第12話 体育倉庫でヤる気かよ!?

【前回のあらすじ】

こと不哀斗ふぁいとの野郎……絶対にオレが拳で理解わからせてやる!」


   #   ♪   ♭


 レもんはまいを補習に送り出した後、廊下を引き返そうとしていた。


(要点は叩き込んだし、赤点回避は確実だな。さて、待ってる間どうしようか)


 このところ3年B組の生徒たちは、レもんの仕事ぶりを見習ってか、クラスの雑用を率先してやってくれるようになっていた。


 教室に戻っても、もはやレもんの仕事は残っていない。


(何故なのだ……あーしが頑張るほどに、愚劣で怠惰な人間どもがどんどん改心していってしまう……悪魔としてのけんに関わる一大事じゃないか……!)


 頭を抱えながら階段近くまで来たとき、不意にレもんの頭上へ大きな影が差す。

 天井スレスレの巨体を誇る、屈強な女子生徒――に擬態した、かつての同僚であった。


「お前は……ファイ゠トノファ!?」

「おっと、今は不哀斗ふぁいとで頼むぜ。転校生同士よろしく頼まあ」


 つぶらな瞳がレもんを見下ろす。殺気は――感じない。だが、裏切り者の自分をしゅくせいしに来たのではないか、という疑念もまたぬぐえない。


(殺り合うか……? こいつと……)


 手数、射程、機動力――総合的に見て、レもんがファイ゠トノファに劣っているとは思えない。

 だが、戦いとなれば相性は最悪だ。良くて相討ちが関の山だろう。


 ゆえに最善手――しらを切る!


「す、スパイ活動は今も順調だぞ」

「……ま、そういうことにしておいてやるよ」


 上から目線はいけ好かないが、ここは受け流すのが賢明だ。


「ファ、不哀斗ふぁいとはあーしに何か用か?」

「いや、とくにねえが……そうだな。ミナノミアルの行方を知らないか?」


 ミナノミアル――七伯の同僚だが、休憩に出たままアジトへ戻っていないという。


「ミナたんが失踪……!?」

「そうと決まったわけじゃねえ。だが、その様子だとアンタとも会ってねえらしいな」


 それだけ言うと、ファイ゠トノファは悠然ゆうぜんと降り階段へ歩を進める。


「どこへ行く?」

「バイトだよ、建設現場の。ハデに散らかしちまった分、埋め合わせをしねえとな」

「相変わらず、借りを作るのは苦手のようだな」

「そうだな……コイツの借りも返さなきゃとは思ってるよ」


 まくり上げたファイ゠トノファの腕に、うっすらとアザが浮き出ていた。まるで沢山の打撃を防ぎ止めたかのような――。



  *



(またアイツに頼るのか……でも背に腹は代えられねぇ)


 ことはメッセージアプリを閉じ、跳び箱の上に座る。

 それから数分。体育倉庫に待ち人が訪れた。


「どうした? ことっち、こんな所に呼び出して」


 レもんが入って来たのを見計らって、ことは扉を内側から閉め切る。


「え?」

「誰にも聞かれたくねぇんだ。こ、こんなこと……お前にしか頼めねーし」


 うつむいた視線の先で、レもんの両手がスカートの裾をぎゅっと握っている。


「な、何だよ。勿体もったいぶって」

「恥を忍んで頼みてーんだけどよ……その、一人じゃどうにもならなくて……開発すんの、て、手伝ってほしいっつーか……」


 ことが言い淀んでいると、レもんが顔を真っ赤にして突っかかってきた。


「か、開発って! そ、そういうアレは……まいんに頼むべきだろ!?」

「はぁ!? 先輩がオレの攻めに耐えられるわけねーだろが!」

……っ!? そ、そんなにスゴいのか……?」


 レもんは口元を押さえ、目を泳がせている。急な話で混乱するのももっともだ。しかし、ことも今さら後には引けない。


「お前さえよければ、今から裏山に行ってヤり合おうと思ってんだけど……」

「や、野外でっ!?」

「当たり前だろ。必殺技の開発するんだからな」




 ややあって、二人は学校の裏山へ連れ立って来ていた。

 開けた場所を取って向き合う。気力充実のこととは対照的に、レもんは沈んだ様子だ。


「付き合わせといて何だけどよ……テンション低くね?」

「分かってたさ……誘われるような魅力なんかあーしにはないって」


 よく分からないが、とりあえず機嫌を取ってやる。


「魅力? レもんは可愛いだろ。スタイルもいいし、オシャレだしよ」

「へぁっ……!? こ、ことっちも、か、カッコイイよ?」


 社交辞令だろうが、ありがたく受け取っておく。


「おいおい、照れるじゃねーか……って、何だこのやり取り。そんなことより特訓始めっぞ」

「そんなこと……だと……?」


 ことがファイティングポーズを取るや否や、視界からレもんの姿が消失した。


(――マズい!)


 とっに気配を追う。側面からの襲撃をすんでのところで受け止める。

 喉元を狙ったレもんのぬきであった。


「どうした? あーしに接近戦ができないとでも思ったか」

「いや……お前、強くね?」


 素直な感想がことの口をついて出る。屋上で戦ったときとはまるで別人の動きだ。


生憎あいにくあの時は直前に不意討ちを受けてな。万全とは言えなかった」


 なるほど負け惜しみではないようだが、疑問は残る。


(あの時屋上にいたのって、こいつとまい先輩だけだったような……)


「よそ見をするなよ!」


 先ほどまでぼんやりしていたとは思えない、キレのある攻勢だった。少しでも気を抜くと、死角から蹴りや掌打が襲ってくる。

 タイプこそ違うが、レもんと不哀斗ふぁいとの強さはおそらく同格だ。


(こいつに苦戦してるようじゃ、まだまだってことか……)


 こと逡巡しゅんじゅんを覚えた直後、レもんの手が止まった。


「一つ聞く。ことっちは強くなって何をしたいんだ?」


 いつになく真剣な眼差しに、ことは長らく目を逸らし続けていた迷いを見透かされた思いがした。


「そりゃあ、不哀斗ふぁいとを倒して……」

「そうじゃなくて、もっと本質的な話だ。いつも言ってるみたいに、正義のヒーローになりたいのか? それとも、ただ思いきり暴れたいだけなのか?」


 レもんの問いかけが、ここに来てことの奥底を揺さぶり動かしていた。

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