3 不運少女からのお誘い
一か月以上も王都で生活していれば、一度も世話になっていなくても病院の位置ぐらいは分かる。
当然場所を知っているだけで腕がいいかどうかは知らない。
基本的に医者に掛かるような事は物心付いた時から一度も無かったから、そういう事を知ろうともしなかった。
だけど余程のやぶ医者でなければ、あのまま放置しておくよりもよっぽど良い筈だ。
今だに目を覚まさないアリサをどうにかする為に、素人の自分が思いつく最善策以上の何かを定時してくれればそれでいい。
とはいえ医者の腕以上に不安な事が一つ。
(……だけどそもそも医者はコイツを診てくれるのか?)
向かった先の医者がアリサの事を知っていたとすれば。
アリサのスキルの事を知っていたら、そもそも診察すらして貰えるかどうか怪しい。
そして医者に診てもらうとして、アリサの運気では事がまともに運ぶかどかすら分からない。
……とにかく、何から何まで不安でしかない。
そんな風に、この先の諸々に不安を感じながら、アリサを背に小走りで病院へと向かっていた時だった。
「……ん」
意識を失っていたアリサから小さな声が聞こえたのは。
「あれ……ボク、一体何を……」
……意識を、取り戻した。
「良かった、目ぇ覚ました!」
「……うわぁッ!?」
思わず口にした歓喜の声に、驚いた様に突然アリサが暴れ出す。
「うわ、ちょ! 暴れんな馬鹿!」
「こ、ここここ、こ、これどういう状きょ……うわッ!」
「うおぉぉぉおッ!?」
(やべッ!? バランス崩したあああああああああああああああッ!?)
そして次の瞬間、二人共々地面に体を叩き付けられた。
「うあッ!」
「ぐへッ!」
そして二人して地面にのた打ち回る。
「いったああああああッ!?」
思わず頭を抱えてそんな声が漏れ出た。
(いってえ! あ、頭打った。マジで打った! 凄い勢いで打ったんだけどぉッ!?。大丈夫俺、頭割れてねえ!? 脳震盪とかになってねえ!?)
「ったぁぁぁぁ痛い痛い痛い!」
そしてアリサも頭を抱えてのたうち回っている。
本当に痛そうだ。
とはいえ……のたうち回っているという事は意識はあるって事だ。
一安心……なのかは良く分からなかったが。
「えーっと、大丈夫か?」
一足先になんとか立ちあがり、アリサに対してそう問いかける。
するとアリサは頭を抑えて涙目になりながら、ゆっくりと体を起こす。
「だ、大丈夫で……ってそうじゃない!」
アリサはシュバっと凄い勢いで立ち上がり、警戒態勢を取る。
……なんだか凄く警戒されている。
「あ、あなたは何者でこれどういう状況なんですか! ボクをどうするつもりだったんですか! ま、まさか誘拐犯!?」
「いやちょっと待てちげえわ! 心外すぎんぞこの野郎!」
心配して病院連れてこうとしてたのにあんまりである。
「じゃ、じゃあ何故ボクを背負って走ってたのか説明してもらいましょうか!」
「お前がギルドでぶっ倒れて目ぇ覚まさねえから、とりあえず近くの病院連れてこうとしてたんだよ!」
説明しろって言うから普通に説明した。
そしてその説明に硬直したアリサは、一拍空けてから言う。
「え、あ……ごめんなさい。かなり失礼にも程がある疑い方してました。すみません」
なんか普通に素直に謝られた。
……おそらく意識を失うに至る過程はある程度覚えているのだろう。そこから病院へという説明で、普通に納得がいったみたいだ。
それで……謝ってくれるのはいい。
いいのだが。
「本当にすみませんでした! 許してください!」
土下座までするのは止めていただきたかった。
「ちょ、お前! 止めろって!」
(見てるから! 見られてるから通行人に!)
「だってボク! 態々助けてくれた人を誘拐犯呼ばわりしたんですよ!」
「あーもういいから! いいからお願い立って! 土下座止めて!」
と、そこで通行人の方からとんでもない言葉が聞こえてきた。
「誘拐犯が……女の子に土下座させてる」
(とんでもない情報だけ持っていかれてるううううううううううううううッ!?)
「おい、お前さん……そこでなにやってんだ?」
「女の子相手に何やってんですかアンタ」
そして訳が分からない内にワラワラと人が増えてくる。
「本当にすみませんでした!」
(あーもう最悪だ面倒くせえ!)
「そう思ってんなら土下座止めような!? で、アンタらも別に俺誘拐犯とかじゃねえからな! 考えろ!? 誘拐犯だったら誘拐した女の子こんな公衆の面前で土下座とかさせねえよな!?」
アリサにも囲ってきた通行人にも叫んで主張する。
「む……確かに」
「コイツギルドの冒険者! 俺もギルドの冒険者! 突然倒れたから同業者のよしみで病院に搬送中! コイツ俺の事知らなくて大混乱で勘違い! OK!?」
勢いでゴリ押す。
「そ、そうか……おい嬢ちゃん。そういう感じなのか?」
「え、あ、はい! そういう感じです……あの、皆さんもお騒がせしてすみませんでした」
言いながら今度こそアリサは立ち上がる。
通行人達もそれで納得したようだ。
「なんだそういう事なのか」
「まったく、紛らわしい事したら駄目ですよ」
そして集まっていた通行人たちは、各々そんな言葉を残して立ち去っていき、その場にはクルージとアリサだけが残った。
(……っぶねえ! なんかあのままヤベエ状況に持っていかれるかもしれなかったぞ)
多分運が良かった。勘違いのまま最悪な方向に事が進んでもおかしく無かった。
(……いや、ちょっと待て)
一つ引っ掛かる事があった。
(そもそもそういう状況になりかけただけで、実は相当運が悪いんじゃねえか? あの通行人だって、都合の悪い情報だけ抜き取られた訳だし。でも運が悪い……俺がか?)
そして自然とアリサに視線を向けた。
アリサのスキルは『不運』。それもSSランク。
その影響を自分が受けているのだろうか?
結果的にうまく話は纏まったからやはり自身の運はいい方で、つまりは相殺まではされていないのだろうけど。
それでも自分をああいう状況に追い込んだ。
(……この状況、アリサを病院へ連れていこうとしていたのが、俺じゃ無かったらどうなっていた?)
……まあとにかく。
「それで……あの……改めてすみません」
「もう言いって。どんだけ謝んだよ。で、お前はもう大丈夫なのか? また頭打ってたけど」
「あ、はい。ボクは大丈夫です……その、あなたは?」
「俺も大丈夫。ありがたい事に打ち所は悪く無かったみたいだ」
「あ、ならよか……え、なんで? なんで打ち所悪く無かったんですか!?」
「なに俺喧嘩売られてんの?」
「あ、いや、ちがくて、そういう訳じゃ……」
どういう訳だよ、と思うがアリサは一拍空けてから言う。
「ボクのスキルは人を不幸にするから……それで打ち所が良かったなんて、そんな訳がないんです」
……ああ、そうか。
運気が著しく低下するから、打ち所が悪くないとおかしい。
ましてや良いなんて事があるわけがない。
アリサはそう言いたいのだろう。
「というかここに来るまで大丈夫でしたか!? スリにあったり馬車にひかれそうになったりしませんでしたか!? なにか……なにかありましたよね!? すみません!」
そう言って深々とアリサは頭を下げる。
確実に何かがあったという事前提で。
だけど……少なくとも。
「頭上げろよ。別になんもなかったよ、さっきの一悶着以外は」
「……え?」
「特に何事もなく、お前をギルドから此処まで連れてきたっつってんだよ」
そう、特に何もなかった。
特になんの良い事も悪い事もなく、病院までの中間地点と言えるこの場所までクルージは辿り着いた。
それが、さっきの打ち所の件も含めてアリサには不思議でしょうがなかったらしい。
「え……なんで……」
こちらの言葉を聞いて呆然としていた。
ただその程度の事実を言っただけでだ。
(コイツは一体……今までどんな生活をしてきたんだ?)
……まあそんな事を勘繰るよりも、やっておかなければならない事がある。
「俺のスキルは幸運。ランクはSS。だからお前のスキルで運気落とされても、普通の連中の運気を下回る様な事もねえ筈だ。だから無事なんだろうよ」
「幸運……それもSSって。……なるほど、そういう事でしたか。それなら納得が行きます」
ネタばらしである。
ネタをバラして、言っておかなければならない事があるのだ。
早急に言っておかなければならない事が。
「でも一つ大きな欠点があるんだ」
「欠点?」
「俺の幸運スキルはどういう訳か人の運気を吸い取るみたいなんだ。一緒に居る人を不幸にしちまう」
だから、もう、ここまでだ。
「だからとりあえず意識が戻って立って歩けるなら、さっさと俺から離れた方が良い。お前ただでさえ自分のスキルで酷い目に会ってんだろ……俺といたら今まで以上に酷い目に合うぞ」
元よりそれを危惧して話しかけようとしなかったのだ。
クルージが病院へ連れて行く必要がなくなったのなら、早々とそうするべきだ。
と、思ったのだがアリサは首を振っている。
「あ、いや……ボクは大丈夫です」
……何が?
脳裏にクエスチョンマークを出してるクルージをよそに、一拍空けてから少し緊張した様子でアリサはこちらに向かって言う。
「ところで……その……もうお昼とかって食べてます?」
「あ、いや、食ってねえけど……急にどうした」
「その、あなたさえよければ……一緒にご飯、どうですか?」
(え、何? この子大丈夫?言ったよね? 俺お前の事不幸にするって言ったよね!?)
確かに言った筈だ。
伝わった筈だ。
「あーおい、ちょっと待て。俺は別によろしいけど、お前は普通によろしくねえだろ」
そう、別にこちらとしてはよろしい。
カレーは食い損ねた。腹は減っている。
それに……堂々と言いにくい話ではあるのだが、アリサはとても可愛い。
とても頭の悪い考えだとは百も承知だが、どの具合可愛いかというと滅茶苦茶可愛い。
まさしく可憐な女の子である。
そんな子に誘われて一緒にお昼に行けるというのは、正直に言うと幸運でしかない。
でも当のアリサは違うだろう。
違うはずだろう。
(お前は俺とつるんでよろしい筈がないんだ)
クルージは小さく溜息を吐いてから言う。
「お前、自分が何言ってるか分かってんのか? ただでさえSSランクの不幸持ちなのに、そっからもっと酷くなるんだぞ」
「いいですよ、別に」
そうはっきりと言って、彼女は笑みを浮かべる。
「初めてなんです。ボクと接していても大丈夫な人と会うのは。だから多少ボクの運気が落ちて危なかったとしても、その、少し……お話とかしたいなーって」
そしてアリサは上目遣いで聞いてくる。
「駄目……ですかね?」
「……」
普通に考えたら駄目だと思う。
アリサ本人も言っている通り、危険なのだ。
だから残念だけど丁重にお断りするべき……だと思う。
だけど……それでも。
たとえそうするべきなのだとしても、断るのは酷な気がした。
孤独が辛いのは知っているから。
アリサが今まで受けてきたであろう孤独は、自分よりも遥かに酷い物であろうから。
だから……気持ちは分かるから。
アリサがそういう意思を見せているのであれば、こちらとしては意思を尊重してやりたいと、そう思った。
「まあ駄目じゃねえよ。いいぜ、どこいく?」
「やった!」
アリサは本当に嬉そうに笑う。
(……やっぱり断らなくて良かった)
改めてそう思う。
だってそうだ。
(……こんな程度の事でそこまで喜ぶような人生を歩んできたんだろコイツは)
だとすれば断っては駄目だ。
こんな事くらいは絶対に断ってはいけないのだ。
仮にこちらにとって都合が悪い事があったとしても……絶対に。
「じゃあどこ行くよ。実は俺、王都に来てそんなに長くないから、あんまり店とか知らねえんだ」
「あ、じゃあボクが案内します。そんなに詳しい訳じゃないですけど、それでもおいしいお店知ってるんで」
「じゃあ頼むよ」
「はい!」
そう言ってアリサはどこか楽しそうに歩き出す。
だけど数歩で立ち止まり、至極当たり前の問いをクルージに投げ掛けた。
「そういえばまだお名前聞いてませんでしたね。改めましてボクはアリサ。アリサ・コルティです。あなたは?」
「俺はクルージ。クルージ・リーデス。よろしくな、アリサ」
「はい!」
そうしてクルージ達は病院から進路を飲食店に変え、再び歩き出した。
とりあえず警戒だけはしながら。
自分のせいでアリサになにかがあっても、最低限守ってあげられるように。
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