 若い男の声だった。その人影は悠然と中年悪魔に近付き、胸元に指先を突きつける。

 直後、悪魔は粉々になって爆散した。


(……! あいつ今、何をした……!?)


 ことは立ち止まり、声の主の姿に目を凝らす。

 いかにも高級そうなスーツに靴、髪型もバッチリと決めたホスト風の男だった。


「フッ……この辺りの悪魔も狩り尽くしてしまったな」


(まさか……同業者か――!?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る