5 パーティー結成

「で、何当たったんだ」


「サービス券です。次回ソフトドリンクが一杯無料になるみたいです」


「へー良かったじゃん」


「こんなの当てたの初めてです。記念に宝物にしますよ。額縁買わないと……」


「いや使えよ。飲もうぜドリンク」


 そんなやり取りをしながらクルージ達は店を出た。

 そして店を出てとりあえず歩き出した所で、アリサは不思議そうに言う。


「……しかし妙ですね」


「今のクジの事か?」


「まあそれもそうなんですけと……それだけじゃないんですよ」


 本当に不思議そうにアリサは言う。


「だってボクが目を覚ましてから今まで、あの一件以外に何も起きてないんですよ?」


「……え?」


「馬車に泥を跳ねられるような事もなかったですし、変な人に絡まれもしなかったですし、お店だって臨時休業じゃありませんでした」


「……」


「店員さんが躓いて料理が飛んで来る様な事もなかったですし、ああ、それにクジも当たりましたね……まるで運が良くなった見たいです」


「運が……良く、か」


 確かにそんな風に思えるけれど、おそらくそれは違うだろう。

 違うはずだ。


 元から悪い筈の運がもっと悪くなっている。本来はそうなる筈なんだ。


 だからこそそんなアリサを守らないければならないと思っていた。

 自分の所為でより酷い運気になっているアリサを守らなければならないと、そう思ってたんだ。


 だけど結果的に、本当に何も起きなかった。

 警戒なんてする必要がない程に、ただ当たり前の様に時間は過ぎて今に至った。


 まるで本当に、アリサの運気が上がったように。

 普通の人間に程近い運気になったように。


 そして事の異常性は。

 そんな幸せな異常性は、ずっと不幸と付き合ってきたアリサが一番不思議に思うのは当然の事で。

 思うからこそ、何か答えを見付けようと考える。

 そして……何か思い当たる節が有ったらしく、はっとした表情を浮かべた。


「あ、もしかして」


「なんか分かったのか?」


「……クルージさんのおかげ、じゃないですか?」


「は? 俺?」


 予想外の回答が返ってきた。


「俺ってどういう事だよ。俺は寧ろお前の運気を下げてる筈なんだって。吸い取るんだよ、運気を」


「……もしかしたらなんですけど、それ……勘違いなんじゃないですか?」


「……え?」


 それこそ、あまりにも予想外の言葉だった。


「か、勘違い? いや、勘違いな訳ねえだろ!?」


 アリサには話の流れで軽くこちらの身の上事情も話してある。

 だから知っている筈だ。


 俺の住んでいた村で起きた事も。

 アレックス達との事も。


 どう考えたって勘違いではない筈だ。

 それで済まされる事では無い筈だ。


 だけどアリサは言う。


「……でも村が山賊に襲われた時、誰も亡くならなかったんですよね?」


「……え、いや……でも村は滅茶苦茶になったし、大怪我を負った人だって何人もいた!」


「普通死人がでますよ、そんなの」


 アリサは当たり前の事を言う。


「ボクは王都生まれの王都育ちですから。山賊に襲われた被害なんて話は新聞位でしか見た事が無いです。だけど……多分誰も死なずに事が終わるなんてのは奇跡ですよ」


「……でも俺が。俺だけが無事だったんだぞ」


「スキルの効果が自分に一番色濃く出るなんて当たり前じゃないですか。自分の事な訳ですし。ほら、ボクだって人の運気を凄く落としますけど、ボク自身が一番滅茶苦茶落ちますよ」


 そして一拍空けてからアリサは言う。


「クルージさんが言ってたアレックスって人達も多分そうです。本当はもっと危険でどうしようもない状況に陥っていた所を、クルージさんのスキルのおかげで、他の皆さんに被害が集中している程度に収まった。そういう風にも考えられませんか?」


「……」


 考えられるかと言われれば、考えられる訳がない。

 村で不幸な事は何度だってあった。

 アレックス達と一緒に仕事をこなしたのも一回二回の話ではない。

 何度も何度もこなして、結局全てにおいてアレックス達に不幸としか思えないような事が置き続けた。


 その時全てにおいて、自分だけが何事もなかった。


「……そんな都合のいい考え方、できないだろ」


 だから思わずそんな言葉が漏れだした。

 できる訳がないだろうと。

 そんな都合のいい考え方なんてしてはいけないだろうと。

 そう思ったから。


 だけどアリサは優し気な笑みを浮かべて言う。


「じゃあどうしてボクは今日幸せだったんですか?」


「……ッ!?」 


「確かに今まであった色々な事を、クルージさんのおかげでその程度で済んだって思うのは、自分で言っておいて変な話ですけど難しいのかもしれません。色々重なりすぎてますからね」


 だけど、とアリサは言う。


「それでもクルージさんの背中で目を覚ましてからのこの短い時間、ボクなんかが幸せだって思えたのだけは間違いじゃないんです」


 そして……そして、言ってくれた。


「あなたは疫病神なんかじゃありませんよ」


「……」


 その言葉を、受け入れていいかどうかは分からない。

 こんな事を受け入れたら、実際俺の周りで不幸な目にあっていた人に、俺は関係ないって無責任な事を言っている様に思えて。

 背負わなければならない何かから逃げだしている様に思えて。


 自分がそんなどうしようもない人間に思えてしまって。


 だけど……だけど。駄目だった。


「……ありがとな、アリサ」


 その言葉を受け入れたかった。

 受け入れたくて仕方がなかった。


 ……きっと自分はずっと、そんな言葉に飢えてたのだ。


 自分の周りで起きた不幸は全部自分の所為じゃなかったって。

 だから前を見て胸を張って歩いていいんだって。


 そういう風に生きていいんだって。

 幸せになろうとしてもいいんだって。


 ……そんな風に、クルージ・リーデスという存在を肯定してほしかったのだ。


「……ありがとう」


 だったらもう、そんなのはもう受け入れるしかなくて。

 気が付けばどこか救われた様な気分になっていた。


 否、気分なんかではない。

 そんな不確かな物などではない。


 ただ一言、そう言って貰えただけで……クルージ・リーデスという人間は救われていたのだ。


「どういたしまして」


 そう言ってアリサは笑う。


 ……その笑顔を見ながら、改めて考えた。

 先は碌な答えが出せなかった問い。


(何か。なんでもいい。目の前の女の子にしてやれる事はないのだろうか?)


 前を向いて生きてもいいんだって肯定してくれた女の子に、一体自分は何をしてやれるのだろうか?


「……なあ、アリサ」


 考えた。

 思いついた。


 その選択が正しいのかどうかは分からないけれど。

 それでも、伝えてみた。


「お前さえよければ、俺とパーティーを組まないか?」


 自分ならば。

 アリサが肯定してくれたクルージという人間ならば。

 少しはその不運を和らげる事ができる筈だから。


 きっとそのスキル故に苦難の連続だったであろう冒険者としての仕事も、少し位は楽にしてやれる筈だから。


「……」


 それを聞いたアリサは少しの間呆然としていた。

 そしてその後、俺に聞いてくる。


「……いいんですか?」


 少し不安そうに、アリサは言う。


「ボクは……クルージさんを、不幸にしますよ?」


 不幸になる。確かに単純な運気の話をすれば、それは間違いないだろう。

 元より自分は高い運気のおかげで実力以上の仕事をこなしてきた。

 そう、実力以上。下駄を履かせてもらっていた。


 それはアレックス達と仕事をして理解しているつもりだ。


 そんな自身の運気が人並みにまで落ち込めば……呆気なく命を落とす様なちっぽけな存在になり下がるだろう。

 だけどそれが不幸なのかどうかは別の話だ。


「大丈夫だ。俺は不幸になんかならねえよ」


 だってそうだ。

 自分を肯定してくれたアリサが不運から、不幸から脱する事ができるのなら、それはクルージにとっての幸運な事なのだから。

 幸福な事なのだから。


「で、どうだ?」


「……」


 そして、長い長い長考の後で、アリサは答える。


「クルージさんさえよければ……お願いします! ずっと誰かとパーティーを組みたかったんです!」


「じゃ、交渉成立だな」


 そう言ってクルージが笑うと、アリサもまた笑みを浮かべた。


「はい!」


 こうしてSSランクの『幸運』であるクルージと、SSランクの『不運』のアリサはパーティーを結成した。


「で、どうする。ギルドに戻ります?」


「そうだな。まだ昼だし時間もある。二人で受けられる依頼を探そう」


 そして二人はギルドへ向けて歩きだした。


 幸運でも無く不運でもない。

 そんな真人間のような足取りで。

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