4 異常事態

「……大変だな、お前」


「いや、クルージさんも中々大変な目にあってるじゃないですか」


 飲食店……ちょっとお洒落なレストランに足を踏み入れたクルージ達は、端の席で店長のオススメらしいパスタを食いながら、お互いの事を少し話した。

 アリサはそのスキルの事もあり、色々あって今は独り暮らしらしい。

 その色々が具体的に何かという事は言わなかったし、こちらもあえては聞かなかったが、それでも本当に壮絶な半生を送ってきたのであろうという事は察せてしまう。


 冒険者になった経緯はクルージと変わらない。


 一人でもなんとか生きていけるから。

 誰にも迷惑を掛けずにすむから。


 だけどこちらと違うのは、アレックスの様な存在かいなかった事だろう。

 現れようがなかった事だろう。


 自分から声を掛ける事はなく。

 声を掛けられる事もなく。


 ずっと一人だった。

 本当に……今日に至るまで。


「俺なんてお前と比べりゃたいした事ねえよ。一応幸運な訳だし」


「比べる物じゃないですよこんなの。幸せになれない幸運スキルを持っているクルージさんも十分すぎる位不幸です。不幸仲間です」


「……それなんか嫌だな」


「あーうん。言ったボクが言うのもなんですけど、嫌ですね……ハハハ」


 そう言って二人して苦笑いを浮かべた。

 だけどアリサは良い事を思いついたという風に言う。


「あ、じゃあ幸せになりたい仲間なんてどうですか?」


「語呂悪いな……でも、らなんかいいなそれ」


「ですよね。それでいきましょう」


 そう言ってアリサは笑う。

 楽しそうに。

 ……終始どこか楽しそうに。


(いや、違うな。嬉しそうにだ)


 話している事はお互いの身の上事情で、それは暗い事である筈なのに。

 そもそも人とまともに会話が成立している事が、本当に嬉しい様に。


 ……一体アリサは人と接する事にどれだ飢えていたのだろうか。

 そんな事を考えていると、気が付けばこんな風に考える様になっていた。


(何か俺に、この子にしてやれる事はないだろうか?)


 自分よりも遥かに辛い目にあっている目の前の女の子に。

 その境遇に一応の共感ができる者として。

 此処に居ても大丈夫な数少ない人間として。


 幸せになりたい仲間として。


 自分には一体何ができるのだろうか?


 考えてはみたが、大それた事なんてのはすぐには思いつかなくて。

 だけど今できるちっぽけな事位なら簡単に分かった。


「にしてもここの料理凄いおいしいな」


 そう言ってクルージは笑みを浮かべる。


(……もう、暗い話はいいだろ)


 折角誰かと話すのだから。

 誰かと話す事ができたのだから。

 それはきっと明るくて前向きな話の方が良い筈だ。


 どこにでもある様な何気ない会話でも交わすのが、きっと一番良い筈なんだ。

 こちらにとっても。

 アリサにとっても。

 きっとその筈である。


「あ、そうですよね!」


「よくこんなうまい店知ってたな」


「昔、よくお父さんに連れてきてもらったんです」


 そう言ってアリサは笑い、


「ああ、なるほどね。センスいいなお前のお父さん」


 そう言ってクルージも笑う。


「えへへ、いいでしょ」


「だな」


 思わず踏み込みそうだったけど、思わず踏みとどまる。


 何も指摘はしなかった。

 今は独り暮らし。

 昔よくお父さんが。

 それは間違いなく、踏み込んではいけない話なんだと思うから。


 だからそれは聞き流した。


 楽しい話をしよう。


「あ、そういえばさ……」


 たわいもない、普通の楽しい話を。



     ◇◆◇◆◇



「いやーマジでうまかったな」


「ですよね。美味しかったです」


「あ、そうだここの会計俺が出すよ。昨日報酬入ってるし」


「いやいや、ボクが誘ったんだからボクが出しますよ」


「俺が出す」


「いやボクが」


「……」


「……」


「……割り勘にする?」


「……ですね。そうしましょう」


 そんな会話をしながらレジへと向かう。

 とりあえず二人でそれぞれお金を出し、会計を済ませた所で店員が小さな箱を出してきた。


「今お会計の際にくじを引いて貰ってるんです。おひとつずつどうぞ」


「ボクこういうの当たり引いたこと無いんですよね」


 苦笑いしながらアリサは言う。

 だろうなとは言わなかった。流石に失礼だ。


「えい」


 それでも一応そんなかわいい掛け声をだしてくじを引く。


「……ッ!?」


 するとアリサが驚愕の表情を浮かべた。


「どうした?」


「あ、あああ……当たってます……」


「マジで?」


「ほ、ほら」


 言われて見てみると五等の文字。

 どうやら普通にハズレも入っているらしい事を考えれば、一応当たりは当たりである。


「……マジかよ」


 流石にそんな言葉が漏れ出した。

 普通ならば驚くこともない、なんて事ないちょっとした幸運といった光景の筈だ。


 だけど引いたのは『不運』SSランクのアリサだ。

 それもクルージの『幸運』スキルのせいで運気が更に落ちている状態で。


 それでも……それでも何かしらの当たりが引けた。


 クルージもアリサも当然驚愕の表情のひとつやふたつ位浮かべる。


(……いったい、何が起きてるんだ?)


「あ、あの……お客様もどうぞ」


「あ、はい」


 二人の反応に動揺していた店員に促され、クルージもクジを引く。

 ……結果はハズレ。

 クルージもこの手のクジではハズレなんて引いたことがなかったのだけれど、それでもアリサのスキルで運気が少しいい程度に落ちている事を考えれば納得はできる。

 多少運気が良いくらいなら、ハズレ位は普通に引くだろう。


 でも、アリサは。


 一度も当たりを引いたことのないアリサが当たりを引いた。

 それはどう考えたって異常な事態なんだって思うよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る