3 強くなりたい理由
コーヒーを頂きながら適当な雑談を交わしていた途中で、アリサがふと気になった様に聞いてくる。
「そういえばその袋なんですか? もしかして買い物帰りとかでした?」
聞かれたのは先程本屋で買った本が入った紙袋である。
「ああ。実は本屋の帰りだったんだ」
「へぇ、本屋さんですか。何買ったんですか?」
「こういうの」
言いながら買ってきた教本をアリサに見せる。
「魔術の……入門書? クルージさん魔術師でも目指すんですか?」
「いや、そんな本格的な話じゃねえけどよ、使えねえより使える方がいいだろ。補助用だよ補助用」
「使えないよりって、クルージさん風の魔術か何か使ってませんでしたっけ?」
(……すげえ、あの乱戦の中で俺が一回二回だけ使った魔術の事をしっかりと見ていたのか)
まあ見ていたからこちらをナイフでフォローできたのだろうけど、それだけの意識をこちらに向けていて無傷であの戦いを乗り切ったのだから、改めてアリサの強さは尋常ではない。
(……駄目だな、マジで頑張らないと)
そう考えながらアリサの言葉に答える。
「ああ。でも風の魔術だけだ。それ以外には何もできねえし、剣の扱いだって特別秀でてる訳じゃねえ……だったら付け焼刃でも色々出来る様になっておいた方がいいと思ってな」
「ボク別にクルージさんの剣の腕が秀でてないとは思わないですけどね。十分秀でた部類だと思いますよ」
「そりゃどーも」
(それを俺より遥かに強い奴に言われてもなあ……)
……とはいえそう言ってくれるのはありがたいのだけれど。
本当に強い人間がそう言ったのなら。
お世辞を言っている様には見えないのなら。
多少なりとも自信に繋がる。
もっともそれでも、あぐらをかける程立派な物ではない事は分かっているから。
「でもそれでもやれる事はやっておきたいんだ」
だから少しづつでも前に進む。進まないといけない。 立ち止ってはいられない。
……とりあえず帰ったら猛勉強だ。
「なんか立派ですね……頑張ってください! ボク応援しますよ!」
「ハハハ、ありがと」
とりあえずやる気は増した。
そしてせっかく魔術の話になったのだから聞いておくことにする。
「そうだ、アリサ。お前は何か魔術使えんの?」
「あ、ボク使えませんよ」
「へえ、そうなんだ」
「はい……なんか以外そうですね?」
「まあな。何かしらの魔術かじってる奴は多いからな」
「あ、そういうものなんですね」
どうやらそういう一般的な認識をアリサは持っていなかったらしい。
……得られなかったんだろうなと思う。
基本的にソロでしか動いてこなかったから。
自分だってそれを聞いたのはアレックスからだった訳で。
(……ってことは自前の身体能力とナイフだけであの強さかよ)
そして、そういう事を知らないと言うことは……今の戦闘スタイルも完全に我流という可能性が高くて。
そうだとすれば……どれだけアリサの潜在能力は高いのだろう。
そして、これだけのものを我流で身に付けなければならない生活を送っていたアリサには……これまでどれだけの不運が舞い降りたのだろう。
……想像を絶する。
そしてそういう生活の中で我流で覚えたナイフ捌きだけで生き残ってきたアリサは、ふと良いことを思い付いたという風に言う。
「あ、じゃあボクもやってみようかな」
「い、いいんじゃねえの?」
一瞬言葉がつまり掛けたのは、これでトントン拍子に強くなったらまた差が開くなとか考えてしまったからだ。
……だけどその言葉は飲み込んだ。
元より自分が強くなりたい理由は、端的に言えばアリサの為だ。
そしてアリサが今よりもっと強くなる事もまた、アリサの為になる事だ。
それこそクルージが強くなる事よりも、より直接的に。
自身に降り掛かる理不尽な程の不幸を、少しでも力でねじ伏せやすくなるならば、それに越した事はないのだから。
だからクルージは購入した二冊の教本の内一冊をアリサに手渡す。
「とりあえず読んでみろよ」
自分が差を付けられたくなかったのは、少し位いい格好をしたいという自分本意な願望にすぎない。
そんな事はどうでもいい。
こちらはこちらで少しでもアリサの為にあれるように強くなる。
アリサが今より先に進もうとするならば背中を押してやる。
それでいい。
それが一番いい筈だ。
「ありがとうございます。じゃあちょっと読んで見ますね……うわーなんか意味わかんない事一杯書いてありますね」
「だろ? 中々に訳わかんねえだろ」
「これ本当に初級中級編なんですか?」
「初級中級編なんだよこれが」
クルージも二冊買った内の一つを開きながら言う。
(……あーうん。マジで意味が分からんねこれ)
初級中級でこの訳のわからなさなんだから、上級編とだか、ましてや本職の魔術師が使う魔術になったらどうなってしまうのだろうか。
(……ヤバいちょっと読んだだけで頭爆発しそう)
それでもなんとか折れないように自分を鼓舞しながら、必死に教本に目を通す。
そうして一時間程だろうか。
アリサの家で雑談を交わしながら魔術の教本を読んだ結果。
「……あ、こんな感じですかね?」
「ああ、そんな感じ。すげえじゃん」
「やった! ……まあ指先からマッチ位の火が出ても流石に役にたたなさそうですけどね」
「……」
アリサが完全な初心者なのに簡単な魔術を一時間で習得して心折れかかったけど。
それでもまあ……なんとか踏みとどまった。
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