第13話 お前がいなきゃダメなんだ!

【前回のあらすじ】

こと「レもんと特訓……するはずが、心の迷いを突かれちまったみたいだ」


   #   ♪   ♭


 ヒーローになりたい。

 子供の頃から漠然ばくぜんと思っていた。


 物心ついた時から、ことは少年漫画や特撮ヒーローが好きだったし、それを疑問に感じたこともなかった。


 自分を突き動かす想いは、どこから来ているのだろう。


(父親……オレの…………いない……――)


「難しく考えなくていい。ことっちはどうして悪魔と戦ってるんだ?」


 レもんの声に意識を引き戻される。そうだ。考えるべきは、どこから来たかではなく、どこへ向かうかだ。


「こないだ言ってたよな、お前。この世界は魔王が手に入れるとか」

「そうだ。人間たちは納得はしないだろうが……」

「ああ、気に食わねぇな――!」


 ことは前蹴りを放ち、レもんを大きく後退させる。


「ぅぐ……っ!」

「てめーこそオレをナメんじゃねーぞ! 伯爵だか侯爵だか知らねーが、全員返り討ちにして、てめーらの親玉引きずり出して、そいつもブッ倒してやる!!」


 威勢よくたんを切ったことに、レもんは鋭い眼光を向けた。


「言ってくれたな……何たる不敬っ!」

「うるせぇっ! オレが魔王をブッ倒すっつったらブッ倒すんだよ! そんでお前を辛気くせぇ悪魔の仕事から解放して、明るく楽しい学園生活送らせてやっからな! 覚悟しやがれ!!」


 ことの飛び蹴り――はかわされるも、すかさず切り返しの後ろ回し蹴りで攻めかかる。それをレもんは難なく受け流し、懐へ潜り込む。


 かち合う掌打と拳。肘打ち、足払い。互いに防御し、あるいは回避しながら、反撃に継ぐ反撃を繰り出す。


 激化する応酬と反比例するように、レもんの表情から険しさが抜けていく。


「ハハッ……ことっちはいつもあーしの予想を超えてくるなぁ」

「別にお前のためじゃねーよ。まい先輩には心を許せるダチが必要なんだ……っ!」


 渾身のフックは、かがんだレもんの頭上を通過する。直後、カウンターの体当たりがことを地面に突き倒した。


「そんなの、あーしじゃなくたって――」

「お前じゃなきゃダメなんだよ!」


 起き上がりざまの蹴りがレもんをかすめたのと同時、ことの全身から虹色の陽炎かげろうほとばしり出る。

 ぜん、レもんは間合いから離脱し、警戒の構えを取る。


「見えるか!? レもん」

「いや、何も。反射的に身体が動いた」


 レもんは他の悪魔よりも感覚が鋭いとは聞いていた。マキナや不哀斗ふぁいとが気付かなかった異変を察知できたのかもしれない。


ことっち、今どんな感じだ?」

「仕上がってきたっつーか、テンションMAXマックスっつーか……」

「その感覚を忘れるなよ――」


 レもんは黒翼を広げ、中空へ舞い上がる。屋上での一戦のときと同じだ。両手のネイルに赤茶けたもやのようなものが不吉に渦を巻いていた。


「今からあーしは全力で絶技を放つ。それをオマエの新技で相殺してみせろ。できなければ……オマエは真っ二つになって死ぬ!」


 レもんの言葉は多分、嘘ではない。拳で語り合った者同士、ことには分かる。

 信じられる。


(ありがとよ。オレを信じてくれて)


「喰らえ……〈錆色の魔爪ラスティ・ネイル〉――ッ!!」


 振り抜かれたレもんの両手が下向きに交差する。衝撃波となって飛来した凶爪は、一瞬にしてことの全身を巻き込み、地面に十字の傷痕を深々と刻み込んだ。



  *



 運命の水曜日。部活動が休みの今日、放課後の体育館を表立って訪れる生徒はいない。勝負事にはおあつらえ向きの場所だ。


 2年G組の女子生徒二人による、空手部勧誘をめぐっての対決が開かれようとしていた。


「悪いなー。並べるの手伝わせてしまって」


 敷き終えた畳の具合を確かめながら、空手部顧問・祖名そなちねは背後へ声をかける。


「お安い御用ですよ。むしろウォームアップにちょうどいい」


 頼もしい返事を返すのは、祖名そなの受け持つ生徒の一人・寒富さぶどみ不哀斗ふぁいとだ。


「それにしてもめい治家じやのヤツ、昨日も今日も無断欠席とはなー。このままじゃ寒富さぶどみの不戦勝だぞ」

「……アイツは絶対に来ますって。なぁ?」


 同意を呼びかける不哀斗ふぁいとに、レもんは答えることなく逆に問う。


「開始時間は?」

「放課後としか。まさか学校休むとは思っていなかったしな」


 不哀斗ふぁいとの答えを聞いて、レもんは上履きを脱ぐと、畳の上に歩を進めた。

 当然、祖名そなからはとがめられる。


「おい、怒狸どりあん。何のつもりだ?」

「今まで黙ってましたが、めい治家じやことはここに来られません。あーしがぶっ殺してしまったので」


 三人しかいない体育館。広々とした空間を、時が止まったかのような沈黙が満たしていた。

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