第22話 激闘後、キズとまつ毛と

【前回のあらすじ】

こと「拳も蹴りも受け流すインチキ野郎には、飛び道具をお見舞いだ!」


   #   ♪   ♭


 裏山のふもとを青白い閃光がほとばしる。

 ことが放ったエネルギー波は、なつに命中した――と思いきや進行方向を曲げ、爆風とともに山肌をえぐった。


「び……びっくりしたぁ……」


 なつは目を見開いて、たった今〈魂波ソルファ〉を逸らし切った自分の両手を見つめている。

 冗談じゃない。驚きたいのは、とっておきを無効化されたことの方である。


「はぁああ!? 人間が素手でビーム受け流してんじゃねーよ! お前、どっかおかしいだろ!?」

「そもそも生身の人間がビームを撃つな! キサマこそどうかしてるぞ!」


 正論で返された業腹も手伝い、ことは早々に遠間での戦いを捨て去った。

 拳を振り上げ、猪突猛進。


「んなこと言ったって出せるもんはしょうがねーだろ! 対処できてる時点でテメェも大概だろーが!」

「キサマのデタラメな技と一緒にするな! アタシのはれっきとした綾重あやしげ流合気柔術のあいだ!」


 対するなつはまたもや投げ技で迎え撃つも、ことは先んじて重心を落とし踏みとどまる。

 両者密着。ことの身体をひらめきが駆け抜けた。


「今だ――!」

「ぐほぉ……っ!」


 なつの正中線へ寸勁すんけいを叩き込む。ひそかにレもんと特訓していた技だった。

 ここに来て、ことは全身の連動が噛み合ってきたのを感じていた。それとは逆に、なつの挙動には違和感も覚える。


「テメェ、まさか……ビビってんのかぁ?」


 ことが〈魂波ソルファ〉をちらつかせると、案の定なつの反応が乱れる。


「駆け引きには乗らんッ!」

「ヘッ、どうだか」


 たとえ無意識にせよ、警戒心を刷り込むことに成功したようだ。

 ことにとっては思わぬ拾い物だった。不利をくつがえすまでには至らぬまでも、ようやく互角に持ち込めたのだ。


(こうなりゃとことん殴り合いだぁっ!!)


 本領発揮の接近戦。ことの攻撃はまともに当たるようになったが、なつの投げ落とし一発で五分に引き戻される。


「フゥ……アタシをここまで手こずらせた奴は初めてだ。とどめを刺す前に名前を聞いておこうか」

めい治家じやこと。今からテメェをブッ倒す女の名前だ!」


 一進一退の攻防は激化の一途をたどった。好敵手の出現に心ならずことの胸はおどり、闘志は最高潮にまで燃え上がる。

 ダメージと疲労で限界寸前を迎えたことの身体に、たびあの感覚が巡ってきた。


(正真正銘、コイツが最後の一撃だ――!)


 噴き上がる虹色の光焰。猛り立つ闘気を拳に込めて、余すことなく打ちつける絶技の名は――


「〈テンション・リゾルヴ〉!!」


 辺りは七色のきらめきと爆風に包まれた。




(……決まった……か……?)


 一瞬、意識を失っていたようだ。ことは己が地べたに仰向けで倒れているのを確かめる。

 ボロボロのセーラー服を着た女が、自分を見下ろしていた。


「……まいったな。あれでも効かせらんねーのかよ」

「いや……全部は流し切れなかっ……た」


 遅れて、なつが隣へ倒れ込んでくる。ポニーテールのほどけた長い髪が、ことの二の腕を撫でた。


「ハハッ、くすぐってー……ん? そのケガ――」


 マスクの外れたなつの頬に、数センチほどの切り傷が走っていた。


「心配するな。このキズは元々だ」


 何年も前、同級生を守ろうと争って付けられた古傷だ、と。言われてみれば、縫われた跡がある。


「名誉の負傷ってわけか。お前、カッケーな」

「フン……お世辞など要らん」


 寝転がったなつの横顔に一瞬、目を奪われる。凛々しい顔立ちにまつ毛の長さが際立っていた。


「いや、カッケーって。それによく見るとお前、結構美人顔だしな」

「……!! キサマ……女タラシとか言われないか?」

「はぁ? 別に口説こうとして言ったんじゃねーよ」


 ことは見たままを述べただけなのに。照れるなつは意外と可愛げのある女だと思う。


「だ、だろうな。それにアタシのお嬢への想いは揺るがん」

「さっきも言いかけてたけど、お嬢って誰だ?」


 奥田部高タベコーの生徒には違いないはずだが。


「……名前は知らない。会ったことがあるのは本当だ。本当に……運良く一目会えればと思っただけで……」

「お前、まさかストーカ――」

「人聞きの悪いことを言うな! キサマこそお嬢をたぶらかしたら次こそタダでは済まさんぞ!」


 誰かも分からない相手をたぶらかすも何もないだろうに。呆れたことが言葉に詰まっているなかなつはゆっくりと身を起こす。


「おい、どこ行く?」

「待ち合わせ場所だ。キサマのおかげで充分時間は潰せたからな」


 キサマはゆっくり寝ていろ――とでも言いたげに、なつはそそくさと立ち去ってしまった。


綾重あやしげなつ……アイツとはまた会えそうな予感がするぜ)



  *



 裏山での戦いから十日後。オーディション会場にその女は現れた。


綾重あやしげなつ……!? 何でアイツがここにいやがるんだ……!?)


 ポニーテールに黒マスク、セーラー服姿のスケバンを発見したことはその場でつんのめりそうになった。

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