ハエ

かまつち

ハエ

 そこには二匹のハエがいた、俺がとある住宅の庭で、親戚同士でバーベキューをしていた時、周囲を何匹かのハエが飛んでいたのだ。最初はハエを煩わしく見ていたのだが、そのうちの二匹が肉を焼くためのコンロの上に置かれた金網から溢れて出てくる炎の中へ飛び込んで行くのを見たのだ。


 二匹のハエが炎の中から飛び出すのを見て俺は感心した。彼らハエの、炎の中を飛ぼうという冒険心、危険を顧みないその精神に俺は惹かれたのだ。俺にはないその心、俺の臆病な精神とは真逆の心。こんな素晴らしい心持つ者が何か大きなことを為すのだろう、素晴らしいものを作るのだろう。俺はそういう奴に対して嫉妬に近い羨望を胸に潜めている。


 俺には、彼らのように何らかの偉業を成し遂げ、偉大な存在になりたい、そういう思いがある。しかし、その気持ちにいつも俺は背を向けているのだ。自分の感情に嘘をつき、現状に甘んじている。


 ハエの炎の中を飛ぶ行為を、いくらかの人は無謀なものだと考えるだろう。だが、俺は停滞の中でずっと怯えているよりはマシなのだと思うのだ。


 二匹のハエたちは炎の中を、何度も何度も飛び回っていた。飽きることもなく、ただ、一心不乱に、飛び続けていたのだ。


 二匹のうちの、片方のハエが、とうとう、炎の中を、飛び回っているうちに、力尽きたのか、炎から出て来た時に、地面へと落ちていってしまった。


 俺は、周りの人たちに、気づかれることがないよう、さりげなく、そのハエに近づいた。


 ハエは、悶え、苦しんでいた。私は、その様を見ていただけであった。このハエは、ただ、炎の中を飛び続けていた。その勇敢さを彼は、私や、周りのものに、見せ続けていた。おそらく、ハエにとって、そのことに深い意味はなかったのだろう。ただ、生の中で、生命としての自身を見失わないように、それを続けていたのだろう。


 そのあとには、何も残っていない。先程、共に飛んでいた、ハエも、もう、この、死にかけているハエのことなど覚えていないだろう。そこにあるのは、ただの虚無だ。


 しかし、なぜだろう、俺は彼に対して、憧れというものを、それでもなお、感じていた。分からなかった、なぜ、そのようなものを、自分が感じていたのか。彼の、情熱に当てられてしまったのかもしれない。文字通り、命を捧げた、捨て身の挑戦に。


 憧れとともに、劣等感すら感じていた。憐れみの心もあった。しかし、やはり、彼の様に、惹きつけられていた。


 俺は、彼を拾い上げ、人気のない場所まで運んだ。少し、辺りの土を掘り、そこへ、彼の死骸を埋めた。手を合わせて、俺は、炎の方へと戻っていった。


 コンロの近くには、いまだ、残りの一匹が飛び続けていた。正直、先程俺が弔った、ハエより、あまり印象的ではなかった。少し不器用な感じで飛び回っていたのだ。


 こいつに、先程のハエの意思は、引き継がれているのだろうか。そう思った。一緒に飛び回っていた友と言えるのかは、分からないが、同志のような存在の意思は宿っているのだろうか。分かることはなかった。


 しかし、このハエの運命もまた、同じなのだろう。あのハエと同じく、無意味な挑戦を続け、飛び回る。一瞬の生をただ、この瞬間にのみ、費やすのだろう。


 ならば、あのハエの意思を継いでいると言えるだろう。彼の命は、ずっと先の未来にとっては、意味がなかったかもしれないが、このハエに対して、なんらかの影響を与えたと言える。


 ただ、俺がそう思いたい部分もあったのかもしれないが、そう考えると、やはり、納得できた。俺は、炎の中を飛び回る、一匹のハエの姿に、思いを馳せながら、親戚とのバーベキューを楽しんだ。





 私は、自分の書き上げた文章を、見直している最中に、ある男のことを思い出していました。彼とは直接の面識はなく、こちらが一方的に顔を知っているだけでした。


 私には、彼の人生もまた、私が書いたハエのように情熱というものを感じられました。しかし、そこには、悲しみや、絶望などの、不幸もありました。彼は作家でした。彼は、彼の生涯を基として、小説を書くことが多かったのですが、その中にも、やはり、不幸が感じられました。彼の中には、大きな虚無感があったのだろうと思います。


 それでも、彼は生きていました、何年も何年も、作品を作り続けていました。彼の小説は、悲しいかな、多くの人の目につくことはなかったのですが、それでも、私にとっては、憧れの対象でした。ただ、彼の小説、彼の情熱と虚無が入り混じったような小説が好きでした。


 部屋の窓開け、空を見上げました。私が書いたハエは、彼の下へ辿り着くだろうか、私の書いた作品を、彼が見たらなんと言っただろうか、そう考えるとばかりです。


 煙草を一本、懐から出し、火をつけて、ふかし始めました。彼のことを、覚えているのは、最早、私だけでしょう。


 ただ、今は、彼の生涯に尊敬と感謝の気持ちを持っているのみです。彼がいなければ私は、なにかを書こうとなど思いしなかったでしょうから。

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ハエ かまつち @Awolf

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