妃龍院家へ④
彼女は不審な表情をした。
「…お父様から?」
まさか、あの父親が自分に対して言葉を残すとは思わなかったからだ。
どの様な最後の言葉を残したのかを、彼女は気になって、つい聞いてしまった。
「…『長年、世話になった、愛してる』、とか」
そう言うと、彼女は視線を下へ落とした。
「…そう、ですか」
彼女の姿を見て、次に視線を、屍河狗威に向ける妃龍院夜久光。
「それだけを伝えに来た…それと、狗威」
手が伸びる。
屍河狗威の肩に置いた。
「この短時間でここまで早く成長するとは思わなかった」
そう屍河狗威を褒め称える。
上機嫌な屍河狗威は笑っていた。
「すぐにでも、義兄さんを追い越しますよ」
その言葉に、本当に弟の成長を心待ちしているかの様に爽やかな笑顔を浮かべた。
「期待している」
そう言い残し、用事を済ませてその場から立ち去る。
後姿を呆然と見ている屍河狗威たち。
近くに居た、仮染貂豹が屍河狗威に聞いた。
「…お前、あの人のなんなんだ?」
彼の質問に対して、屍河狗威は答える。
「義兄さん」
全然、説明にすらなっていない言葉だった。
しかし、彼がさん付けで呼ぶ以上、その格は他の人間とは違うと悟る。
「他の奴とは全然違うな…態度が」
さも、当然であるかの様に屍河狗威は言う。
「当たり前だろ、義兄さんは凄いんだぞ」
屍河狗威は、どれくらい凄いのか語り出そうとした。
それを遮るように、阿散花天吏が言葉を発した。
「…あの方は、優しいのですね」
そう言われて、再び、屍河狗威は当然であるかの様に言った。
「あったりまえだろ、俺の尊敬する人だ」
彼女は気落ちしている。
その理由を説明してきた。
「…お父様は、人を駒として見て来た」
阿散花家。
人を道具として扱った一族。
それは、肉親ですら例外では無い。
「肉親ですらもそうでした…きっと、お父様の最後の台詞は」
妃龍院夜久光の言葉を思い出す。
まるで娘の事を想っての言葉。
そんな素敵な台詞を、父親が発する筈が無かった。
「あんな、人を想う様な言葉では無かったのでしょう」
遺言を口にするのならば。
また別の、阿散花家の為を想っての発言だろうと確信出来る。
決して、娘個人に対して言葉を残す様な真似はしない。
「義兄さんが、嘘なんか吐くかよ」
屍河狗威は、彼女の言葉を否定した。
「だから…お前のオヤジが言った台詞は、それが正しい事だ」
結局の所。
父親の遺言を知る人物は妃龍院夜久光のみ。
ならば、真実だろうと虚偽だろうと。
発した本人がそう伝えた以上、それが真実だ。
「そう思っておけば、良いだろ」
屍河狗威の言葉に、彼女は何も言わず、ただ頷くだけだった。
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