2 誰にも迷惑を掛けない為に
「おはようございます……ってどうしたんですか? 固まってますけど。おーい」
「……」
アリサがパタパタと駆け寄って来てそう言うけど……どうしたも何も、これは固まる。
なにしろ誰がこんな所に住むんだよって思ってたら、一人しかいない知り合いが居たのだから。寧ろ固まらない方が無理がある。
なんで……なんでこんなヤバそうな所に?
思わずそう考えるが……此処に住んでいるのがよりにもよってアリサだという事を改めて認識すれば、あまり良い答えではなさそうなのは明白で。
だからとにかく言わないといけない事は先に言っておく。
「お、おはようアリサ」
流石に衝撃が後を引いてたけど。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……気にすんな別に」
流石にマジで此処に住んでんの? みたいな事は失礼過ぎて聞けない。おそらくバックボーンが常人のソレとは違う気もするから余計に聞けない。
だけどアリサは色々と察した様に、少し苦い表情を浮かべて言う。
「……もしかしてこれ見てびっくりした感じですね」
と、背後のアパートに視線を向ける。
察しがいい……と見せかけて、こちらが触れないでおこうと思った話題に強制的に引き戻してくる辺り察しは悪いのかもしれない。
そしてクルージの表情を見て、それで正解だと思ったらしい。
アリサは表情を変えずに言う。
「まあ割と案外住めば都って気はしますよ」
都ならばそんな表情で割とだとか案外だとか、ましてや気はしますとか言わない。
「ハハハ、そっかぁ……」
「あ、全然信じて無いですね! 大丈夫です! 都とは言えませんがそれなりに住める様にはなってるんですよ! どうぞ上がって休んでいってください!」
「おい、せめて気持ちだけでも都意地しろよ! 都と言ってくれよ!」
手を引かれ半ば強引に部屋へと連れ込まれる。
割と冗談抜きでヤバイ所に住んでいると思われたく無かったのかもしれない。
こちらの思考を半端に察した辺りからの強引っぷりが凄い。
(……なんかちょっとしたダンジョンにでも入る気分だな)
……しかしまあ、こうした形がアリサにとって好ましかったかどうかはともかく、とりあえずこうしてアリサと早い段階で再会できたのは良かったと、そう思った。
◇◆◇
……さて、コメントに困った。
アリサに連れられご自宅ダンジョンに突入した訳だけれど。
「……普通だ」
「ですよね? わりと都ってますよね?」
「……いやーうん。都ってるんじゃねえの?」
言ってる事が良く分からないけど、なんとなくそれっぽい気がする。
気がする位には、コメントに困る普通の部屋だった。
ギャップが凄い。別世界。なんかもう……普通の部屋。
「あ、ちょっと飲み物用意しますね。コーヒーでいいですか?」
「あ、おう。ブラックで」
「はーい」
そう言ってアリサはキッチンへと消えていく。
残されたクルージとしては……もう、全く落ち着かない。
思いの他普通の部屋だったが故に、当たり前に重大な事態に今更気付いてしまった。
……女の子の部屋である。
よくよく考えれば年近い女の子の家とか来た事が無かった訳で……感じた事が無い緊張感に包まれる。
「お待たせしましたー」
「は、はい!」
「え? なんで急に敬語……?」
「あ、いや……忘れてくれ」
物凄くテンパりまくっている。
(冷静に考えろ。落着け。落ち着くんだ俺。アリサとは初対面で普通に喋れていた。さっきまでも普通に喋れている。うん、オーケー)
では何が自分をそうさせているのか。
それはどう考えたって、女の子の家に呼ばれるという状況を特別なイベントとして設定しすぎなのだ。
……する事は同じ。普通にアリサと会話をするだけ。今までしてきた通り。
もっともそれも改めて意識するとそれはそれで緊張しない事もないのだけれど。
まあそれはともかく、そう言い聞かせるとある程度落ち着く事ができた。
そして首を傾げるアリサに色々と聞かれると恥ずかしくなるのは明白なので、さっさと別の話題を提供する事にする。
「しっかしまあ、すげえ偶然だったけど会えてよかったわ」
「ほんとですよね。ボクもどうしようかなって思ってたんですよ。クルージさんどこに住んでるのか分からないし、次の打ち合わせとかしてないしって」
やはりアリサも同じ様に悩んでいたらしい。
そしてアリサは少し遠い目をして言う。
「でもまあできる事なら違う形で会いたかったですけどね……」
「……此処の事か?」
そう問いかけるとアリサは頷く。
やはりというかあまり此処に住んでいるというのは知られたく無かった事らしい。
だとしたらクルージからすれば思う訳だ。
「引っ越せば?」
割と当然な感想である。
あまり住んでいるのを知られたくないレベルの外観が嫌ならば、引っ越してしまえばいい。
家賃が滅茶苦茶安い所とかでも、此処よりはまともな所だって一杯あるのだから。
Sランクの依頼の報酬を得た今、ある程度色んな事で差し引きをしても、当月の家賃や敷金位は捻出できる筈だから。
だけど、自分でそう聞いてからハっとする。
さっき外でも思った筈だ。此処に住んでるバックボーンがどういった物か常人のソレとは違うだろうって。
だから今、簡単な様に見えて実は難しい事を言ってるのではないかと。
そしてアリサは言う。
「まあそうしたいのは山々なんですけどね、そう簡単にはいかないんですよ」
アリサはそう言った後、一拍空けてから苦笑いを浮かべて言う。
「……此処みたいに、他に誰も住んでいない所なんて中々ありませんから」
「……」
「というのもですね――」
「いいよ、別に言わなくたって」
流石に察した。その言葉を聞けばどうしてアリサが此処に住んでいるのかが理解できてしまったから。
相当辛いであろう理由を理解できてしまったから。
多分アリサは不安なのだ。
周りに住む人間を不幸にする事が。
だから周りに誰もいない場所を選ぶ必要があった。
だから周りに誰も訪れない場所を選ぶ必要があった。
人を避けなければならなかった。
ギルドで本当に端の誰もいない様な所で食事をしているのと同じ様に。
(……どうにかならねえか?」
考えてみるが中々難しい問題だとは思う。アリサのスキルそのものをどうにかできる術などあれば、とっくの昔にアリサは不運では無くなっているだろうから。
おそらく普通に人と接する事が好きなアリサの周りには、今とは違って人が集まっている筈だから。
だけどそれでもどうにかしないとって思う。
お金がないからとか、そういう理由ならまあ別にいいけれど。
その理由はあまりに辛い気がするから。
(……とにかく、今この話は駄目だ)
話せば話すだけ空気が重くなる。現状こちらに打開策の片鱗も見えていない以上は、一旦この話は打ち切った方が良い。
だから話題を変えよう。無理矢理にでも。
「にしてもこのコーヒーうまいな。なに? 結構いいの使ってんの?」
そしてクルージが露骨に話題を変えたのをアリサは察してくれたらしい。
こちらの言葉に乗ってくれる。
「あ、分かります? そうですね。この前お金が入った時に高い奴買ってみたんです」
「へぇ、やっぱ高いのって違うんだな。で、アリサは加糖派? ブラック派?」
「お砂糖は入れますよ。正直ブラックは正気の沙汰とは思えないですね」
「なに俺今正気疑われてんの?」
とにかく、そんな風にしばらくたわいもない話で盛り上がった。
極力、ネガティブな話題は避ける様に。
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