前座無き真打・後編


「(倒しても倒してもキリがねぇな)」


本来、鬼火術理は流力を燃料に骸骨を形成し炎を纏わせ、操作する術理である。

一度破壊されてしまえば、流力を保つ事が出来なくなり消滅してしまう。

しかし、創痍修緋奈燐の流力である焔印は不滅の火である。

燃焼の要因さえあれば燃え続ける。

鬼火術理と言う燃焼の要因を元に焔印を使役する事で、彼女自体が望み続ける限り、延々と燃え続ける。


彼女の行動は止まらず、更に刃を振るっていた。


「はァ…んッ、ふッ!!」


体を動かす度に布が肌を擦れる。

その度に敏感になった身体が反応してしまう。

創痍修緋奈燐は刀を乱雑に振り乱す。

流力に加えて、鬼火術理を混ぜた斬撃。


鬼火術理・『荒渡宗源火あらわたりそうげんび六枚刃ろくまいば』。

流力の放出を抑え、その分連続して放つ斬撃である。

刀を一度振る間に六の斬撃を放ち、命中率を捨てる事で敢えて斬撃がまばらに飛ぶ様にしている。

当然、屍河狗威に当たらずとも良い、散弾の様に周囲に飛び散る斬撃は鬼火術理を発動し、意志を持つ髑髏の斬撃へと変化し、屍河狗威に向けて疾走する。


「(この調子でやられ続けりゃ、不死身の軍隊が生まれちまうなぁ…だったら)」


流力を放出。

此方へと接近する鬼火の刃に、屍河狗威は真正面から突っ込み…炎刃の側面に触れて弾いた。


「っ、ぇぁ」


弾いた。

その事実に彼女は驚愕した。

どうして屍河狗威は焔印の蒼褪めた火に触れる事が出来るのか。

蒼褪めた火は、燃焼の要因さえあれば引火し、彼女が望む限り燃え続けるのに。


「(焔印、燃え続ける火、だが逆を言えば、燃える要素が無けりゃ火が点かないって事だ、水印を極限にまで高める事で、流力を液体に近しく変質、全身に薄い膜の様に張り付けて流動させりゃ、簡単に弾ける)」


屍河狗威の肉体から発生させたのは水印の流力である。

これを全身の表面をなぞらせる様に流力を放出する事で、焔印の攻撃を受け流している。


「(そんで、此奴は初めてだが、どうだッ?)」


「 」・・・』を発動し流力特性が切り替わる。


「(『金印・かける・日印・かける・花印』)」


強引に一つの器に三つの流力特性を捻じ込む。

これにより、屍河狗威は、三つの流力特性を混合させた一つの流力特性を使役する事が可能となった。


流力を掌から発生。

錬りの工程を行い、圧縮した流力を周囲に散布する。


花弁の様に散る複数の流力。

その一つ一つの花弁が、金印と日印の特性を秘めた一撃を放つ。


「無差別全方位レーザー…ッて」


高密度の光熱射出。

閃光が花弁から飛び出ると共に、無造作に飛び散った。


「うぉ」


屍河狗威は咄嗟の反応で自らの攻撃を回避する。


「(操作性悪ッ)」


金印・日印共に放出操作の性質はEランクを下回る。

それでも、花印は元々は水印と木印の混合した特性。

操作性は平均で言えばCランクに該当する為に、レーザーを自由に操れるかと思ったが、そうはならなかった。


「(花弁自体ならある程度操作出来るが、花弁をレーザー化すると操作出来なくなるのか…課題は盛り沢山、いいね、面白いッ)」


ぶっつけ本番で失敗したが、屍河狗威は喜々としていた。

術理とは違い、何も恐れる事が無いから、子供が初めて手にした玩具の様に扱えるからだった。

「はぁ…ぁ…っく」


体を動かす度に、彼女は絶頂を迎える。

余りの性欲の高さから、直々に媚薬を用いて薬漬けにされたのだ。

肌が敏感になりながらも、それでも果てなき欲求の発散は、多くの土塊紅家家臣らを悩ませた。

最初は忠実に体を差し出す従順さに好意的だったが、あまりの性欲の高さに加えて、一人、二人と彼女によって腹上死と言う恥でしかない悲惨な死に方をしてしまった。


その結果、土塊紅家当主自ら調教を行っていたのだが、それでも彼女の欲望を消化する事は出来なかった。


「(あぁ…だれ、誰でも良い…この渇き、疼きを…解消して欲しい…)」


淫らに口から唾液を滴らせながら、滅茶苦茶にされる妄想を行う。

彼女にとってこの戦いとは、自分の欲を我慢する事だった。


「(身体が、倒せと命じられている…早く、速く倒さないと…我慢、出来ない)」


この状態で、屍河狗威を襲わないのは、土塊紅佰怜の命令が聞いている為だろう。

彼女は、一刻も早く屍河狗威を斃そうとしていたのだが。


「(でも…あの子は、騎號級術理じゃ倒せない…式神が使えれば…けれど)」


それは出来ない。

傀儡術理の弱点は、膨大な流力を放出すると、土塊紅佰怜の術理が解けて消えてしまう。

それは即ち、傀儡化の破壊であるのだが、そうしない為に土塊紅佰怜は命令を行い、必要以上の流力放出の禁止を行っていた。


具体的に言えば、騎號級術理以上の流力放出である。

式神の構築は、それ程までに流力を使用するので、傀儡化となった術師達は、式神を使役する事が出来なかった。


「(もっと…もっと…術理を、流力を…放出、しないと)」


ならば、『晒レ火』による蒼褪めた火を纏う骸骨兵を作り出し、人海戦術による物量で斃す方法を考える。

通常の鬼火術理で作られた『晒レ火』ならば、破壊された時点で消滅するのだが、『焔印』の消えざる火によって、壊れても再び復活する不死身の兵隊を作る事が出来る。

これ程までに流力と術理が噛み合ったものも中々ないだろう。


「ぁッ…」


体が痙攣する。

少し気を緩めば気をやってしまう。

刀を杖の様にして、何とか倒れない様にするが。

その一瞬を、屍河狗威は見逃さなかった。


地面を蹴って接近する。

屍河狗威を狙い攻撃して来る蒼褪めた火を纏う骸骨兵を、水印による流動する膜を両手に展開して炎に触れぬ様に捌きながら接近し、彼女の前へと出た。


「は、ぁんッ」


涙目になりながら、屍河狗威に向けて刀を振り上げる。

苦しくて切なくて仕方が無い彼女は、一刻も早く屍河狗威を斃したかったのだが。

屍河狗威は創痍修緋奈燐の攻撃を受け流すと、彼女の手首を掴んで拘束する。


「(さて)」


屍河狗威は、相手が鬼火術理と斬撃しか繰り出さない事から、攻撃方法が単調である事を察していた。


「(青い炎を纏う骸骨を出す、斬撃を繰り出す、これしかねぇ…つか、多分これしか出来ないんだろうな)」


屍河狗威は、相手が悶えて拘束から逃れようとしたが、屍河狗威の方が強く、拘束から逃れる事は出来なかった。


「(少なくとも殿號級の術師なワケだが、どういうワケか、それを使役する術師は居なかった)」


これまでの戦いの中。

当主級の術師が、将號級以上の術理を使用しなかった事が可笑しかった。

何かしらの制限がある事は大体察していた。


「(思うに、術師の上位術式は流力の消耗が激しい流力の消費量が一定を越えると、何かしらの縛りが消える…だから、騎號級の術理しか使用を禁じる、と言う命令遵守を実行って感じだろ?)」


何よりも。

屍河狗威を前にして、本気で戦うのならば、式神を使い手数を増やし、結界を用いて術理による強制効力を与えなければ勝つ事等出来ない。

これまで、屍河狗威を殺せと命じたのならば、それ程までに本気で無ければならない筈なのに。

だから、屍河狗威にとって、これは戦闘では無かった。

ただの頭を使うパズルの様なもので、如何に、相手を傷つけずに倒せるか、と言う問題である。


「(当然、骸骨共は俺の方に来るが…)」


「は…ぁッ…だ、め」


彼女は、『晒レ火』たちを掻き消す。

大体、屍河狗威の予想通りだった。


「(傀儡術理は、自死を認めないって感じだろ?俺は水印の流力で防御出来るが…あんたは、骸骨兵の物理攻撃は受けるんだろ?)」


焔印の流力は、自身の肉体から放たれたもの。

それが、自らの肉体を燃やす事は無いのだろうが。

しかし、物理化した骸骨兵による攻撃は効く筈だ。

屍河狗威に向けて攻撃しても、屍河狗威が彼女を動かせば攻撃が彼女に当たる。

そう思わせれば、後は彼女は自ら術理を解く他無い。


「(どれ程絶望してても、術師たちは死ななかった、死にたくても死ねなかったんだろうな、自死の否定も、傀儡術理の一端ってワケだ)」


何処までも非道な真似だった。

術師として誇りを守り、死ぬ事すら許されず、死ぬまで奴隷である事を強要させる。

そう考えれば、屍河狗威と戦い、死んで逝ったものたちは、ある意味幸福な事だっただろう。


「は…ぁッ」


彼女は流力を放出しようとした。

だが、屍河狗威に効かない事は理解出来ている。


「(水印の膜で覆っちまえば、焔印の流力放出も効かない、流力操作で身体能力を強化しても、俺の方が上、つまりは…あんたは俺に完全に封じられた)」


屍河狗威が創痍修緋奈燐の命を握っていた。

彼女は、重苦しい吐息を吐きながら、潤んだ瞳で屍河狗威を見ていた。

それは、何よりも男を欲しているかの様な目で、彼を見つめていたのだ。


「どう、か…どうか…お願い、します…」


涙を流して、彼女は懇願する。


「抱いて…下さい…」


最早我慢出来ないと言った具合だった。

彼女の切ない声色を聞いて、屍河狗威は笑みを浮かべた。


「言われなくても…そのつもりだっての」


そう言うと屍河狗威は、彼女の唇を奪った。

死闘と言う争いの最中、甘い誘惑を受けて彼女は驚いた。

口の中を彼の舌先が犯していき、段々と目が蕩けていく。


「(口、した…ッあ、この子…キス、上手…)」


攻撃と言う意識が次第に溶けていく。

屍河狗威の流力が、彼女の体内へ溶け込んでいき、流力の発生自体を抑え込まれてしまった。

手足が思う様に動かなくなり、それは傀儡術理の効果すらも打ち消してしまう。

そして彼女は、屍河狗威との口づけに夢中になっていた。














えぁ…ちゅっ…んっ

はっ…ぁっ…もっ、もっとぉ…んっ

ぢゅむっぇあ、そふぇ、ふぁめっあっ

ん、ふっ…ちゅっ、こっひ、こふぇが…んぁっ


はぁっ…あっ…んあッ はっ、ぁッ…ぅそ、き、きす、だけで…


ぇあ? ぁらめっ、いまッ、それ、だめっだからッ、んぁッ!!




~~~~~ッ、んッ、ふーっ…ふーっ…もっと…もっとぉ…















段々と、彼女の力が緩んでいく。

屍河狗威は、彼女の肉体に流力を流し続けた。

これにより、彼女は一時的に流力を放出出来ない。

発射口に、泥を詰められたようなものだ。

同時に屍河狗威は、傀儡術理の結界から遮断する事に成功していた。


「(略摩が言っていたが…領土内に入った輩は予め設定された命令を遵守する様になる…つまり、この領土内には殿號級の術理効果が発生してるってワケだ…だったら、俺の流力で包み込めば、命令は強制的に遮断される)」


領土内、殿號級の結界術は即ち、自分のルールを強制的に他対象に押し付けると言うもの。

結界内は己の国であり、その国の来訪者は国のルールを守らなければならない。

ならば、屍河狗威は、流力を放出する事で、領土内に自分自身の国を作り上げた。

この国の内部には、術理効果は何も齎さないが、逆に他国のルールを守らなくても良い無法地帯を作り上げる。


当然、誰でも出来る芸当では無い。

屍河狗威だからこそ出来る技であった。


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