7 不幸であるが故に
「すげえなお前」
「ボクの場合スキルのせいで大変な事になる場合が多いですから。そんな中で生きていこうって思って必死になってたら自然とこうなりました」
「……そう言われると、凄いって言葉もアリサにとってはあんまりいい言葉じゃないかもしれないな」
「まあ経緯はちょっとアレですけど……でもポジティブに受け止めますよ。結果的にこうしてうまく行ってるんですから」
「なら良いけどよ」
魔獣の角を6体分切り取りポーチに入れたクルージ達は、そんな会話をしながら森の奥へと進んでいく。
(……生きて行こうと必死、か)
冒険者としても。それ以外でも。常に厳しい状況に置かれざるをえないのだとすれば……確かに生きる為の経験値の溜まり方が常人の尺度では計れないものになっていてもおかしくはない。
本人がポジティブに受け止めると言っていても……それはとても褒められた物では無いのだろうけど。
本来は溜まっていてはいけないものなのだろうけど。
とにかく、彼女の境遇が生き抜く力を身に付けさせている。
一方自分は逆だとクルージは思う。
これまで大きな運気の補正が掛かった道を歩いてきた。
経験値を積み重ねる状況を退けてきた。
故にきっとこの上なく、生きていく為の経験値が足りていない。
(……駄目だな、もっと強くならないと)
そうでなければこの先、アリサの隣りに立っていられない。
今はまだCランク。運気の補正がなくたってBランクの依頼までは辛うじて喰らいつけるかもしれないが、アリサはそんな所で立ち止る様な実力ではない。
もっと先へ行ける筈だから。
もっと先に行って、良い生活とかができる筈だから。
その隣りに立つ者として、こんな程度で立ち止ってなどいられない。
そんな事を考えていると、それなりに開けた場所に出た。
「どうします? 細い道で奇襲喰らうよりここで待ち構えます?」
「ま、それもいいかもしれねえな。出てきてから俺達の所に到達するまで時間があるし」
「じゃあとりあえず、中央で待機してますか」
「ああ。魔獣ホイホイの腕の見せ処だ」
「それなんか嫌ですね」
「最初に言ったのお前だからな!?」
と、そんなやり取りをしながらクルージ達は開けたその場所の中心で待機する。
この選択が正しいのかどうかは分からないが、正直木々の間から足音を殺されて奇襲されるよりはこの方がいい。
開けた場所で奇襲ではないのなら、あの魔獣程度ならある程度纏まって掛かってこられてもどうにかできる……筈だ。
と、その時アリサが小さな声を上げた。
「……あ」
なんか凄い意味ありげな言葉を。
「どうしたアリサ」
「これ……20体討伐じゃ終わんないかもしれませんよ」
「……え?」
突然言いだした意味深な言葉の意味を理解する前に、クルージもその答えを視界に捉えた。
四方八方が赤く光った。
魔獣の眼光だ。
「……これ多分100体討伐コースですよ」
「ちょっと待て……冗談抜きでそんな感じじゃねえか?」
視界に映る情報を頼りに考えてその位の数。いや、それ以上にいる様にも思えた。
(……だとすればこんなのCランクの依頼じゃねえ)
一体一体がそこまで強くない魔獣も、そこまで徒党を組まれれば数の暴力で強大な力になる。
ここまでの規模ならAランク……いや、Sの依頼だったとしてもおかしくはない。
それを二人。
しかも実質的にBが今の限界と自負しているクルージがその片割だ。
つまりアリサにとってはSランクの依頼をほぼ一人で受けているに等しい状況。
しかも囲まれているが故に、撤退も難しい。
最悪だ。
運が悪い。
多分これは普通の運気の人間が迎える、普通に運の悪い状況だ。
だけど……アリサは言った。
「これは……ちょっと運が悪いですね」
この状況をちょっと、と言った。
だからそんなアリサに思わず聞いてみた。
「もしかして……今までこれ以上に悪い状況ってなんかあった?」
「ありましたよ」
当たり前の様にアリサは言う。
「Eランクの依頼で薬草を詰みに行ったら色んな偶然が重なって、明らかに生息地の違う、SSランクの討伐依頼に出てくるドラゴンが出てきた事とかありましたね」
「……ッ!?」
そう言えば聞いた事があった。
以前強いモンスターが出現しない筈の平原で、SSランクの危険なドラゴンが偶発的に現れる事件があったらしい。
基本的には遠目から目撃された情報で、討伐隊が結成される前にひとしきり暴れた後に空へと飛び立ちいなくなったとの事だ。。
世間一般的にその事件は、ドラゴンが気まぐれで帰っていったとされているが、一部の人間はこう言っていた。
実はあの場に誰かが居て、追い返したんじゃないかと。
「あの時は大変でしたね。流石のボクでも追い返すのがやっとでしたし……流石に死にかけましたしね」
「……ッ」
物的証拠もなく、目撃者もいない。
そしてアリサの運の悪さを考えれば、そのドラゴンが居た場所にEランクの依頼を受けた冒険者が一名いたという事も闇に埋もれてしまっていたのだろう。
もしくは……死にかけて戻ってきたのを、ただ一概に被害者の様に扱われてしまったのだろう。
「そんなのと比べたら、寧ろこの程度で済んだのなら不幸中の幸いって奴ですよ、クルージさん」
そう言ってアリサは構えを取る。
アリサの言った事が本当ならば、きっとこの戦いも乗り切れるかもしれない。
不運にもそんなドラゴンと出くわして、そこからも戦闘中に不運な事があったであろうにも関わらず生きて帰ってこれたのだから。
そんなアリサの運気は、今人並みより少し低い位にまでは戻ってきている筈だから。
とはいえそれでもこの状況が最悪な事には変わりない。
確実に切り抜けられると言える様な状況ではない事に変わりはない。
では、そんな中でどうすればこの状況を切り抜けられるか。
どうすれば対した力のない自分がアリサを。
Eランクの依頼でSSランクのドラゴンをぶつけられる程に、この世界そのものが殺しに掛かってきているとしか思えないアリサを、守ってやれるだろうか。
答えはとても簡単だ。
「ああ、そうだな。そんなのと比べりゃ不幸中の幸いだよ」
クルージはアリサと背中合わせになる様に立って刀を構え、そして全神経を魔獣たちへと集中させる。
この状況でアリサを守る為に自分ができる唯一の事。
それはクルージが死なない事だ。
自分が生きている限り、アリサの運気は落ちないのだから。
一人でSSランクのドラゴンを追い返した最強の力を、不運というどうしようもない足枷無く振るえるのだから。
「クルージさん」
アリサは言う。
静かに、願う様に。
「クルージさんは……いなくならないでくださいよ」
「……ああ、任せとけ」
クルージもまた、静かにアリサの言葉にそう返した。
そして……戦いの幕が上がる。
2対100以上の戦いが。
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