8 立てなくなるまで切り伏せろ

「クルージさん!」


「ああ!」


 クルージ達は同時にポーチから黄色い石を取りだす。

 此処に来るまでに買っておいたアイテムの一つ。


 閃光石。


 衝撃を与えると強い光を発生させ、対象の目をくらませる強力なアイテム。


 それを全力で魔獣に向けて放り投げた。


 そして腕で目を守っている間に発光。

 次の瞬間には魔獣の悲鳴が響き渡る。

 正面からも。後方からも。

 そして次の瞬間にはクルージの後ろにいたアリサが動きだしたのが足音で伝わってきた。

 ……自分も動かなければ。

 明らかに自分には荷が重い事は分かっていても、それでも。


(潜るぞ、死線を!)


 そしてクルージもカタナを構えて走りだした。


 魔獣はこちらを八方向から囲っている。

 故に閃光石を二つ投げた所で全ての魔獣の動きを止められるわけでは無い。

 だとすればまずは今動く奴を対処するのが先決だ。


「うおおおおおおおおおおッ!」


 自身を鼓舞する為に、そう叫び声を上げた。

 そして刀を振りぬき切り伏せ、魔獣の群れの中心へと躍り出る。

 そして魔術を使ってカタナに風を纏わせた。


 そして放つ、薙ぎ払う回転切り。


 その剣撃はAランクやSランクの相手であれば、よほど運が良く無ければ通用していなかっただろう。

 現状、精々その程度の練度だ。


(だけど……お前ら程度になら届くぞ)


 次の瞬間、周囲から魔獣の断末魔が聞こえてきた。

 刀に切り伏せられた者。

 刀から発せられた風の刃に切り捨てられた者。


 それらがクルージの一撃で絶命する。


(……次だ)


 そしてすぐさま次の標的への攻撃を浴びせる為に、体重移動を始める。

 迅速に。

 臆しながらもそれでも歩みを止めずに。


(引くな立ち止まるな臆するな! ほんの少しでもアリサの負担を減らせ!)


 逃げる訳にはいかない。

 立ち止まる訳にはいかない。

 押し付ける訳にはいかない。


「っらあああああああああああああッ!」


 ただ全力で切り伏せ。

 叩き切り続ける。

 自身の役割を全うした上で生き残り続ける。


 何の為に。


 クルージ・リーデスという存在を肯定してくれたアリサの為に。


 そして再び跳びかかってきた魔獣を切り伏せた。

 切り伏せ続けた。


「っらあああああああああああああああああああッ!」


 立てなくなるその時まで。


     ◆◇◆



 そう、情けなくはあるが、途中で立っていられなくなった。

 何度も何度もアリサの方から飛んで来るナイフに助けられながらも、必死になって戦い続けたが、それでも流石に限界はある。


 カタナの剣撃が間に合わなければ蹴りを叩き込み、カタナが弾かれれば魔獣の顎にアッパーカットを叩き込み。攻撃を掻い潜りながらもカタナを拾い上げ一閃する。

 そうやって魔獣を倒し続けたが……一人で二十数体程倒した段階で限界が来た。


 腕を噛まれて強烈な突進を喰らって、背中を爪で抉られて脇腹を噛まれた辺りで膝を突き、脇腹に噛み付いた魔獣にカタナを突き立て動きを止めた所で、クルージの体は辛うじてほんの少しなら体を動かせるかもしれないという有様にまで持っていかれてしまっていた。


 だけどそうなった頃にはもう既に残りの殆どの魔獣をアリサが無傷で倒していた。


 一応二手に分かれはしたけれど、割くべき頭数を魔獣なりに考えたのだろうか。

 当然こちらの方にも多くの魔獣が群がっていたが、多くはアリサの方に向かっていて、クルージが動けなくなった段階で、魔獣の総数は残り十体程にまで減少していた


 だからこそ、そこからこちらを守りながらの戦いが成立した。

 アリサの息は上がっていたが、それでも圧倒的な力を持つアリサの前に魔獣は一方的に蹂躪され、命が軽々と消し飛んでいく。


(……すげえよ本当に)


 最後の一匹まで、危なげなく。

 本当に同じ敵を相手にしていたのかと思う程に、呆気なく。


「終わった……やった……」


 荒い息でアリサはそう呟いた後、こちらに向かって駆け寄ってこようとする。


「クルージさん! 大丈夫ですか!」


 だけどやはりクルージのスキルを持ってしても、アリサはまだ運が悪かったらしい。

 一体だけ。一体だけ倒し損ねていた魔獣がいた。

 おそらく何かしらの要因で傷が浅かった。

 まだ立つ。まだ動く。


 そしてそれにアリサは気付かない。

 疲れ切って集中力が切れかかっていたのかもしれない。


 そしてアリサのスキルを持ってしても、こちらの運気は地に落ちてはいなかったらしい。

 その一体が置き上がった瞬間から、視界に捉える事ができていた。

 そしてまだ辛うじて動ける力も残っていた。


 幸運だ。


「伏せろ、アリサ!」


 そう叫んだクルージは手に残っていた刀を、全ての力を振り絞り投擲する。

 それがうまく満身創痍の魔獣に突き刺さった。


「……よし」


 そして今度こそ、魔獣は倒れる。

 アリサが無傷で戦闘を終えられる。


「……ッ」


 そして今起きた事に驚いているアリサに対してクルージは、グーサインを作って言う。


「この通り、大丈夫だよ」


 今の一撃を放てる位にはというつもりで言ったのだけれど、冷静に考えればこちらはどう考えても大丈夫ではない大怪我を負っている訳で。


「と、とにかく治療を! えーっと、何から……とにかく止血! 止血しないと!」


 全然こちらを大丈夫だと思ってくれていなかったアリサは慌ただしく、応急処置の為のアイテムをポーチから取りだす。

 そしてまあ、絶妙にヘタクソな感じで包帯をグルグル巻いてきた。


(なんだろう、これ自分でやった方が良くない? 良いよね?)


 そう思いながらも一旦されるがままになりながら、しみじみと思う。


 これをアリサが自分に使わなくても済んだのなら……きっと、この戦いはこの上なく大勝利なのだろう、と。


 そしてそれに自分がどれだけ貢献できたのかは分からないけれど、それでも。


(まあ、頑張ったと思うよ)


 ひとまずはそんな評価を自分にあげたいと思った。

 もっとも次からはもう少し格好良くやりたいわけだが。。


「……クルージさん」


 そしてクルージを包帯でグルグル巻きにしながら、アリサは泣きそうな声で言う。


「……生きててくれてありがとうございます」


「ああ、こっちこそ助かったよ」


 ああ、そうだ、もっと格好良くやらなければならない。

 ちゃんと隣りに立って肩を並べられる位に強くならないといけない。


 だってそうだ。

 事ある度に泣かせる訳にはいかないから。


 そしてアリサに言う。


「……なあ、アリサ」


「な、なんですか?」


「やっぱ自分でやっていい?」


 このままやらせておくと、仕上がりがエグイ事になりそうだった。

 碌に体が動かない自分がやった方が絶対に良いと思えるぐらいに、えげつない事になりそうだった。


「い、いえ、ボクがやります!」


「いや、謙遜とかで言ったんじゃなくてな?」


 ……なにはともあれ、クエストクリアである。

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