心境の変化③


「父の存在を思い出してました」

「父は私を道具として見ていました」

「それに対してと思って今まで生きてきました」

「そうでなくとも、何不自由のない人生でしたし…」

「しかし、こうして」

「貴方に」

「無理矢理犯されて」

「絆されて」

「そうして」

「愛しいと言う感情が浮かんでしまった」

「…えぇ」

「分かっていますとも」

「こんな感情は不要」

「そういう所はきっちり線引き出来る人間です」

「なので安心して下さい」

「これに関して貴方に迷惑を掛ける様な真似はしないので」

「けれど」

「父はなぜ私を愛してくれなかったのか」

「どうして私にそれを教えてくれなかったのか」

「ふと思うのです」

「私は」

「父に与えられた仕事を熟し」

「成果を出して来た」

「けれど、愛してはくれなかった」

「それはきっと」

「私が」

「必要不可欠、と言う基準に満ちていないから」

「   、」

「でしょう?」

「…だから、愛してくれる事は無かった」


一つ一つの言葉に重みを感じた。

どろどろと感情が垂れ流しになっている。

屍河狗威は思わず、彼女の身を案じた。


「おい、お前疲れてんだよ…」


そう言った。

彼女はその言葉に笑ってみせた。


「大丈夫です、今回は失敗しません、貴方の基準に満たせる様にします、きちんと、私の存在を逸らせない様にしてますから」


ゆっくりと。

彼女の手が屍河狗威の方へ伸びていく。

その手が、彼の頬に触れる。


「ですから、私のことから、目を逸らさないで下さいね?」


必要不可欠の部品として存在する事を約束するから。


「私は貴方の事を見ていますので、此処以外の何処かへ置いていかないように」


忘れない様に。

飽きない様に。

嫌わない様に。

貴方の傍に置いて欲しい。

父と同じ結末に向かわないで欲しい。


「捨てるなんて選択は、決して与えぬ様に、尽力しますので」


彼女の意思を感じた。

気圧された屍河狗威には、言葉の選択肢が狭まった。


「お、おう…」


ただ、頷く事だけしか出来なかった。

その選択を確認して、目を細めて笑う阿散花天吏。


「それだけです、ただ、その事だけを知ってほしかっただけですので」


そう言って杖を使う。

ゆっくりと立ち上がり、屍河狗威に向けて一礼した。

そして。

屍河狗威の部屋から、彼女は出て行った。

一人。

残された屍河狗威は。


「(…どういう心境の変化だよ、怖いんですけど)」


背筋が凍る様な思いをしていた。

たった一夜でここまで思い詰める事があるのだろうか。

いや、前々から、その傾向はあった。

ただ、龍守夜久光との会話の後。

そこから、本格的に心に変化が訪れた様に思えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る