2 SSランクの不運少女との邂逅

 そもそもクルージが冒険者という職を選択したのは、やり方によっては人と関わる頻度を最低限に抑えて生きていけるからである。

 パーティを組まずにソロで活動すれば、冒険者ギルドのスタッフと最低限の事務的な関わり方をするだけだから。


 当然、一人というのはデメリットも大きい。

 報酬こそ独り占めだが受けられる依頼に大きく制限が掛かり、その日その日を食いつないでいく程度の報酬しか得られない。

 だけどそれでも、誰にも迷惑を掛けずに生きられるというメリットは、そのデメリットを加味してもあまりに大きいものだと思った。


 自分の存在が他人を不幸にしているという事は、薄々感付いていたから。

 感づいたからこそ、故郷の村を離れたのだから。


 ……そう、感付くだけの積み重ねがあった。


 以前村が山賊に襲われた事があった際、奇跡的に死者は出なかったものの皆散々な目に会っていて。

 にも拘らずクルージだけが何の被害も受ける事が無かった。

 それからも厄災と呼べるような事が起きる度にクルージだけは何事も無く、他の皆だけが被害を被る。それはもはや皆の運気を自身が吸収しているとしか思えなかった。


 思えないし、思われた。


 そして最終的に16歳の誕生日の日、クルージは村を出た。

 出ざるを得ない状況だったとも言えるだろう。


 そういう空気も有ったし、何よりクルージ自身周りに迷惑を掛けたくなかったのだ。


 そして王都にてソロで小さな仕事を熟し続けて一ヵ月程が経過したある日の事だ。


『良かったら俺達とパーティを組まないか?』


 アレックスが声を掛けてくれたのは。

 当然断るべきだった。

 まともな神経をしていれば、断らなければいけなかったのだ。

 それでも手を取ったのは、決してアレックスの押しが強かったからだとか、そういった理由ではない。


 ……まともな神経をしていなかったのだ。


 誰とも関わらない生活から生じる精神的な苦痛に対し、とっくの昔に限界を超えていたのだ。


 当然だ。

 一人で生きていける人間が誰もいないとは言わないが。

 孤独を愛する人間を否定したりはしないが。


 それでも大多数の人間は人と関わらないと生きていけないだろうという価値観を抱く位には、クルージもまた、その一人なのだから。


 だから手を取ってしまった。

 人と関わりながら人と関わっても良い理由を探すという、関わってはいけない理由を否定する為という支離滅裂な理由を後付けして。

 そういう道に逃げ出したのだ。


「……」


 だからパーティを抜けたのは精神的に堪えた。

 心の支えを失った訳だから。

 失った上に現実を直視しないといけなくなった訳だから。


 そして今現在自分が置かれている状況は、そうした自分のエゴをアレックス達に押し付けてきた事の報いのようなものなのだろう。


(……まあ、当然こうなるよな)


 翌日冒険者ギルドに足を運ぶと、周囲から妙な視線を感じた。

 そして視線と共にこちらに届く噂話。


 クルージという人間についての悪評。

 クルージという疫病神の悪評。

 それが冒険者の中で広まっている。


 誰が広めたのかと言えば、十中八九アレックス達だろう。

 そこにこちらへの悪意が有ったかどうかは分からないが、だとしてもそこに文句は言えないし、そしてきっと悪意があったとしてもそれだけが理由では無いだろう。


 第二、第三の被害者を生まない為の注意喚起だ。


 実際、それは客観的に見れば必要な事だったのだとクルージ自身そう思う。

 なにせ、自身が実質的に疫病神であると確信した今になっても、あわよくば誰かと組もうと考えていたのだから。

 この視線や噂話を、都合が悪いと捉える自分が居たのだから。


 ……悪評が広まっていなければ、今頃誰かとパーティを組もうとしていた。

 今度は誰かからでなく、自発的に。


(……いつのまにか、本当に碌でも無い奴になってたな)


 一度逃げる事を知った人間は、どうしようもなく脆くなる。

 つまりアレックス達との出会いが自分にとってターニングポイントだったのだろう。

 あの場面で一人を貫けていればおそらく一人でいられる人間に成長出来ていて、そして貫けなかったが故に今の自分はどうしようもなく脆くなってしまったのだ。


 誰かと関わりたい。

 慣れ合いたい。

 一人になりたくない。


 この仕事を選んだ理由などかなぐり捨てて、そんな本末転倒な願望だけが脳内を支配する。

 ……もっともこの状況で、それを表に出せる勇気も無かった訳だけれど。


(今日の所は……昼飯だけ食って帰るか)


 時刻が丁度昼時だった事もあり、ギルドで昼食を食べて今日は撤収だ。

 そうせざるを得ないからだが……外では無く冒険者ギルド内で食事を済ませようとしている辺り、きっと自分は待っているのだろう。

 こんな時でも声を掛けてくれるような誰かが現れる事を。


 それこそあの時のアレックスのように。


 そう考えながら冒険者ギルド名物のカレーを注文し、周囲を見渡す。


(さて、席はどうするか)


 やはり他の冒険者からは良くない視線が向けられている。

 きっと近くに座ったら折角の食事を不快なものにしてしまうだろう。

 仮に話しかける勇気が有ったとしても、それは駄目だ。


 だから座るべきは人気が少ない端の方の席だ。

 かつての自分の定位置。


 と、そんな事を考えながら、勝手に誰もいないだろうと思い込んでいた端の方の席に視界を向けたその時だった。

 そこに既に先客がいた事に気付いたのは。


 金髪セミロングの小柄な少女。

 関わった事は無い。

 だけど知らない顔でもない。

 何しろ彼女は有名人だ。


 記憶が正しければ名前はアリサだ。


 そんな彼女が冒険者としてどの程度の実力を持っているのかというのは、実をいうと全く知らない。おそらくこのギルドに出入りしている人間の大半はそれを知らないと思う。

 何しろ誰も彼女と関わろうとしないから。



【不運】SSランク。



 それが彼女の持つスキルらしい。


 自分のみならず関わった人間の運気を大幅に低下させる、目も当てられない程に酷いマイナススキル。

 しかもSSランクという高ランクの。

 言わば命に関わるレベルの不運に見舞われる。そんな相手。


 それ故に誰も関わろうとしない。


 アレックスからも以前、極力アリサとは関わらない方が良いと助言された覚えがある。


 ……今改めて考えれば自分と同じだ。

 人を不幸にする。それ故に誰とも関われないという点で。


「……」


 自然と勝手に親近感が湧いてきた。

 だけど親近感が湧いたからこそかもしれない。


 ……彼女に声を掛けるなんて選択は、絶対にとってはならないと思った。


 冷静に考えて少なくとも自身には運気が回って来る自分が同類面で近寄ってもアリサにとっては不快な相手にしか思えないだろうから。

 そもそも人の運気を吸い取る事が明白となっている今、元から不運な彼女に接触するのはもはや嫌がらせでしかない気もするから。


 ……親近感が湧くからこそ、これ以上不幸にはなってもらいたくない。


 そんな考えを抱きながら、アリサから視線を外そうとしたその時だった。


「……ぁ」


 アリサが小さな声を上げた。

 上げるような状況になっていた。


(……マジかよ)


 アリサはクルージと同じくカレーを食べていたみたいだが、それを口に運ぶまでの間に木製のスプーンがぽっきりと折れた。

 当然そうなれば彼女の衣服にベチャリとカレーが付着するわけで。


(なんというか不運……不運、だけど……そんな事ある?)


「……」


(なんか本人もまたか、みたいな表情してるし……なに? これ良くある事なの?)


 ……だとすればやはり紛れもなく不運なのだろう。


 そしてアリサの不幸はそれで終わらない。


 アリサは備え付けられていた紙ナプキンを手にし、とりあえず服に付着したカレーを取りにかかる。

 そしてその時、微妙に体勢が変わった事により、椅子に掛かる負荷の掛かり方が変わったのだろう。


 もっとも、普通であればそれがどうしたんだという話なのだが……突然スプーンがへし折れるような不運を持つアリサにそんな常識は通用しない。


 椅子の足が折れた。


「うわ……ッ!?」


 そしてそのままアリサは不格好な体制で勢いよく床に倒れ……明らかによくない形で頭を打った。


「……ッ」


 慌てて自然と周囲を見渡す。

 流石に椅子の足が折れ、悲鳴が漏れ、人が倒れればそれなりに気づく人がいる。


(とりあえず一番近い奴でいいから誰か助けに――)


 そう考えるが……。


「……マジかよ」


 目の前の現実は冗談の様な光景だった。


 分かってる。

 皆彼女と関わりたくは無いのだろう。


(それでも……それにしても、一人くらい動いたっていい筈だろ)



 アリサを心配するような人間がいたっていい筈だ。いなければならない筈だ。


 なのにどうして……誰一人として動かない。

 どうして皆、一瞬視線を向けただけで、自分の世界に戻っていく?


 そんな疑問が湧いてくるが……どうしてもなにも、答えは明白で。


 皆、巻き込まれたくないから動かないんだ。


「……」


 アリサはなおも動かなかった。

 本当に打ち所が悪かったのかもしれない。


「……クソッ!」


 自然と体が動いていた。

 分かってる。自分が動くという事はそれだけ事態を深刻化させる可能性がある事は。

 だけど……放っておけなかった。

 放っておけるわけがなかった。


「おい、大丈夫か!?」


 近くのテーブルにカレーを置いて屈み込み、床に蹲ってるアリサに声を掛ける。

 返事がない。意識もない。


「……ッ」


 最悪だ。


(ちょっと待て。ちょっと待ってくれ! こういう時ってどうすればいいんだっけ!?)


 パニックになっているのもそうだが、根本的に知識が無さすぎる。

 とにかく誰かどうにかできる奴に助けを求めるべきだ。


 そんな常識的な考えはすぐに否定した。


(……って駄目だクソ……ッ!)


 元より誰も動かなかったのに、呼びかけるのはよりにもよって疫病神のクルージだ。


 ……誰も助けてくれる訳がない。


「……しょうがねえ」


 頭打って意識を失う。

 それも数秒とかじゃなく長時間ってのは素人目でみてもマズい事は理解できる。

 ……とにかく早急にすべき事は一つだ。


 クルージはアリサを背負って立ち上がった。


 このまま病院に連れて行く。

 こういう時は専門家に診せるのが一番だ。


 そしてクルージはアリサを背負って冒険者ギルドを跳び出した。


 ……その間、誰からも声を掛けられる事は無かった。

 致し方ない事だとは思うけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る