ex 感じた違和感 b
クルージがアリサの部屋から帰った後の話だ。
「……ッ!」
クルージが去っていくのを見送った後、自分以外に誰もいなくなった部屋でアリサは思わず悶えていた。
「な、なんだか凄く恥ずかしい事言った気がする」
別れ際に家に遊びに行ってもいいかと、そう聞いただけ。
本来ならば別に恥ずかしがる様な事ではないのかもしれない。
だけどそういう約束を取りつける様な事は今まで本当に一度たりともなかったわけだから。
しかもその相手が同性ならともかく、異性なのだから。
それが初対面で食事に誘った時とは違い、ある程度精神的に落ち着けた今なのだから、あの時と違い自分のやった事を冷静に考えて……嬉しさと同時に、やっぱり少し恥ずかしい。
だけどもよくよく考えてみれば、それどころじゃ無かった。
そう言った事を言うのが少し恥ずかしい事なのだとすれば、それ以上にぶっとんだ事を自分は勢いでやってしまっている。
「……勢いって怖い」
ついさっきまで部屋にクルージが居た。
何でかと言われれば、自分が連れ込んだ。
同性の誰かですら家にいれた事がないのに……年が近い異性の男の子を家に連れ込んだ。
このアパートの事を明らかにヤバそうな目で見ていて心配そうにしていたので、自分がある程度まともな生活をしているんだって所を見せて安心させたかったという理由はあるけれど。
それでも冷静に考えれば結構無茶苦茶な事をしていて。
実は途中からそれに気付いて、結構恥ずかしかったし緊張もしていた……楽しかったけど。
そしてようやく自覚する。
どうやら自分は勢いで何かをやって後で冷静になる様な、そんな性格をしているらしい。
……今まで気付かなかった。
気付く機会もなかった。
「……まあでも、掃除した後でよかったな」
それだけは本当に良かったと思う。
いいタイミングでクルージが来てくれた。
「……良いタイミング?」
自分で考えて大きな違和感があった。
自分にとって都合のいいタイミングで望ましい事が起きる。
SSランクの不運スキルを持った自分に……そんな事が起きるのかって思う。
確かにクルージと会えば自分の運気は人並みに向上するかもしれない。
だけど今回の事はそれ以前の問題だ。
そしてその違和感は連鎖的に思い起こされる。
……この一週間、アリサという人一倍不運な人間に不運な事が殆ど起きていないという事実を。
「あれ……なんで?」
当然それは好ましい事だ。望ましい事の筈だ。
だけどそもそもがあり得ない話。
アリサという人間には許されなかった、比較的平凡に近い日常。
それが当たり前の様に一週間も続いたという事は、好ましい状況ではあれど、紛れもなく異常事態だった。
そしてそんな異常事態に困惑していた時だった。
玄関の扉がノックされる。
「あれ? クルージさん忘れ物でもしたのかな?」
クルージ以外に訪れるような知人もいないし、先月と違いスリと空き巣のコンボを喰らったりもしていない為、家賃や公共料金の支払いが滞っている訳ではない。今月は払えた。ちゃんと払えた。
……だからまあ、クルージ位しかいない。
そう思って扉を開けたのだが……そこにいたのはクルージではなかった。
「お届け物です。受け取りのサインお願いします」
「……へ? ボクに?」
思わずそんな声が出た。
「あ、あ、はい。こちらのご住所宛になってますけど……アリサ・コルティさんで間違いないですよね?」
「あ、はい、ボクです」
自分に何か贈り物を送ってくれる様な親戚の類いはもういない。それに何か注文したような記憶もなく、全くもって意味がわからない。
(……まさか新手のセールスの類いか……まってもしかして爆弾とかなんじゃ……ッ)
そんな、ネガティブな事を考えながら一応受け取りのサインを書く。
そしてその際、送り主の名前が見えた。
「……あ」
先日利用したコーヒーショップの名前が記載されていた。
◇◆◇
「……でもなんだろう。ボク何か注文したかな?」
先日クルージのお見舞いの帰りに報酬を利用してちょっと良いコーヒー豆を買った。
そのお店。
だけど何かを注文した記憶も無く、当然支払いをした記憶もない。
そして着払いの荷物でも代引きの荷物でも無い。
……となれば一体なんなのか、本当に分からない。
「……とりあえず、開けてみよう」
少し緊張しながら開封してみる。
「……あ」
そして中に入っていた物は……所謂ギフトセットだった。
一瞬なんでそんな物がウチに届いたのか。それが分からなかったが、そういえばと思い出す。
(……もしかして当たったのかな、あの時の奴が)
先日訪れた時、そのコーヒーショップではキャンペーンを行っていた。
一定以上のお支払をした客を対象とした、ギフトセットの抽選サービス。
正直自分の運気では十中八九当選する事が無いのは理解していて、だから応募するつもりはなかったのだけれど、それでも店員に促されるままに一応名前を書いたのだ。
その時のキャンペーンに当選したらしい。
「……」
当然喜ばしい事である。良い事である。滅茶苦茶ハッピーな事である。
でもそれが決定打だ。
嬉しいけど……何かがおかしい。
クルージが隣にでもいなければ、こんな事はあり得ない筈なのだ。
「一体何が……」
もうただひたすらに困惑するしかなかった。
「……とりあえずクルージさんにお裾分けしよ」
困惑しながらも、それだけはあっさりと決まったのだった。
そしてそれから一週間。
クルージが復帰するまでの一週間。
幸運だと思えるような事はなかったけれど……不運だと思うような事も、精々が一度暴走した馬車に跳ねられそうになった事位で。
そんな、平穏かつ異常な日常が続いたのだった。
……最後まで意味がわからないまま。
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