1-2 ごく当たり前の日常を掴む為に

1 今やれる事を

 退院日の翌朝、クルージはとある場所へと向かっていた。

 冒険者ギルドに、ではない。

 一応退院できる段階にまで怪我は回復しているものの、それでも今すぐに依頼を受けられる様な容態ではない訳で、まだ数日から一週間は自宅療養が必要である。

 もっとも頑張れば依頼を受けて熟す事もできるのだろうけれど。


『駄目ですよ! ちゃんと完治するまで休んでないと!』


 昨日退院するまではあと一週間は自宅療養が必要かなと考えていたクルージだったが、その後しばらく外を歩いていると、簡単な依頼であるならば案外いける気はしてきていた。

 だから墓参りの後で行った飲食店で「なんかその気になれば明日から普通に依頼とか受けれそうだな」とアリサに告げたらマジな形相でそう言われた。


『怪我はナメたら本当に大変なんですよ!』


 恐らく悪い意味で怪我のプロフェッショナルでありそうなアリサにそう言われてしまえば、もはや何も言えなかった。

 だから数日から一週間は手持無沙汰……なんて事は無い。


 時間が空いたのであれば、それはそれで必然的に自分のやるべき事は見えてくる。

 今の自分がやるべき事は見えている。


 だから今日、此処に来た。


「……そういや王都に来てから本屋なんて一度も来てなかったな」


 本屋である。

 此処に何をしにきたのかと言えば、当然の事ながら本を買いに来た。

 とはいえ娯楽を求めてきた訳ではない。やるべき事は決して暇潰しなのではないから。


 今やるべき事は、今の自分に足りない物を補う事である。


 今後、アリサとパーティーを組んで依頼を熟していく上で、自分があまりに力不足である事は身に染みて分かった筈だ。

 下手をすれば。

 否、下手をしなくても足手まといになってもおかしくはない。

 それ故に補う必要がある。

 運気以外全てにおいて足りない物だらけなのだから、それを一つ一つ。


「あ、この辺りだな」


 クルージはある本棚の前で立ち止る。

 そしてピンと来た一冊を手に取った。


 ――実用魔術教本。初級、中級編。


「これにするか」


 この療養期間で少しでも魔術の勉強をしておこうと思った。


 当然一般的に書店に出回っている様な教本では対した成果は得られないだろう。

 実際今まさに明らかに冒険者ではなさそうな女の子が同じ本をレジへと持っていった位だから。

 ちょっと魔術をやってみようと思った時に読むような入門レベル。


 だからといってプロフェッショナルな話になってくると、それを教えてくれるツテもない。

 それ以前にそういった人達に教えをこえる程の基礎を習得しているとは思えない。


 村に居た頃に猟師をやっていた事もあり、狩に使う為に風の魔術を少し齧っただけにすぎないのだ。


 現状それしか使えないし、それを身に付けた過程も、他の術の習得に応用できそうな学として残っていないような杜撰な物だ。。

 だから魔術を使う上での基礎から学び直さないと行けない訳だ。


(だからこれだ。まずはこれを頑張って覚えよう。此処から再スタートだ)


 正直付け焼刃にしかならないかもしれないけれど、それでも刃である事には変わりないのだから。


「……うん、頑張れ俺。めげるなよ」


 正直その教本を軽く立ち読みしてみたが既に逃げだしたかった。

 なにしろ滅茶苦茶分厚いし、書いてある事が総じて小難しいのだ。

 どちらかと言えば活字を読むのが苦手なクルージにとって、これは相当手ごわい戦いになりそうだ。

 初級中級編なのに。


(……ヤバイ、心配になってきた)


 思い返してみれば、風魔術を半分直感と感覚頼りで覚えた経緯がこうした基礎理論の勉強に躓いたからだ。

 これは同じ道を辿りかねない。


(……めげるな、めげるな、俺)


 自分にそう言い聞かせながら、とりあえずその教本を購入した。


     ◇◆◇


 帰路に付きながらふと考える。


(そういえばアリサは魔術を使えるのかな?)


 多くの冒険者は何かしらの魔術を使える。

 当然専門職となると少なく、大半がクルージの様に攻撃の補助などに使える程度の物を覚えている程度な訳だけど……アリサも同じ様に何か使えるのだろうか。


(……少なくともこの前の魔獣との戦いでは使っている様子はなかったけれど)


 もっともクルージも目の前の魔獣をどうにかする事に必死で気付かなかっただけで、実際は何かしら使っていたのかもしれないが。


 まあそれは本人に後で聞けばいいだろう。どちらにしても雑な紹介では無くしっかりと、お互い何ができるかは次の依頼までに知っておかなければならない訳だから。

 ……そんな話をできるのがいつになるかは分からないが。


 そう、マジで分からない。


「あ…………しまったな」


 昨日アリサと別れる際にクルージは。いや、アリサも含めた自分達は大きなミスをしてしまった。


 互いが王都のどの辺に住んでいるのかすらも知らないのに、当たり前の様にそのまま別れてしまったのである。


 初めてのクエストは出会った初日だった上に、その後クルージはずっと病室にいた訳で、お互いどこかで待ち合わせたり、どちらかの家を訪ねたりなんて事してない訳だ。

 近頃は病室が実質クルージの家みたいな扱いになってた部分もある。


 ……だから参った。

 具体的に次にいつ一緒に依頼を受けに行くとか、そういう打ち合わせ的な話もまだしてない。


(……もしかしてコレ、ギルドで偶然出会えるのをワンチャン待つ位しかコンタクト取れなくねえかな。あーもうマジで家位聞いとけばよかった)


 とはいえ後悔しても仕方がない。

 少なくともギルドに居れば会える可能性が高いというだけマシだと思おう。


 そんな事を考えながら歩みを進める。


「……って、道こっちだったっけ?」


 活字嫌いの自分が本屋に行く事など全く無かった訳で、この場所は初めて来た場所である。

 来る途中に何度か道を間違えた事もあって、果たして自分が今正確な道を通れているのか不安になってくる。

 だけど遠目からでも見間違えようのない目印が視界に飛び込んできて、ようやく自分の歩いている道が正解だと確信を持てた。


「ああ、あってるなこの道で。しっかしすげえ建物」


 凄い……といってもある意味という言葉を前に付けなければならないだろう。

 一言で言えば、こんなとこ誰が住むんだよってレベルでボロい、いつ倒壊してもおかしくなさそうな程に酷くボロいアパートである。

 通り道で見た時、絶対これを目印にしようと思う位ヤバイ。

 もし知り合いが住んでいようものなら、すぐに引っ越そうと説得し、一緒に不動産屋にまで着いていきそう。

 というか着いていく。


(……まあ王都に俺、まともな知り合いアリサしかいないんだけど。ていうかアイツどんな所済んでるんだろうな)


 そんな事を考えながら、ボロアパートの前を通過しようとした時だった。


「……あ」


 住んでいる人が視界に映った。

 そしてそれは知り合いだった。


「あ、クルージさん」


 掃除の途中だったのだろうか、ホウキを持ったアリサがそこにいた。

 いたというか……いてしまった。

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