第10話 魔王軍のお仕事だとさ

【前回のあらすじ】

こと「オレの身体が光って……やべっ、よそ見してる場合じゃねぇ!」


   #   ♪   ♭


 双掌の直撃を喰らったことは、資材置き場のれきの中に埋もれていた。

 今度は体勢を整える余裕すらなかった。かろうじて防御を差し込んだ両腕が痛みにしびれている。


 おかしい。痛いのは両腕だけなのか。


(……マキナか。助けてくれたのは)


 ことは自分の身体を包む淡い光を視認する。マキナの防護魔術だ。


「もしかして、さっきの虹色のやつもお前が?」

「虹色? 何のことだい?」


 マキナの口元から薄ら笑いが消える。とぼけているわけではないらしい。

 とりあえず、考えるのは後回しだ。


「横から手助けかよ。きょうめだぜえ」


 鉄仮面は追い討ちを諦めたのか、こととは逆に構えを解いた。


「テメェからケンカ吹っかけておいて勝手にやめんじゃねー!」

「そうカッカすんなよ。今日のところはお開きってだけだ」


 余裕たっぷりにきびすを返すかたわら、鉄仮面は名乗りを上げた。


「俺様の名はファイ゠トノファ」

「クッ……めい治家じやことだ! 憶えとけ!」

「次を楽しみにしてるぜ。人間ってのは成長が早いらしいからな……カッカッカ!」


 悪魔ファイ゠トノファ――こいつとは再び相まみえる時が必ず来る。ことは確信していた。



  *



 放課後の屋上。ドアはマキナが改造済みなので、ことは出入り自由だ。


(んががが……! クソッ、何度やっても出ねぇ!)


 闇雲にりきんでみるものの、望んだ変化は一向に訪れない。

 何としてもあの虹色の陽炎かげろうを再現したい。ファイ゠トノファ撃破の鍵となるであろう、新たな力を我がものとするために。


「ぬぉおおお……ッ! 出ろぉおおお……ッ!」


 ことがガニ股で踏ん張っていると、屋上の扉をノックする音がした。

 ドアの向こうから、金髪黒ギャルがムスッとした顔をのぞかせる。


「おい。ウ◯コならトイレに行ってしろ」

「ウ◯コじゃねーよ! つか、子分がオレに指図すんじゃねー!」


 ことはレもんを怒鳴りつけた。さわやか学園青春ドラマでウ◯コ発言を連発するなど言語道断だ。


「あーしはことっちの子分になった覚えはないぞ」

「んだと? 負けておきながら偉そうに」

「そっちは二人がかりだったろ! あんなの無効だ!」


 レもんの訴えがタイムリーに突き刺さる。


「チッ……お前までそんなこと言いやがんのかよ……」

「『まで』? あーしを呼びつけたのはその辺りの事情か」


 察しが良くて助かる。

 ことはレもんが持ってきたグミを分け合って食べながら、建設現場での顛末てんまつを語って聞かせた。


「ファイ゠トノファか……」

「弱点とかあったら教えてくれよ。他の悪魔の情報でもいいぜ」

「見くびるなよ。あーしは仲間を売ったりしない」


 きっぱりと返される。そんな気はしていた。


「お前が信用できる奴でよかったよ。で、悪魔たちが進めてる計画ってのは何だ?」

「話聞いてたか? 誰がそんなあからさまな利敵行為を働くもんか」


 レもんはことを強くにらみつけ、グミの袋をもぎ取った。

 この反応もまた想定内。


「そっか。ま、聞くまでもねーか。どうせ大した計画じゃねーだろうし」

「何だとぉ……!? 愚かな人間ごときが、悪魔の深謀遠慮をあなどりおってぇ……!」


 悪魔の気位の高さを利用しろ――マキナのアドバイスは効き目充分だった。


 して、悪魔の深遠なる計画とは「人間たちのネガティブな感情をあおり、この世を悪意で満たすこと」だそうで。


「へー。何かフツーだな」

「フツーとか言うな! 有史以来、悪魔は人間の善性をくじくため、歴史の影で暗躍してきたんだ。今だって同志たちがSNSでクソリプ送りつけたり、カスハラ客に擬態してお店に迷惑かけたりと、草の根運動で頑張ってくれてるしな!」


 急激にスケールがショボくなった気がするが、この際ツッコまないでおこうとことは思った。


「それは何というか……涙ぐましいな」

「そうだろう。近頃はそんな努力が効を奏して、人間たちは勝手に争いを繰り返すようになった。もはや我々悪魔が手を下さずともだ」


 レもんは得意満面に腕組みしてことを見下ろす。


「マジかよ。お前もう仕事しなくていいじゃん。よかったな」

「よくなぁ~い! あーしら七伯爵なんて、魔王軍の中じゃ下請けの下請けもいいとこなんだぞ!? 何かこう、一応は仕事してます感みたいの出しておかないと、いつ切り捨てられてもおかしくないんだからな!」


 想像以上に世知辛い告白だったが、同情と同時にことは一つの引っかかりを覚えた。


「なるほど。魔王軍ってのがお前んトコの本部なんだな」

「そうだ。いずれ魔王陛下が統治されるこの世界の地ならしとして、あーしらは日々活動を……おっと、しゃべりすぎたか」


 それっきりレもんは口をつぐむ。ことがいくら問いただしても無駄だった。


「魔王陛下ってのはどういう……」

「これ以上は答えられんぞ! 分かったらことっちも学生の本分に戻るんだな。どうせ中間テストの結果だってかんばしくはなかったんだろ?」


 こうも安易に決めつけられては、ことだって言い返したくもなる。


「バカにすんなよ! こう見えて毎回クラスで五位以内は固いんだからな!」

「フフン。あーしは学年で三位だぞ。無論、あわれな人間どものために手加減してやったうえでな!」


 ますます腹が立つが、これ以上成績でレもんと張り合うのは不毛だろう。


「あっそ。お前が三位ってことは、上にまい先輩がいるってことだよな」

「え? まいん……?」

「何だよ。先輩は勉強なんてしなくても楽勝な天才美少女だろうが」


 何の疑いもなく口にしたことに、レもんはげんな面持ちを向ける。


「いや、まいんの順位は……」

「?」

「とてもあーしの口からは、言えな――」


 レもんの言葉をさえぎるように、屋上の扉が開く。涙目のまいが一直線にことの膝へとすがり付いて来た。


ことちゃぁんんんんん!! 補習受けたくないよぉおおおお――っ!!」

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