淫らな告白
その後。
創痍修緋奈燐は殺害した婿養子に代わり女棟梁として地位を確立。
彼女の行動に対して両親は強く非難したが、息子の為に両親に反抗。
家内対立が発生し、一刀締家に加担する両親率いる旧・創痍修家と彼女及び息子を担ぐ新・創痍修家との抗争が発生。
焔印を持つ彼女は、その実力を以て両親を殺害し、一刀締家に対して領土の半分を献上する事で今回の事件を手打ちとした。
多くの犠牲を払い、争いを平定した創痍修緋奈燐は、息子を安全に育成する為の環境を作り、その為に多くの私財を捨てた。
これまでの境遇を考えれば、創痍修略摩さえ捨てれば、平穏な道もあっただろう。
少なくとも、一刀締家に目を付けられる事は無くなったかも知れないが、それはあくまでも可能性の話。
結果を見れば、創痍修緋奈燐は、創痍修略摩の為に多くの犠牲を払ったのだ。
「そうだ、母さんは俺の為に、親父を殺したんだッ十大流王に名を冠する名家を切って、俺を選んでくれたッ」
彼女の行動は術師としてはあるまじき行為だ。
しかし、母親としての観念から見れば、彼女の行いは立派なものだろう。
何よりも、命を救われた息子は彼女の行動こそが正義だと疑わない。
誰よりも大切な人として、その言動全てを肯定する。
ある意味、それは信仰にも近しい思想だろう。
「おいおい、吼えんなよ、まだ話はここからだろうが」
創痍修略摩の上に乗っかる土塊紅爆央は彼女の口から更なる話を聞きたがった。
彼の急かしに、土塊紅佰怜は頷くと、彼女にその話の裏側を言う様に要求する。
「そうだね、確かに感動的な話だけど…教えてくれるかい?その裏の事を」
そう言われ、唇を硬く噛み締める。
けっそて他の人間に聞かせたくない話なのだろう。
いや、これは息子に聞かせるべき話では無いと、母親としての面から彼女は思っていた。
「わ…私、は」
しかし、土塊紅佰怜が耳元で囁いた。
すると、彼女の肌が敏感になったのか、軽く痙攣をして息を荒げる。
「…本当は、うっすらと、覚えて、いました…」
そして、彼女は話し始める。
それが一体、何の話であるのか、息子である創痍修略摩はまるで分からない話だった。
「母さん?な、何を…」
これから語る話は、今まで抱いてきた理想像を崩すものだ。
それでも耳を塞ぐ事も声を遮る事も出来ない。
だから、創痍修略摩は、創痍修緋奈燐の言葉を聞く他無かった。
「あの日…記憶を失う程に酒を呑んでいた…、そのことを」
そして彼女は語り出す。
あの日、創痍修略摩を宿す前の事の話を。
彼女は酒を嗜む。
日々、婿養子から圧力を掛けられる彼女。
精神的負荷を減らす為に酒を呑んでいた。
『うぅぅ…なぜ、私が、こんなにも責められなければ…』
その日は良く酒が進んだ。
酩酊し、記憶が薄れる程に。
全てを忘れ去りたい程に飲み明かしたい時もあるだろう。
しかし、適量を越えた酒の量。
当然、止める者もいる。
『お、奥様…少しお酒が入り過ぎてます、ここらで休まれては…』
使用人である。
彼女の体を心配してその様に声を掛けた。
口を尖らせながら彼女は愚痴を吐く。
『わたし、子供が産めないワケじゃないもん…お医者様だって、健康だって、どこにも異常が無いって…それなのに、私だけ、私だけが悪い、なんて…』
婿養子の酷い言い草。
それを思い返すだけでも腹立たしい。
道具としての認識が薄れている今。
鬱憤を、愚痴を聞く者に漏らす。
『タネが無いのは…あちらの方じゃない…』
婿養子との間に子供が出来なかったのは。
検査は受けていないが、それでも原因は婿養子だった。
無精子病と言うものだろう、婿養子は生殖能力に乏しかった。
だから、原因があるのは彼女では無く、婿養子と言う事になる。
『奥様ッ、それ以上はッ!誰が聞いているか分かったものでは…』
主を侮辱する言葉は決して聞き逃せないものだ。
焦りを浮かばせながら、使用人は彼女の声を遮ろうとした。
しかし、創痍修緋奈燐は、老人の皺だらけの手を掴んで目を潤ませる。
『ねーぇ?あなたはどう思う?私が悪いの?それとも、あのひと?』
乱れた和服。
着物の帯は緩まり、彼女の真っ白な肌が晒される。
枯れた老人に、力が滾っていく感覚。
それは、主人の嫁に向けてはならない感情だった。
『お、奥様、御戯れにしては、冗談が過ぎておりまする…ッ』
創痍修緋奈燐は、笑った。
自分よりも歳は上である。
そんな老人が、狼狽しているのだ。
興奮を覚える彼女は、使用人の手を自らの胸元に触れさせる。
『だって…知りたいでしょう?ねぇ…わたしも、知りたいの、本当のこと、…』
心臓の高鳴りが掌から伝わって来る。
未だ若々しい肌が、枯れた老人の体に若さを流し込む。
『お、おやめくださいッ!わ、私は、旦那様を裏切る様な真似は…』
彼女は、自らの唇を舌先で濡らした。
重苦しい吐息を吐きながら、着物を開けて誘惑する。
『だいじょうぶ…だからぁ…ね?おじさま、わたしを、孕ませて…』
辛抱出来ず、使用人は一夜限り、性の衝動に委ねた。
『お、奥様ァッ!』
彼女はそれに抗う事無く受け入れた。
それが、全ての真相だった。
彼女の告白を受けて、息子である創痍修略摩は口を開けたままだった。
暫く惚けていた彼は、時間を置いて自我を取り戻すと、困惑した表情を浮かべて第一声を口にする。
「…は?」
それは、到底受け入れ難い内容だった。
今まで聖母の様だと思っていた創痍修略摩。
嘘も偽りも無縁な存在だと、そう認識していた。
だからこそ、その告白は彼女の理想像を崩すものだった。
「…いや、なんで、…そんなウソを、だって…母さんは、襲われたってッ!」
言える筈が無い。
当時の状況を考えれば、逆上している相手に真実を告げれば、最初に狙われるのは彼女だっただろう。
だから、言える筈が無かったのだ。
「言おうとしたの…あの時、あの場で本当の事を…けど、あの人、略摩を殺そうとしたから…だから、もう無理だって思って、殺してしまったの…」
呼吸が荒くなる創痍修略摩。
段々と自分の鬼面術理が保てなくなっていた。
「それだけじゃねぇよなァ!?」
話はまだ続く。
土塊紅佰怜は、彼女の裏の顔はそれだけでは無いと話し出した。
「創痍修家が支配下に置かれて、基本的な調教を受けてた時…他の家系の女たちは強制させられてたけど…」
他の女性達は命令を遵守し、拒否と嫌悪を覚えながら奉仕活動をしていた。
彼らの前に、多くの人間は不幸な目に遭ったのだが。
創痍修緋奈燐だけは違った。
「お前の母親だけは乗り気で受け入れてたぜ?乗り気過ぎて一人二人腹上死しちまったけどな…あれは引いたぜ」
創痍修緋奈燐は、この状況で自らの体を玩ばされて悦びを感じていたと言う。
そんな筈は無いと、必死になって創痍修略摩は否定した。
「馬鹿な事言うな…そんな筈ない、そうだろ?母さん…母さんッ!!」
彼女に同意を求める。
土塊紅家の言う事は全て出鱈目だと、本当に、自分の母親は淫売では無いのだと、答えを求めたが…その答えは、創痍修略摩が欲したものでは無かった。
唇を強く噛み締めて、絞り出された言葉は、実に淫靡に満ちたものだった。
「…ごめんなさい、略摩、お母さんは…私は、ッ夫以外の男に発情してる、どうしようもない欲情魔なのッ!」
多くの男達が彼女を犯した。
本来ならば唾棄すべき状況。
しかし、彼女はその行為を受け入れた。
道具として生き続けた彼女。
本来、誰かの下、指針を定めて貰わなければ生きる事は難しい。
女傑として創痍修家を纏めていた彼女の人生は、実に苦痛に満ちたものだった。
敵家に捕らわれ肉体を貪られる時、彼女は自分が、その行為が実に心地良いものだと勘付いた。
代わる代わる性行為を強制される事が、彼女にとっては多くの人間に求められていると錯覚を引き起こす。
母親として、女棟梁として、そうして生きて来た彼女の本質は、何処までも女だったのだ。
母親の真実の叫びに、歯を食い縛る創痍修略摩だったが、我慢出来ずに身の内の感情を曝け出した。
自らの母親を軽蔑する。
今まで尊敬していた母親の姿は何処にも無かった。
ただ、卑しいメスと成り果てた女だけが其処に居た。
「あんたは、…俺が、何を思ってッ此処まで来たと思ってるんだッ!」
大切な母親を救う為に此処迄来た。
命を賭して駆けて来たのだ。
それなのに、その結果が母親の淫靡な告白。
誰も聞きたくなった事を、此処で聞かされる創痍修略摩の心は、荒んでいた。
そんな彼に対して、体を震わせながら、興奮した状態で彼女は更に告げる。
「ごめんなさい…でも、知ってしまったの…」
当時。
婿養子以外の男と寝た記憶。
あれは、婿養子との営みよりも興奮した。
その想いは、酒による惑わしだと思っていた。
だが、土塊紅家の傀儡として色んな男と交わって。
そこでようやく、自分の本性を理解した。
「あの人のじゃ物足りない程に、ここだと、色んな人が、私を求めてくれる…」
年増とは思えない美人。
創痍修略摩の隣に立ち、親族と言えば姉と見違える程の若々しさ。
少し陰のある表情が、男達を誘惑する。
他の女術師よりも優れた肉体をしていると言われれば、優越感すら覚えた。
自分は何よりも淫らな女であると、再三認識させられたのだ。
毎晩行われる調教を思い出すだけで、彼女は身悶えした。
その姿を見て吐き気すら覚えた創痍修略摩は悲しく声を捻り出した。
「あんたは…性欲の為に、自分の息子を見殺しにするってのかッ!?」
見殺し。
その言葉が、女となっていた彼女を一瞬、母親としての顔に戻した。
狼狽しながら、創痍修緋奈燐は首を左右に振って言う。
「違うのッ、貴方を、大事に思ってるから…だから、私を捧げて…殺させない様にしてるだけ…、これは絶対、嘘じゃない」
そんな言葉、彼女が現状の環境を喜んで受け入れていると聞けば、到底、本心で言っているとは思えなかった。
「あんな、息子の前で暴露しておいて、よくもそんな事が言えるなッ、今更、信じられるかッ!!」
創痍修略摩の術理が解けてきた。
余りの衝撃的な告白に、流力が維持出来ずに解け掛けていた。
彼らはそれを狙っていたのだろう、上に乗っかる土塊紅爆央はにやにやと笑っている。
「だから、だからごめんなさい、ふしだらでごめんなさいッ」
最早、創痍修略摩のモチベーションは低下していた。
何の為に、ここまで来たのかまるで分からなかった。
土塊紅爆央の手が、創痍修略摩の仮面に手を伸ばした。
流力が弱まった今ならば、素手で引き剥がせると踏んだのだろう。
だが、結局。
土塊紅爆央の考えは実行に移る事は無かった。
「どんな話、聞かせて貰えるかと思ったが…なんつう告白しちまってんだよ」
大屋敷の門前。
土塊紅家の家臣を抱え込みながら入って来る一人の男。
屍河狗威が、仮染貂豹を抜いて、先に到着していた。
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