第11話 舞魚先輩と約束するッス!

【前回のあらすじ】

ことまい先輩がオレに突然泣きついてきたんだが……!?」


   #   ♪   ♭


 まいの涙と鼻水が、瞬く間にことのスカートへ染みを作っていく。

 レもんは渋々といった様子で。


「……こうなったら黙っていても仕方ない。中間テストの結果だが、まいんはぶっちぎりの学年最下位だ」

「びぇええええ~っ!!」


 泣きじゃくるまいの声が、骨導音となってことの全身に響き渡った。


「う、嘘だ……先輩は海外『留学』までした天才美少女のはず……」

「どこの噂だ? まいんは三年生を三回も繰り返してる『留年』生だぞ」


 レもんの言葉をことは脳内で反芻はんすうする。事ここに至って、まいに対する認識を改めるのは急務であった。


(そんな……憧れのまい先輩が、ギター上手いだけの単なるアホだったなんて……)


「うわぁああ~ん!! 勉強したくなぁああ~い!!」


 泣きわめきながらジタバタと地面を転げ回るまいを見つめていると、ことの中にふつふつと新たな感情が湧き上がってくるのだった。


(二十歳にもなって自分のダメな生き方を何一つ正そうとしない、しょうまで腐りきったゴミクズのような先輩……ハァハァ……このままじゃ社会に出た途端、虫けらのごとく息絶えてしまう……ハァハァ……オレが助けてあげないと……!)


ことっち、何かろくでもないこと考えてないか……?」


 レもんに顔を覗き込まれて、ことは我に返る。


「そ、そうだ。オレがしっかりしないと……まい先輩! ちゃんと補習受けて、今年こそ卒業目指しましょうよ!」

「ヤダヤダぁ!! 卒業なんてしたくないもぉ~ん!!」

「そんなこと言わずに勉きょ……」


 ことは言いかけて違和感を覚えた。まいの勉強嫌いはともかく、卒業をも拒むまでの理由が思い当たらない。

 もっとも、それは程なく本人の口から明かされた。


「卒業しちゃったら……ことちゃんと一緒にいられない……」

「せ……先輩……」


 胸を満たす万感の想いに、言葉がつかえて出てこない。

 いっそのこと、このまま抱きしめてしまおうか。

 でも、すぐそこにレもんがいるし――と思って横目でうかがうと、気を使ってそっぽを向いているではないか。


 何だかしゃくに障るので、ことまいをハグするのまでは踏みとどまった。


「オレ、先輩が卒業しても毎日会いに行きますよ。一緒に音楽やってる仲じゃないスか」

「でも……バンド……」

「メンバー本気で探しましょう。部活がなくてもオレたちだけで音楽続けられるように」


 勢い任せの提案だったが、まいの表情が一瞬輝いたのを見逃さない。

 ことはなおも畳みかける。


「先輩が補習受け終わったらオレ、スペシャル弁当作ってきます! 先輩の大好きな唐揚げ大盛りで!」

「唐揚げ……!」

「そうッス! 唐揚げをおかずに唐揚げ食いまくりましょう!」

「うん! 私、補習がんばるね!」


 すっかり普段の元気を取り戻したまいを見て、ことは心から安堵した。そして、改めてレもんの方へ向き直る。


「レもん、先輩のこと頼んだぜ」

「ああ。勉強ならあーしに任せておけ」


 心強い返事だった。ことは今ほどレもんに対して友情を感じたことはない。


「恩に着る」

「別にことっちのためじゃないし。まいんはあーしの友だちだからな」


 尖らせた唇と、伏し目がちなまつが、妙に目に付いて離れなかった。



  *



 2年G組、朝のホームルームが始まろうとしていた。

 ひっつめ髪にジャージ姿の担任・祖名そなちねが、威勢よく教壇に身を乗り出す。


「お前ら、聞いて驚くなよー。今日から新しいクラスメイトが仲間入りだ!」


 生徒たちの間から口々に「転校生」の声が上がった。

 ことも口には出さないまでも、ただならぬ予感を察しつつあった。


(このタイミングで転入生かよ。まさか……な)


 答え合わせはあっという間だった。

 教室の扉を窮屈そうにくぐって来たのは、身の丈二メートルはあろうかという女子生徒であった。


「よう。俺様は寒富さぶどみ不哀斗ふぁいとってんだ。よろしくな」


 聞き憶えのある――仮面越しではない――声。

 制服がはち切れんばかりにパンプアップした、屈強な巨体。

 極度に発達した僧帽筋の上にちょこんと載った、ボブカットの可憐な少女の顔。


(アンバランスすぎんだろ……!!)


 ことは内心ツッコミを入れる一方、不哀斗ふぁいとが先日拳を交えた仮面の悪魔・ファイ゠トノファであると確信する。


「隣に座っても構わねえよな? めい治家じやことさんよォ」

「……好きにしやがれ」


 動揺を見せたら負けだ――ことは相手の要求を受け入れた。


(堂々と名前呼びやがって……初対面じゃねーのバレんだろうが……!)


「きゃっ! 運命の出会いを感じるわ……!」

「訳ありでござろうか? 考察がはかどりますぞ!」


 勝手に盛り上がる生徒たちをたしなめるでもなく、


「お前ら知り合いかー。ちょうどいい。めい治家じや寒富さぶどみに空手部入ってくれるよう言ってやってくれよ。こんな逸材なかなか見付からないからな」


 祖名そなは図々しくもことに頼み込んでくる。


「ソナチネ先生! オレにそんな義理は……」

「いいですよ、入部しても。ただし――ことさんが一対一サシで俺様を負かすことができたらの話ですけどね」

不哀斗ふぁいとォ……テメェ……!!」


 あからさまな挑発にもかかわらず、ことは思わず乗せられてしまった。


 降って湧いた見世物に教室が沸き立つ。きっと軽い気持ちで提案したに違いない祖名そなにとっても、願ったり叶ったりの展開だろう。


「よぉし、決まりだな。日時はどうしようか?」

「俺様が挑んだ勝負です。ことさんに選ばせてあげますよ」


 どこまでも上からな不哀斗ふぁいとの物言い。これにはこと堪忍かんにんぶくろも限界だった。


「来週の水曜日……その日がお前の命日だッ!! 憶えとけッ!!」

「こらこら、めい治家じや。普段は仲良くしとけよー。寒富さぶどみは転校して来たばっかりなんだからな」


 事情を知らない祖名そなの注意に、不哀斗ふぁいとが便乗してあおり立ててくる。


「俺様ァこの学校のことよく知らねえんで頼みますよォ、ことセンパァイ」

「いいぜ……まずはスコップの置き場所から教えといてやるよ。テメェで墓穴用意しておけるようになぁ!!」


 あ、これ悪役チンピラのセリフじゃん――とことが気付いたのは、授業が始まってからのことだった。


(くそぅ……オレが正義のヒーローだってこと、実力で理解わからせてやるからな!)



   #   ♪   ♭



不哀斗ふぁいと イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818093083672220865

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る