妃龍院家へ③



「お前なぁ…何しに来たんだよ、こんな所に」


屍河狗威は両手を毛虫の様に動かしながら妃龍院憂媚の臀部の感触を思い浮かべる。


「今夜こそ、龍神様をな…」


抱きたいと思う彼に、仮染貂豹は目標が違うと告げた。


「違うだろ、お前の祝いだろうが…」


屍河狗威の存在価値が二十七億四千万と言う大台。

いち術師として扱うのは勿体無い事だ。

だから、今回のお祝いで屍河狗威も何かしらの地位の向上がある筈だと、仮染貂豹は思っていた。


妄想に耽る屍河狗威。

彼がやって来たと言う話を聞きつけたのか、一人の男性が歩いてやって来た。


「狗威」


声を掛けられて、屍河狗威は顔を声のする方へ向ける。

すると、其処に居たのは長髪の男性である。


「あ…義兄さん」


妃龍院夜久光であった。

彼の登場に、近くに居た阿散花天吏は思わず彼を睨んでしまう。


「ッ…(妃龍院、夜久光、…お父様をッ)」


阿散花家を敗北に導いた男。

妃龍院夜久光が当主を討伐しなければ、まだ勝ち目はあったかも知れない。

それ以前に、肉親が殺されたのだ。

その仇が目の前に居ると言うだけで、怒りが収まらない。

それが例え、互いに利用するだけの血の繋がりがあるだけの他人であったとしても。

彼女の憎悪に勘付いたのか、妃龍院夜久光が視線を彼女の方に向けた。


「其処に居るのは…阿散花天吏か」


名を呼ばれて、彼女はむっとしながら杖を突く。

屍河狗威の傍から離れて、彼女は妃龍院夜久光の前に立った。


「えぇ、そうですが、何か?」


あくまで平然を装う。

しかし、全ての環境を狂わせた男に対する恨みは大きかった。


「いや…別に俺からは用は無い」


特に、妃龍院夜久光からは話は無いと言う。

だとすれば、屍河狗威のみに話し掛ければ良いだろう。

なのに、彼女に話し掛けたのには理由があった。


「ただ…あの時、伝え忘れていた事を届けようと思ってな」


そう言って、少しだけ考える素振りをする。

そんな妃龍院夜久光に、彼女は睨みを効かせた。


「はあ?」


棘のある言い方に、屍河狗威は黙っていられなかった。


「おい、俺の義兄さんに何睨み効かせてんだコラ」


そう言い、阿散花天吏を嗜めようとする。

だが、今回ばかりは黙っているワケには行かなかった。


「ッ…貴方には関係ありません、この男に、私の、お父様はッ」


自らの父親を殺した仇。

その敵が前に居れば、苦言の一つも言いたかった。

そんな彼女に、妃龍院夜久光は言葉を纏めたのか、言葉を掛けた。


「その、大樹からの遺言だ」


阿散花家当主、阿散花大樹が、死ぬ前に最後に遺した言葉を、妃龍院夜久光は聞いていたらしい。

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