新しい役職④

屍河狗威は目を輝かせていた。


「うっそだろ、義兄さんッ、すっげぇ!!」


憧れの存在は、未だ超える事の出来ない壁だ。

しかし、屍河狗威は、再び追い掛ける事が出来ることに喜びを生み出した。


「(一つの術師の家系を潰すだけで、此処まで存在価値が高騰するのか…)」


土塊紅家との戦いは、創痍修略摩が討伐した事になっている。

なので、仮染貂豹はそれに参加した事実だけが残っており、査定会では見送りと言うかたちになっていた。

妃龍院夜久光は立ち上がり、声を張った。


「晴れて、俺は納得の行く存在価値になった…これによって、母様、俺は新しい名と地を、欲します」


妃龍院憂媚の前に立ち、頭を垂らす妃龍院夜久光。

彼女は彼の行動を見た末に同調する様に頷いた。


「ふむ…良かろう、妾の領土の一部を差し出し、其処で新しい当主として名乗るが良い」


その言葉だけで、確定された事項と成した。

頭を垂らしたまま、妃龍院夜久光は感謝の言葉を口にする。


「はい、ありがとうございます」


「して、夜久光、主は自分の新しい苗字を決めたのかえ?」


新たな領地。

その当主になる際、名前を変える者が多い。

心機一転と言う意味合いもあるが。

いざとなれば、宗家との関わりを断ち、全ての責任を背負う事が出来る為だ。


「既に」


「ついでじゃ、発表したもれ」


彼女に言われて、妃龍院夜久光は新たな名を口にした。


龍守たつもり…それが、俺の新しい苗字です」


龍を守る者。

それが、龍守夜久光が決めた名前だった。

妃龍院憂媚は、彼の名前を何度も口遊んだ。


「龍守夜久光…少しだけ、寂しいの、紫藍の時とは事情が違うが故…」


嶺妃紫藍の時は彼女を逃がす為に名前を変えた。

それは彼女の生存を願っての事だった。

龍守夜久光の場合は、自らの意思で名を変えた。

変容が、少しだけ寂しく感じてしまったらしい。

そんな妃龍院憂媚に、龍守夜久光は宣言する。


「これからも、領土を守り…兄妹と、母様を守れる者となります」


その言葉を吐いた後。

龍守夜久光は屍河狗威の方に顔を向ける。


「狗威、俺の後釜だが、大事な役職でもある、決して、その在り方を忘れるなよ」


そう言われた事で、屍河狗威は姿勢を正した。

兄と慕っている男から期待されている。

その期待を裏切らない様に徹すると、屍河狗威は頭を下げた。


「…承知致しました、龍守夜久光殿、この屍河狗威、必ず、この役目を全う致します」


そう言って、近くに座る仮染貂豹は呟いた。


「(…こいつ、ちゃんとした言葉で話せるんだな…)」


意外な事だと、そう思っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る