番外編 お見舞いの話

 時刻は遡り入院生活二日目の話である。


「いや、昨日は参りましたよ。戻って来たら入れなくなってましたし」


 クルージが病院に担ぎ込まれたあの日、色々あってアリサはリンゴを買ってくると外に跳び出して言った訳だが、その日それからアリサが戻ってくる事は無かった。

 原因としては普通に面会時間を過ぎた感じである。


 昼過ぎにギルドに依頼を受けに行き、依頼を受けて森へ往復二時間。依頼を熟した時間や診察時間などを考慮すれば当然時間は遅くなるわけで、アリサが出て行ってしばらくしてから面会時間が終わってしまった。


 そして翌日である今日、改めてアリサが面会へやってきた訳だ。


「あ、ほら、ちゃんとリンゴは買ってきました」


「ありがと」


「とりあえず剥きますね」


 そうしてアリサは手にしたバスケットからリンゴと果物ナイフを取りだす。


(……しかし魔獣との戦いでのアリサのナイフ捌きは凄かったな)


 一撃一撃的確に急所を狙っていくし、投擲技術も凄まじい。

 本当に凄かった。アクロバットな動きしながらもしっかり攻撃の狙いは外さないし、途中こちらを投げナイフで支援してくれた時なんて、空中で回転しながらで。

 曲芸のような動きを実践レベルで取り入れた、もはや滅茶苦茶と言っても良い動きをずっとしていた印象だ。


 ……ともあれそんなアリサがナイフでリンゴを剥いてくれている。

 剥いてくれてるんだけど……。


「むぅ……」


 とんでもなくガッタガタである!


(いやね、凄いよ。剥いてもらってる身じゃ何も言えないけど、なんかこう……凄いことになってるよ? って危ない危ない! 指切る! マジで指切るって)


「ってアレ? どうしました? 顔色悪いですよ?」


「……察してくれ」


「あ、どこか悪いんですね!? 分かりました! ボクちょっとナースさん呼んできます!」


「ちょっと待ってちょっと待って! 違う違う違う!」


 変な勘違いをして慌てて走り出そうとしたアリサを全力で止める。


「へ? 違うんですか?」


「違う。違うから落ち着いてリンゴ剥いてくれると嬉しいな」


「で、でも顔色が!」


「大丈夫! 大丈夫だから! というかナイフ置こう。それ持ったまま外出たら完全にやべー奴だから!」


「あ……」


 言われたアリサは手にしたナイフに一瞬視線を落としてから、俺に視線を向けて言う。


「完全にやべー奴じゃないですか」


「うん、そうだな。だからまあ。落ち着いて。落ち着いてな、リンゴ剥こうな」


「……えらく落ち着きを強要しますね。まあ確かにナイフを持って出ようとしたのはちょっとアレでしたけど」


 それもだけどそれではなく。

 とはいえせっかくリンゴ向いてくれてるのに、危なっかしくて見てられないとか失礼な事言えない訳で。


(……頼む、無事終わってくれ……ッ)


 そんな風にかなり不安な気持ちになりながら、リンゴが歪に剥かれていくのを見守った。


     ◇◆◇



「あ、これおいしいな」


「ですよね! 折角なので結構いいの買って来たんです。ちなみに今朝取れたてだそうです」


 そう言ってアリサは笑みを浮かべる。

 ……うん、マジでウマイ。形がまあ歪だけど。とんでもなく歪だけど。

 こんな形になるか? って位歪だけれども。


(……しかし今朝か)


「しかし悪いな。今朝ってことは昨日も買ってくれてたんだろ?」


「あ、アレは結局あの後家で食べましたんで気にしなくてもいいですよ」


「……大丈夫だった?」


「何がですか?」


(……察してくれ)


 とはいえ手などを怪我してる様子ないし、結果論として大丈夫だったんだと思うのだけれど、それはそれとして……運気関係ない所で心配事が出来てしまった。

 ……しかしこればかりは考えても仕方がない話で、先程も思ったが態々やってもらっている側からは言いにくい。深く踏み込めない。


(まあでも……あまり得意ではないのに、それでもやろうとしてくれている事は凄く嬉しいのだけど)


 不安と同時に優越感の様な物がない訳ではないけど。


 ……まあそれはさておき。


 今日自分はアリサに謝らないといけない事がある。

 これは割とマジな謝罪だ。


「そういえばアリサ」


「どうしました?」


「昨日ギルドで倒れた時、頭打っただろ? 冷静に考えたらアレ多分脳震盪起こしたてたんじゃないかって思うんだけどさ……どうも小耳に挟んだ話だと、脳震盪って下手に動かしたらマズいらしいぞ? 結果的に大丈夫だったとはいえ背負って走ったのはかなりの悪手だったかもしれねえ」


「え、はい。そうですよ?」


 バッサリ言われた。

 すごくバッサリ言われた。


「……悪い」


 結論だけを言えば自分の対処は間違いだった訳だ。

 病院に連れていくにしてもあまり振動が加わらないように慎重に行くべきだっただろうし、そもそも自分は誰にも頼れないと思ってた訳だが、結果論になるがギルドの受付嬢さんは頼れば何とかしてくれたのではないだろうか?。


 つまりは結構な勢いでやらかしてた訳である。

 それを偶々医者と話していて知った時には、正直顔が青ざめた。

 そしてとにかく謝らなければと思った。

 そして謝られたアリサは……特に怒る様な事もなく言う。


「それは別にいいですよ。終わった事ですし、何事もなかったですし。第一それで怒るようならもうあの場で怒ってますって」


 そしてそれに、とアリサは言う。


「別に間違ってたっていいんですよ。ボクはボクなんかをクルージさんが助けようとしてくれたって事自体が凄く嬉しかったんですから」


 そう言ってアリサは笑みを浮かべる。

 ……改めて、この笑顔を守りたいと、強く思った。


     ◇◆◇


 クルージのお見舞いを終えたアリサは改めて考える。


(……そういえばクルージさん、なんであんなに顔色悪くなってたんだろ)


 あの時クルージの顔色が悪くなった時の話だ。

 自分が我を忘れて果物ナイフを持ったまま病室を出ようとした事に焦って顔色が悪くなるとか、そういう事なら理解できるのだが、それより前から悪かった訳で。

 悪かったから我を忘れた訳で。

 それにやたらと落ち着くように言っていたのも意味が分からない。


 意味が分からな……くもなかった。冷静に考えれば普通に答えに辿りついた。


(うん……どう考えてもアレのせいだ)


 どう考えてもリンゴの剥き方である。

 あの時はクルージと話す事と、リンゴをとにかく頑張って剥く事に頭が一杯になっていたのかもしれない。

 全然クルージの言葉を察する事が出来なかった。


「……あれ? もしかしてボクって凄い馬鹿なんじゃ……」


 それはともかく。

 とにかく一旦はともかく。


「……リンゴの皮位剥けるようになっとこ」


 怪我なんてこれまでいくらでもしてきたけれど。

 今は久しぶりに……自分の中で完結する事ではなくなったのだから。

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