第14話 ヒーローは遅れてやって来る

【前回のあらすじ】

レもん「ことっちは勝負に来られなかった。だから、あーしが……」


   #   ♪   ♭


 めい治家じやことは自分が殺したのだと、たった今、怒狸どりあんレもんは口にした。


「じょ……冗談だろ……?」


 茫然自失の祖名そなとは対照的に、不哀斗ふぁいとは動じることなく問いかける。


「だからアンタが代わりに戦うってのか? レもんさんよォ」

「それがアイツとの約束だからな」


 半身に構えたレもんの耳に、渡り廊下をとてとてと走る足音が飛び込んでくる。

 体育館への来訪者は、息を切らした黒髪の少女――親友の鱧肉はもにくまいだった。


「こ、ことちゃんが……」

「三年生かァ」


 いぶかしむ不哀斗ふぁいとに対し、レもんが説明のタイミングを測っていた時。

 体育館に大音だいおんじょうが響き渡った。


「ちょっと待ったぁ!!」


 入口に現れた声の主は、誰あろうめい治家じやことである。大股で歩み来る姿は不哀斗ふぁいと同様、すでに空手着に身を包んだ準備万端の様相だ。


「レもんさんよォ、どういうことか説明してもらおうかァ?」

「いや~、特訓にかこつけて始末してやろうと思ったんだが、どうやら仕留め損ねたみたいだな~」


 あっさりと畳を降りるレもんに、不哀斗ふぁいとは怒気を含んだ視線を浴びせた。


「テメェ……いけしゃあしゃあと……」

「おっと、お前の相手はオレだ」ことが間に割り込む。「ちょっとばかり寝坊しちまったが、おかげで体力満タンだ。いつでも戦えるぜ」


 その言葉に嘘はなさそうだ。ことの元気な様子を目の当たりにして、祖名そなもレもん以上の安堵を見せていた。


めい治家じやぁ~! 心配したんだぞぉ~!」

わりぃッス。間に合わなかったら死んだことにしてくれって、レもんに言っといたんスよ。……ま、実際死にかけたけどな」


 言葉尻を濁しつつ、ことは後ろを振り返る。そこにはレもんとまいの他にもう一人、後から入館して来たマキナがいた。

 当然ながら、祖名そなに素性を問いただされる。


「あの、どちら様でしょうか……?」

「カ゠ラテ教会のほうから来ました!」


 平然と言い放つマキナは、ポロシャツにスラックスという装いだ。


「カラ……ああ、空手協会のかたですか」

「そうです! ワタシはボランティアで審判をするのが趣味なので、ここは任せてもらいます!」

「なるほど、どうぞどうぞ」


 無茶苦茶な言い草だが、目まぐるしい状況も手伝って、祖名そなも都合よく解釈してくれたようだ。


 マキナがしゃがんで畳に触れた瞬間、空気の流れが変わったのを、レもんは感知する。周囲の安全のため結界を張ったのだ。


「ここからはルール無用一本勝負だ。存分に暴れたまえ! ワタシが許可する!」


 くして、マキナ、祖名そなまい、そしてレもんが見守る中、こと不哀斗ふぁいとの真剣勝負が幕を開けた。


(負けるなよ、ことっち……!)


 レもんの祈りを嘲笑あざわらうかのように、戦況はいきなり動いた。

 不哀斗ふぁいとの刻み突きが、ことを場外ギリギリまで突き飛ばしたのだ。


「どうしたァ? まさか敵が毎回様子見してくれるなんて思っちゃいねえよなァ……?」

「クッ……上等だ!」


 機先を制されたことだったが、すぐに切り返しを図る。挑発に乗って正面から挑む愚は犯さない。フットワークを駆使し、常に相手の側面から攻め入る。


(そうだ。それでいい)


 それは特訓の際、レもんがことに対して行った戦法と同じだった。パワーや体格で劣る相手への対処法を、あの短時間で見事に吸収していた。


 防御においてもまたしかり。


「やるようになったじゃねえか、ことさんよォ!」

「上から目線もここまでだぜッ!」


 こと不哀斗ふぁいとの重い攻撃を、横方向へ受け流すように防いでいる。これによりダメージの蓄積が軽減され、継戦能力が格段に向上しているのは明らかだった。


 観戦中のまいが不意につぶやく。


ことちゃん、生き生きしてるよねー」

めい治家じや……そうか。空手部では思いきり戦えなかったからな……」


 祖名そなもしみじみと口にする。一般の生徒相手では手加減を強いられていたことだが、不哀斗ふぁいとが相手ならば気遣いが不要なことを理解したのだ。


 戦いは白熱していた。激しい打ち合いで両者とも道着がほつれ、破れるほどに。


 こと不哀斗ふぁいとが攻撃に移る瞬間を狙い反撃を仕掛けるも、なかなか有効打を取るには至らない。それほどまでに体格差はくつがえがたかった。


 それでも――いや、だからこそことはカウンターに勝機をいださざるを得なかった。


「さぁ……もっと来いよ!」

「それは俺様のセリフだぜェ……!」


 不哀斗ふぁいとに待つという選択肢はない。生半可な攻撃や連打は防がれると見たか、手数を減らし、威力と命中精度に重点を移してきた。


 それから間もなく、転機は訪れた。


「動き回って疲れただろ。そろそろ休ませてやるよ」

「へー。そりゃありがてーな」


 ことが当て付けるのを聞いて、不哀斗ふぁいとの殺気が急激に膨れ上がる。


「それじゃあ望みどおり永久に休むんだなァ――ッ!!」


 重心を低く取ったもろ手突てづきの構えは、悪魔ファイ゠トノファの絶技に他ならない。


(マズい……ことっち、避けろ――!)


 レもんの願いとは裏腹に、ことが取った行動は、


「休むのはテメェだ――寒富さぶどみ不哀斗ふぁいとォッ!!」


 真正面からの突撃だった。

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