4 感じた違和感 a

 とりあえず魔術教本は一冊貸す事にした。

 元よりこの一週間で二冊分の内容を消化するなんて事は自分のセンスでは無理そうだという事は悟っている訳で、不要になった一冊を活用できる意欲も才能もある人間が目の前にいるのならば、貸す事に躊躇いなど生まれない。


「じゃあ読み終わったら返しに行きますね!」


「お、おう」


 一応折角の機会なので、こちらの借りてる部屋への地図をアリサに渡してある。

 これで互いに互いの住まいを把握した事になるので、今朝までの様にギルドで偶然出会わなければ再開できないという不安定にも程がある状況から幾許か進展したと言えるだろう。


「あの、クルージさん!」


 そしてアリサの部屋を出て行こうとした時、少し緊張した様な声で呼び止められる。


「ん? どうした?」


 クルージがそう問いかけると、アリサは少しだけ間を空けてから言った。


「その……本返しに行く時とかじゃなくても……普通に遊び行ったりしてもいいですかね?」


 どこか恥ずかしそうに言うその言葉を断る理由もない。

 それにこうしてアリサの家に一度招かれ、寛がせてもらった訳で。

 今度は何かこちらがお返しする番でもあるだろう。


「ああ、いいぜ。いつでも来いよ」


「は、はい! じゃあ今度お邪魔させていいただきます!」


「おう、しばらくは家にいるからいつでも来い」


 どこか嬉しそうなアリサに対してそう言って、クルージは踵を返す。


「じゃあまたな、アリサ」


「はい、クルージさん!」


 そして最後にそんなやり取りをしながらアリサの部屋を後にした。

 後にしながら……なんだか既視感に溢れる様な感覚に満ち溢れていた。


「……とりあえず帰ったら部屋掃除しとこ」


 ……女の子が部屋に来る。

 よくよく考えれば年近い女の子が家に来るなんて事は今までの経験上無かった訳で。

 緊張感が既に全身を駆け巡っている。


(うん……我ながらこの手の事に免疫が無さすぎだな)


 でも仕方がない。免疫なんて付く訳がない。

 村では基本的に男友達と馬鹿騒ぎしている様な日常だったのだから。

 免疫が付く様な状況にはならなかったのだから。


 そういう類の行動力を持てたであろう頃には、もう村に居られなくなっていたのだから。


 だから……仕方がないだろう。


「……」


 改めてそうやって村の事を考えていると、ふと脳裏を過った。


 今の自分はアリサのおかげでもう自身が疫病神なんかではないと思えている。

 今はもう村で起きた色んな事が自分の所為では無かったのだと思えている。


 そんな中で……今、自分が改めて村に顔を出したら。

 そこでうまくスキルの事を説明したとして……皆どんな反応をするのだろうか?

 また自分の事を受け入れたりしてくれるのだろうか?


 ……多分それは難しいだろうと思う。


 口で何と言おうと、実際何度か起きた厄災は不幸そのもので。

 クルージだけがその全てを回避したのも間違いなくて。

 結果論でそうなってしまっているのだから、皆に納得してもらうのは難しいだろう。

 アレックス達が最後にこちらの事を認めてくれたような、そんな事はきっと簡単な事では無いだろうから。

 だから一体どうすれば人間関係が元の状態に戻るかなんてのは分からない。


 だけど改めて考えて分かった事が一つ。

 今までもきっと考えていたけど、確信を持てた事が一つ。


「……どうすりゃいいんだろうな」


 クルージという人間はこういう事を考える位には、今の現状をどうにかしたいと思っている。

 王都で冒険者になり心機一転としながらも、そうやって放置されたままの問題を解決したいと思っている。


 ……当然と言えば当然だろう。

 そこで過ごしたまともだった頃の生活が、クルージという人間のルーツになっているのは間違いないのだから。


 本当にどうすればいいのかは、全く分からないけれど。


     ◆◇◆



 アリサの家からの帰り道の事である。

 ここでクルージは自身に対して大きな違和感を覚える事になった。


「うわぁ……マジかよ」


 足元に不快感が纏わりつく。

 端的に起きたことを言えば、通りかかった馬車に泥を跳ねられズボンが濡れた。普通に運が悪い一件である。


「くそ、マジ最悪なんだけど……」


 起きた不運に対してそう言っていた所でふと違和感に気付いた。


(……運が悪い? 俺がか?)


 多分これは普通に運が悪い一件だとは思うのだけれど、自分に対して普通に運が悪い様な事が起きるなんてそうそうない事の筈だ。


 それこそアリサの近くにでもいなければ。


 思わず周囲を見るがアリサはいない。いるわけがない。


「……まあ、可能性はゼロじゃないよな」


 本当はもっとエグい事になっていた筈が、軽い泥跳ね程度で終わったんだという考え方もできる。

 できるというよりもそうに違いない。そうでなければクルージの場合おかしいのだ。


 そうやって、起きた出来事に違和感を感じながらも無理矢理納得することにした。

 ……少なくともこの時は、それで済ませていた。


 だけどそれから一週間程して。怪我が完治する頃になってやはりおかしいと思うようになる。


 だってそうだ。

 SSランクの幸運スキルを持っている筈なのに……この一週間、運がいいと思えるような事が一度たりともなかったのだから。

 アリサといる時も……そして、クルージ一人の時もだ。


 自身の身に何かが起きている。


 そうとしか思えない異常事態がクルージに向かって降りかかっていた。

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