前座無き真打・前編

彼の登場により空気が一変した。

誰も彼もが、屍河狗威に釘付けだった。


「ッ!屍河狗威ッ!!」


驚きの声を荒げる土塊紅爆央。

気迫に思わず、創痍修略摩から離れてしまう。

しかし、創痍修略摩は立ち上がる事無く、地面に顔を向けながら項垂れていた。


「…ッ、なんで、俺は、俺は一体、何の為に…」


握り拳を固めて、何度も何度も地面に向けて殴っている。

そんな彼を見て、屍河狗威は後ろから声を掛けた。


「略摩…流石の俺でも同情するぜ」


ゆっくりと顔を上げる創痍修略摩。

形だけの同情など必要無いし、同情などされたくも無かった。


「何を…」


言い掛けた時。

屍河狗威は極めて悲哀な目つきで彼を見ていた。

そして、彼の肩を優しく叩いた。


「いや、割とマジで、…お前だけは優しく接するわ」


余程、創痍修略摩が哀れに見えたのだろう。

無論、そんな事を言われて創痍修略摩は泣きそうになっていた。


そんな二人の姿を見て、土塊紅佰怜は目を細めた。


「屍河狗威…と、」


屍河狗威が、ここまで来るのはある程度予測出来た事だ。

しかし、屋敷の構造が分からず、逃げた後だろうと思っていたのだが。

近くには、土塊紅家の家臣が呆然と立ち尽くしていた。

彼に視線を向けられて、直立不動で声を荒げる。


「も、申し訳ありません、無理矢理、場所を吐けと言われ…」


表情を強張らせながら、土塊紅家の家臣がそう言った。

しかし、屍河狗威は彼の言葉を否定する。


「嘘吐くなよ、俺と取引したじゃねえか、居場所を教えてくれたら助けてやるって」


本当の事を言われ、土塊紅家の家臣は身を震わせた。


「い、いえッこれは、そのッ!!」


裏切りである。

自分が裏切られるのは許せないのか、冷めた目つきで、土塊紅佰怜は男を見た。


「…これが終わったら、キミも奴隷として扱おうか」


その宣言に、土塊紅家の家臣は奴隷として扱われる未来を想像して恐怖を覚える。


「ひッ!し、屍河狗威、あの男を斃す為に来たのだろう?!お、俺はこうして居場所を教えた、その見返りとして、命だけは助けてくれる、とッ」


この場を切り抜けるには、最早、屍河狗威に頼る他無かったが、不用意に近づいたのが悪かった。


「あ?あぁ…俺がそんな約束守るわけ無いだろ」


土塊紅家の家臣の頭部を掴むと共に、流力を発生させる。

顔面に貫かれる複数の注射針を打たれた様な感触。


「え、ぁ、ッぁぁぁ…ッ」


肉体の内側から吸われる感覚。

十秒も満たず、土塊紅家の家臣は栄養源を吸収されてしまい、疲労と栄養失調による餓死した。

それを見た土塊紅佰怜は、屍河狗威が見せる流力特性に注目していた。


「(肉体が萎んでいく…あれは、木印の流力特性か…エネルギーをああやって吸収して力に変えているんだね)」


流力特性を確認したのはこれが初。

故に、土塊紅佰怜は、屍河狗威の流力特性が木印であると誤解した。

屍河狗威の流力放出は質の高いものだった。


「時空術理だけしか能が無いと思っていたけれど…そんな芸当が出来るんだね」


皮肉交じりの言葉に、屍河狗威は笑いながら人差し指を自らの頭に指した。


「時空術理しか無いと思ってたテメェの脳が無かったんだろ」


その返しに、土塊紅佰怜は青筋を浮かべる。


「言ってくれるね…だけど、何も対策していないとでも?」


屍河狗威の術理対策をしている風な言い草。

しかし、屍河狗威は彼の考えを読んでいるかの様に告げる。


「大方、術理の発動は流力を乗せる、だから流力の動きを読めば其処まで怖くは無いってんだろ?」


術理の使用には必ず流力を発生させる。

流力特性の放出状態から、範囲が限定されるので、放出状態を注意すれば良いと、土塊紅佰怜は思っていたが、看破されてしまった。


「…」


図星。

口を閉ざす。

それを見て陽気に笑う屍河狗威。


「はッマジで当たりかよ、あのな…術師が自分の術理の弱点を知らないワケねぇだろうが、頭を使えよ…あ、悪い」


人差し指で、何度も自らのこめかみを突いた。


「脳が無いから考えられねぇか?」


その言葉が、土塊紅佰怜のプライドに傷をつけた。

しかし、怒り任せに攻撃をするのはまた違う。


「少し、準備をしてくるよ、それまで、キミたち、足止めは頼んだ」


そう言って、土塊紅爆央と、創痍修緋奈燐に後を任せる。


「おい、そりゃねぇぜッ!!」


「はぁ…あッ…」


当然反感するが。

土塊紅佰怜は二人に命令を送った。


「命令だ、緋奈燐、爆央、二人があいつの相手をしろ」


この領域内では土塊紅佰怜が一番の権力者。

彼らは、その命令に逆らう事が出来なかった。


「ぁ…っん、は…ッ」


「チィ…後で覚えてろよッ!佰怜ッ!!」


そうして、屍河狗威と、地面に寝転がる創痍修略摩に向かって来る。

屍河狗威は、創痍修略摩に話し掛けた。


「おい、何時まで寝込んでやがる」


「…」


無理に屍河狗威は彼の首を掴んで立たせた。

そして、創痍修略摩に土塊紅佰怜を追えと言った。


「悪いが、あの野郎を追う気はねぇ、お前の御袋さんを殺さずに捕らえるのは面倒だしな」


殺すのならば造作も無い。

しかし、殺さず捕らえるとなると至難だった。

その間に、土塊紅佰怜が逃走するかも知れない。

そうしない為に、創痍修略摩に足止めを願うのだが。


「…あんな人、俺はもう知らない…」


既に、彼は戦う理由を喪った。

母親の為に戦ってきたが、最早、どうでも良かった。

そんな腑抜けの彼に、一蹴する屍河狗威。


「おい、曲りなりにも術師だろうが、…人として動けって言ってんじゃねえ、術師として全うしろ」


「術師と、して…」


その言葉で、創痍修略摩は、歯軋りをした。

術師として、遂行しなければならない事を思い出した。


「そうだ、雑魚と御袋さんは俺に任せて行けよ、じゃねえと、後から来る奴に取られちまうぞ?」


仮染貂豹が、何れ此処に来るだろう。

そうしたら、彼が手柄を取る可能性があった。

創痍修略摩は、鬼面術理によって命令を書き換える。

そして、屍河狗威に懇願した。


「…母さんは、母さんは、絶対に殺さないでくれ」


どれ程、最低な人間でも。

創痍修略摩には、やはり切る事の出来ない最愛の人だった。


「どんな人であろうと…それでも、俺の肉親なんだ」


「心配すんな、俺に任せろ」


今度は適当な返事では無かった。

創痍修略摩は走り出す、土塊紅爆央と創痍修緋奈燐は追わなかった。

あくまでも、彼らが戦闘する相手は、屍河狗威唯一人である。


「テメェッ…今、俺の事を雑魚って言ったか?」


そして、土塊紅爆央は、先程、屍河狗威が吐いた言葉に反感を覚えていた。


「あ?本当の事言って傷つけちゃったか?悪いね、雑魚に雑魚と言って」


煽る様に屍河狗威は、彼に対してそう言うのだった。

土塊紅爆央。

幼少期の頃から流力操作を鍛錬し。

土塊紅爆央の肉体は常人を優に超える巨躯に至った。


「もう一度言ってみろや、オラァ!!」


傀儡術理・剛。

自らの肉体を操作し本来肉体に制御された限界を解放させる。

岩石を拳で破壊し、二十秒も掛からず砂利に変える程の膂力を振るう事が出来る。

更に、傀儡術理を使う術師が使役する糸印と他家の術師から貰った胤による命印によって誕生した土塊紅爆央は筋印と呼ばれる極めて珍しい七曜流印を宿し、流力を筋肉繊維の様に纏う事が出来る。

これにより圧倒的な暴力を行使する土塊紅爆央の殴打は並の術師ですら完全に防御する事は不可能だろう。


彼は接近する。

肥大化した肉体は如何なる攻撃も通らぬ筋印による防御形態は攻防一体の鎧であった。


予め屍河狗威の術理が時空術理である事を察する。

高速移動による攻撃。

これは鋼の肉体の前では大したダメージにはならない。

宇宙空間を形成し、真空空間での肉体沸騰。

此方も数秒のタメがあると聞いている。

相手が発動すれば回避をすれば良いと、土塊紅爆央は思った。

如何に空間丸ごと時間を止めようとも、この肉体の前に攻撃が通る筈も無い。


ならば…確実に、屍河狗威の攻撃は無力となるのだ。

更に直撃すれば確実に殴り殺せる膂力。

相手が如何に高速移動で逃げようとも、問題は無い。

殿號級術師であう土塊紅爆央は、対象を閉じ込める結界術を持つ。


長期戦になるが、それでも確実に相手を追い込めると自負していた。

彼が接近し、攻撃を繰り出そうとした時。

屍河狗威は、彼の疑似筋肉繊維にて作られた巨大な拳を、自らの流力操作によって強化した肉体で受け止める。

それも、片腕で、だ。


「あッ!?」


土塊紅爆央は一瞬、ビルに衝突したのかと思った。

それ程までに、彼の体幹は強く、馬鹿力でも押し込む事が出来ない。


「…ッ、ふ、ふざけんなッ!!テメェ!!!」


土塊紅爆央は脳裏に過った言葉を怒声で塗り替える。

二十年と言う歳月、流力操作によって極限にまで強化された肉体だ。

だと言うのに、屍河狗威は彼の修練を嘲笑う程に、完成された力を持っている。

流力操作。

肉体に循環させる事で筋肉を刺激させ、流力に適した肉体となる。

二十年を以て、漸く流力操作の真髄を垣間見える領域に達した土塊紅爆央。

故に、拳を合わせるだけでもその人物の技量を察する事が出来る。


彼が焦ったのは、屍河狗威は、数か月に術師になった新参。

であるのに、二十年の歳月を掛けて土塊紅家一の流力操作能力を得たのに、それを軽く凌駕していた。


「雑魚と言ったが…雑魚に悪いわ」


屍河狗威こそが…窮極の武を持つ超人。

その事実を認める事が出来ず、土塊紅爆央は再び拳を振り上げる。

事実を否定する為に無謀にも追撃をしようとする彼に対して、大層詰まらなそうに、屍河狗威は拳を握り締めると共に。


「テメェは前座にすらならねぇ」


拳で彼の無敵の装甲を殴りつける。

衝撃が全身を駆け巡り、土塊紅爆央は爆破に巻き込まれたかの様に吹き飛んだ。


「がっぶぇぼあッ!!」


建物に衝突。

流力が霧散していき、土塊紅爆央は、衝撃を完全に殺し切れず、目、口、鼻、耳から血を噴出して倒れる。

屍河狗威は軽く腕を回して本調子では無いと思いながら彼女を見た。


「創痍修…なんだっけ?下の名前」


屍河狗威は彼女の顔を見ながら言った。

彼女は熱に魘されているかの様に歩きながら、自分の身長よりも長い長刀を引き抜いて構える。


「はぁ…はっ…んっ」


体を悶えさせながら、彼女は流力を発した。

既に戦闘準備が出来ているらしく、屍河狗威も同じ様に流力を発生させる。


「体、暑そうじゃん、これが終わったら、俺と相手をしてくれよ」


熱に魘される彼女に向けてそう言うと、屍河狗威は拳を握り締めた。


長刀を振るう。

流力が流れ込んだ刃。

屍河狗威は攻撃を目視。

回避行動に移った瞬間。

青白い光が剣先から溢れ出す。


「(焔印)」


それが七曜流印『焔印』であると察する。

即座、屍河狗威は地面を蹴った。

斬撃の軌跡から逃れる為だ。

即座に行動し回避した結果。

彼が居た場所に青白い炎が噴出した。

地面を奔る青白の炎。

刃と同じ形状をして、屍河狗威へと迫る。


「(鬼火術理、じゃねぇな、単純な流力の放出でこの威力か)」


屍河狗威は笑みを浮かべた。

脅威的な存在。

彼女との戦いは他の術師とは違う。

確かに、創痍修略摩が言うだけの事はある。


「(しかしこの斬撃はなんだ?二つの流力特性を持っている?いいや、それなら略摩はそれを先に伝えていた筈、だとしたら…あの武器限定で流力を斬撃にして飛ばせるのか)」


一刀締津弥義の愛刀である『禍禍切大刀かかきりたち』。

長年愛用し続けた武器や道具は術師の流力が沁み込む。

武器の構造そのものが流印の特性を定める器官となり、流力を武器に流し込む事で、生前の所有者の流力を発生する事が出来る。

一刀締津弥義の流力特性は『斬印』。

流力の放出後、刀身から放たれる刃は飛翔する斬撃と成す。


「(面白れぇ)」


強者と認定する。

屍河狗威は彼女に接近した。

距離を補う長い武器。


「…ぁッ」


喘ぐ彼女。

顔は赤い。

それでも瞳は術師の色を帯びている。

再び刀を構える創痍修緋奈燐。

其処で屍河狗威は危機感を覚えた。

此方へと刀を振るう。

その攻撃を回避して懐に入る。

そして彼女を攻撃し無力化する。

それまでの工程を脳裏に思い描き実行。

が。


「ッ!」


背後から攻撃を受ける。

屍河狗威は事前に肉体を流力を纏い防御態勢を取っていた。

奇襲の可能性を考慮しての防御。

しかし、殺気すら感じずに攻撃を受けるとはどういう事か。


「ッ」


態勢を崩しながら背後を見る。

蒼褪めた白の火が、骸骨の幻影としてカタチを成している。


「(成程、そういう使い方ね)」


屍河狗威は甚平を脱ぐ。

焔印の炎は消火行動でも消える事は無い。

袖や緩みのある衣服は着火の原因となる。

なので身軽になったのだ。

焔が甚平の上着を焼き尽くした。


「(流力による炎の放出、回避されたら鬼火術理で骸骨の鬼にして攻撃させるって感じか…成程、強い)」


屍河狗威は笑みを浮かべる。

流力は消耗する。

放出すればその分、損をした事になる。

だが、鬼火術理を組み合わせれば、一度放出した流力を術理として使役させる事で損害そのものを無くしている。


兎に角、上手い使い方だ。

伊達に創痍修家の女棟梁をしていたワケでは無いらしい。


「なら…火には水だろ」


「 」・・・』による効果で流力の七曜流印を変える。


屍河狗威は水印の流力放出を行う。

上級者であれば水印の流力は流体の性質を持ち、液体として操作する事が出来る。

それに加えて、屍河狗威は金印の流力を混ぜ合わせた。


金印の流力特性による鍛錬により錬られた水印の流力。

薄く伸ばした円形状の流力は、丸鋸の様に回転し続ける。


「ッふ」


流力を循環させて強化した身体能力。

膂力を以てして大きく振り上げて円形状の丸鋸流力を投げ飛ばす。

日印によるレーザーよりは遅いが、それでも十分に速度を増す丸鋸流力を前に、彼女は掌を前に突き出す。


「ぁッ…はッ」


流力を発生と同時に術理を流し込む。

鬼火術理『晒レ火されび』。

焔印の噴火の性能により瞬時に放出される流力が鬼火を形成する。

蒼褪めた火を纏った骸骨の頭部。

全身の骨を構築すると、同時、流線が鬼火に接触。

一秒にも満たない時間ではあるが、攻撃を防ぐと彼女は回避を行う。

鬼火は肉体を破壊され、地面に転がる。

流力で構築された骨が、丸鋸流力によって切断されていた。

だが、蒼褪めた火が骨を流力に溶かすと、溶解した鉄の様に繋がり、骨が再構築された。


鬼火は、流力が続く限り自律的に構築し、復活する様に作られていた。

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