乱れの告白


「まさか、君が土塊紅家にやって来るとはね」


土塊紅佰怜が、創痍修緋奈燐の肩を抱いた。

そのまま、手を伸ばして彼女の胸に軽く触れる。


「んっ」


熱を帯びた体を震わせて、創痍修緋奈燐は小さく息を吐いた。

彼女の姿を見て、息子である創痍修略摩は憤りを覚える。


「母さんを離せッ…ッ!!」


被貌の設定を書き加える。

『自らの母親に対して接触する者の攻撃』

これを書き換えている途中、創痍修略摩の動きは停止する。

その隙を狙ったのだろう、背後から迫る者が、彼の体を突き飛ばした。


「がッ」


倒れる創痍修略摩。

設定の書き換えを中止して立ち上がろうとしたが。


「おおっと…動くんじゃねぇッ!!」


巨躯の男。

土塊紅爆央が接近すると、彼の体を拘束し、地面に叩き伏せた。

身動きが取れない状態で、創痍修略摩は声を荒げる。


「その人は、お前たちに辱めを受ける様な人じゃないッ」


自らの母親を想って、創痍修略摩はそう叫んだ。

世界で一番の母親が苦しむ様は見ていて心苦しかった。

しかし、彼の叫びに対して、土塊紅佰怜は首を傾げる。


「…ん?その言葉、もしかして、緋奈燐に対して言っているのかい?」


母親の名前を口にする。

それだけで不快感が増すが一先ず置いておく。

創痍修略摩は肯定した。


「そうだ…沢山、苦労話を聞いた、母さんは俺の為に色んなものを捨てて来た…」


父親が自分を殺そうとした事。

気の弱い母親は自分の為に父親を殺した。

名家の家系であった父親を殺した事で、援助を受けられず、他家から狙われる様になったが、女手一つで術師の群雄割拠を生き抜いた。

創痍修略摩に取って彼女は英雄であり、尊敬する人物なのだ。


「そうなのかい?いや、彼女ほど、淫売な女は居ないと思うけどね」


しかし、話が違うかの様に、土塊紅佰怜は告げる。

その様な話を聞いたことが無いと、彼が聞いた話は全く別物であると。

卑下た蔑称を母親に向けられて、思わず創痍修略摩は叫んだ。


「母さんは淫売なんかじゃないッ!!」


息子はその様に言った。

今、彼の反旗の決意は、母親が居るからだと、土塊紅佰怜は察すると、創痍修緋奈燐の肩を抱き、耳元で囁く。


「まあ、僕としてはどちらでもいいけど…それでも、きみは僕たちを裏切った、その報いを与えなければね?…緋奈燐、教えてあげなさい」


怒りで青筋を浮かべる創痍修略摩。


「母さんにッ…近づくなッ!」


そう言って拘束を解こうとする。

しかし、土塊紅爆央は決して彼を離そうとはしなかった。


「黙ってろッ!聞くだけで勃起モンな話が聞けるぜッ!!」


上から押し付けて、創痍修緋奈燐は、肩で息をしながら、顔を赤くしながらゆっくりと口を開いた。




若々しい見た目をする創痍修緋奈燐。

彼女との縁談にて、ある人物と結納を果たした。

それが、強豪と噂される術師の家系。

そこで彼女は、幸せになる事が出来なかった。


彼女の肉体に問題があるのか。

何年経っても子供が出来ないと言う始末。


暴言、暴力が絶えない環境。

彼女は、道具として婿養子に仕えた。

そして、努力の甲斐が実ったのか、創痍修緋奈燐は子供を成す事が出来た。

この結果に創痍修緋奈燐を含め周囲の人間は大いに喜んだ。


『ようやく、御懐妊ですな、奥様』


使用人の老人がそう言った。

体は衰えており全身がしわで刻まれたような男だった。

当時は創痍修緋奈燐の付き人として身の回りの世話を任されていた。

婿養子の家から共にやってきた人物でありそれなりに信用と人望のある男だった。


『はい…やっと、人並みと言える様になりました…』


これで婿養子の役に立てる。

道具として認識している創痍修緋奈燐は彼の子供を作る事が出来てほっと一安心していた。

しかし婿養子の方は満足はしていない。

ようやく第一段階へと進めたと言った具合でむしろ計画が遅れている事に対して苛立ちを覚えている。


『たかが子供一人作って、それで満足か?』


相変わらず愚痴を創痍修緋奈燐の前でつぶやいた。

これでもまだ足りないのかと創痍修緋奈燐は気落ちする。


『全く、折角の計画が台無しだ、お前は俺の足を引っ張るのが上手いな』


後継者争いに負けた婿養子。

次世代の跡継ぎを作るためにより優秀な子供を婿養子を望んでいた。

創痍修緋奈燐のストレスになる小言が多く募ってきたところで使用人が言葉を遮る。


『だ、旦那様…説教は、母胎に悪いので…』


お腹の中の子供に悪いと聞くと婿養子は言葉を遮った。

どのような形であれ子供には元気に育ってほしいと思っている。

それ以上の小言を創痍修緋奈燐に告げる事はなかった。


『…ふんッ、まあ良い、多くの子供を作り、有数な術師を作らなければ…』


腹の膨らんだ創痍修緋奈燐を最後に婿養子は自らの部屋へと戻っていく。

ようやく嵐が過ぎ去ったと安堵の息を吐いた。


『ありがとう…ございます』


創痍修緋奈燐は使用人に向けて感謝の言葉を口にする。

これは当たり前な事だと使用人は謙遜した。


『いえいえ…旦那様はああみえて、奥様の事を心配してますので…』


一応は婿養子に従う身である。

婿養子のフォローも創痍修緋奈燐に入れていた。

決してそのような素振りがないので使用人の言っている事は信憑性が低い事だが、創痍修緋奈燐もまた分かっていると頷いて上っ面だけの笑みを浮かべて見せた。


それにしても一つ、気になる事がある。

創痍修緋奈燐は自らの膨らんだお腹を擦りながら思った。


『けれど…何故…』


最大限の努力は続けてきたつもりだった。

危険日を狙って夫と積極的に性行為を行った。

それでも受精する事は出来なかったのに。

それなのになぜ今になって子供を?

多くの疑問で一杯だった。


『は?なにか?どうかされたのですか?』


使用人が目を細めながら創痍修緋奈燐の顔色を伺って聞いた。

創痍修緋奈燐は不安に思わせないように笑みを顔面に貼り付けてなんでもないと言う。


『いえ…』


腹部に宿る小さな命。

母親としてようやく第一歩を踏み出せた。

考えすぎは体に悪い。

それでもつい思ってしまう。


『(何故急に、子供を成せたのか…)』


創痍修緋奈燐は昔から思っていた事がある。

自分が子供を作れないのは自分の体が悪いのではなく婿養子の方に問題があるのではないのかと。

それは決して口には出してはいけない事だった。

道具として主人に対して意に反する事を考えてしまうのは良くない。

それでも医者からは体に異常は無く、極めて健康だと言われた。

専門家からそう言われれば最早、自分に悪いところはないのではないのか。

疑問と疑惑が頭の中に巡っていた時。

話題をすり替えるように使用人が声をかける。


『しかし…こうして子供が出来ると、酒も飲めず大変ですな』


鬱屈とした環境の中。

婿養子に隠れて晩酌をするのが日課だった。

周囲の使用人たちはそれを知っているが創痍修緋奈燐の境遇を考えると婿養子に告げ口をするものはいなかった。

使用人からそれを言われてある日の事を思い出す。

婿養子にひどく罵倒されて深酒をしてしまった日の事だ。

偶然にもこの使用人が介抱をしてくれた。

その事を思い出して創痍修緋奈燐は恥ずかしそうな顔をする。


『お恥ずかしい…酔った私を介抱して下さって、ありがとうございます』


その日は何も覚えていないのだ。

自分がどれほど醜態を晒したのか覚えていない程に。

だから自分を介抱して迷惑をかけてしまった使用人に詫びの一言を加える。

使用人は滅相もないと手を左右に振った。


『いやいや…また、お酒が飲めれば良いですなぁ』


うっすらと笑みを浮かべる様は少しだけ気味悪さを覚えた。

こんなにも良くしてくれている使用人に嫌悪感を抱くワケにはいかず、創痍修緋奈燐も同じように笑みを浮かべて返すのだった。

事件が発生したのは彼女が創痍修略摩を出産した後の事だった。

術師は先ず、子供の流力特性を確認する。

その流力特性が、母親側か父親側の術理と相性が良ければ、術師として教育方針を定める。

ある家系では流力特性の変質を希望したり、母親と父親、両方の流力特性を持つ事を望まれる。

なので、出産から数日後。

肉体面に問題が無ければ、そのまま流力特性を検査するのだが。


『土印だと…?貴様、何処の男と寝たッ!?』


是迄の怒りが嘘であったかの様な怒声が響いた。

婿養子の怒りは、彼女が不貞を働いた事による憤りだった。

婿養子…名前を一刀締いとしまり津弥義つねよしと言う。

彼の家系の殆どは、『斬印』と呼ばれる臨界流印(交配を重ね続けた結果、これ以上の流力進化の無い流印)所有者であり、他の流力特性に変化する事は無かった。

そして創痍修緋奈燐の流力特性は異質の『焔印』、この二つが交配した場合、二つの属性を持つ両儀型か、父方か母方のどちらかの流力特性を得る継承型、そしてどちらでも無い流力特性を持たない無能型である。

特異型に変質する場合は、基本の七曜流印にはならない為、土印とは即ち、他の男と交配をした可能性があった。

だから、婿養子は怒り狂っていたのだ。


彼の怒りを鎮める為に、彼女は必死になって首を左右に振る。


『誤解です、…私は、貴方以外とは、決してッ』


記憶にない。

自分は誰よりも従順な道具だ。

その道具が意に反して主に刃を向ける筈が無い。

自分の自尊心・自己肯定感の低さは誰よりも熟知している。

裏切る様な真似は決してしてないと、彼女は思った。


何とか鎮めようと彼に近付くが。

婿養子は彼女の手を振り払う様に手を出した。

殴られて、地面に倒れる彼女に、酷く罵った。


『触るな汚らわしいッ!!この淫売めがッ!!』


自分以外の男に靡いたクズ。

既に評価は底に落ちている。

彼女は頬を抑えながら涙目で訴える。

騒ぎは周囲の使用人にも聞こえて来た。

しかし、部屋の外からその光景を見ているだけで、誰も部屋の中に入ろうとはしない。

人を殺しそうな勢いが、今の婿養子にはあったのだ。


『違います、違いますッ、決して、誓って、私はッ!!』


地に臥せながら、彼女は平伏を続ける。

怒れ狂う様は荒神の如く。

怒りを鎮める為にお願いをし続ける。


だが、道具に耳を貸す馬鹿は居なかった。

即座に、使用人を呼び出して犯人捜しを行う。

創痍修緋奈燐は、屋敷の中でずっと過ごしていた。

外に出て子を宿したとは考えにくく、ならば、身内の犯行であろうと睨んだ。

そして、土印を持つ使用人を見つけた。

婿養子と共に来た老獪の使用人だった。

呼び出して説明し、脅しを掛けると直ぐに口を割った。


『も、申し訳ありません旦那様…つい、魔が差してしまいッ』


婿養子は近くにあった刀に手を掛ける。

殺される、そう思った使用人は、泣きそうになりながら叫んだ。


『奥様が泥酔している間…わ、私を誘惑して来ましてッ』


それは、創痍修緋奈燐に責任を擦り付ける行為だった。

使用人の告白に、彼女は目を丸くして蒼褪めた顔を浮かべる。


『え…』


頭が真っ白になる。

自分から、使用人を誘った。

その言葉を受けて、声が出なくなった。


婿養子は、床に座る彼女に向けて思い切り蹴り上げた。


『この売女がァッ!!』


最早、この場では彼を止める者は居なかった。

彼女は何度も蹴られながら、必死になって弁明を告げる。


『ッ、違います…その様な事など…』


最後まで言い切らない。

婿養子が何度も何度も彼女に暴行を行った。

そして、怒りを浮かべながら、肩で呼吸をする。

力任せの暴力でも、まだ鬱憤が晴れないらしい。


『俺の子じゃないだと…クソッ!クソォ!!』


刀に手を伸ばす。

先ず、近くに居た使用人に目を向ける。

どの様な理由であれ、長年付き添った主人を裏切る行為は万死に値する。


『ひッ、だ、旦那様ッ!お静まりを、どうかッぎゃぁあッ!!』


最後まで言い切る事無く、使用人を切った。

血を噴出させ、畳に赤色が沁み込む。

乱心した主人を前に、近くに居た使用人達は恐怖し、蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ出す。

次に、婿養子は、彼女を見た。

しかし、手を掛ける事無く、先ずは汚点を消す方向へ舵を切る。

部屋の外へと出る。

廊下を歩き、浮遊霊の様に進み、そして刀を強く握り直した。


『略摩は何処だ…遣り直しだ、この俺が、今まで、正しい道を、歩んだ、歩んでいたのに…どういう事だ、なんなのだ、これはッ』


その言葉に、畳の上で倒れていた創痍修緋奈燐は目を大きく開く。

遣り直し、その言葉は、創痍修家から出ていくと言う意味なのだろう。

そして、創痍修略摩の名が出たと言う事は…これから行う事に、寒気を覚える。


『お、お待ち下さい…お待ち下さいッ!何をなさるのですか!?』


婿養子に近付き、身体を抑える創痍修緋奈燐。

彼女の拘束など、無意味であるかの様に、婿養子は彼女を張り倒した。


『黙れェ!!略摩は何処だッ!!俺は、俺は遣り直すッ、こんなクソの様な人生など認めんッ!!宗家に戻り、再び、遣り直すのだッ!!』


創痍修略摩を殺し。

人生をやり直す。

そう決断したらしい。


『だめ…あぁ、ダメッ…略摩、略摩ッ』


我が子に手を掛ける夫。

このまま何も出来ず、大切な子を殺されてしまう。

保護欲を駆り立てた。

道具としての彼女は壊れてしまった。


母親として、婿養子…否。

一刀締津弥義を手に掛けた。


道具としか認識していなかった一刀締津弥義。

彼女が反撃をするなど露程思わなかったのだろう。

不覚に背後を取られ、彼女の流力によって燃え盛る。


『が、ぁッ、がああッ!!』


叫び、悶え、手から刀を落とす。

火を消す為に、肉体から流力を発生させる。

周囲に飛び散る斬撃、その合間を潜り抜けて、創痍修緋奈燐は刀を手に取ると。


最早、他人と化した男の首を一斬りで切断した。

地に転がる首、燃え盛りながらじっと、創痍修緋奈燐を見詰めていた。


『…だい、じょうぶ』


刀を持ち、血を浴びながら、我が子の元へ赴く。

小さな命を抱き上げて、創痍修緋奈燐は我が子を抱き締めた。


『お母さんが、守りますからね…』


この子が大きくなるまで。

あらゆる障壁を取り除こう。

その時、彼女はそう誓ったのだ。


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