ある約束
移動時には車が使用される。
彼女の屋敷に置かれてある黒塗りの高級車だ。
複数台あるのでそのうちの一つを使わせてもらう。
運転するのは創痍修略摩だ。
屍河狗威は助手席に座った。
当然屍河狗威は学生の身分であり運転免許証を所持していなかった。
そして当然ながら創痍修略摩も未成年であるために運転免許証は持ち合わせていない。
だが仮に違反を起こしたりネズミ捕りに引っかかったところで屍河狗威たちは何の罪にも問われ無い。
術師とは法の外側に存在する。
人を守るための法律など彼らにとって何の意味も無かった。
「屍河」
車を運転しながら創痍修略摩が屍河狗威に話しかけた。
人形が支配する領土まで一眠りしようとしていた屍河狗威は不機嫌に彼の言葉に答える。
「なんだよ」
ハンドルを動かしながら創痍修略摩は屍河狗威に大事な事を伝えた。
「俺の母さんの事を教えておく」
創痍修略摩の母親の事について話すと言われて屍河狗威はあまりにもおかしく思い眠気が吹き飛びながら彼に突っ込んだ。
「なんでだよ!!」
屍河狗威のツッコミに創痍修略摩は簡単な理由を述べた。
「俺の母さんは、他の術師とは比べ物になら無いからだ」
それは決して身内びいきでは無かった。
真剣な表情で創痍修略摩が行ってくるので冗談だと思わずに屍河狗威は話を聞く事にする。
それでも半信半疑という気持ちは強かった。
「はぁん、で、それで?」
創痍修略摩の母親と遭遇して何を気をつければいいのか。
「もしも母さんと接敵した場合、戦闘は免れ無い、そうなった場合に俺の母さんの術理を知っておけば、多少の戦闘はやりやすくなるだろう」
情報共有である。
彼が持っている事全て屍河狗威に話すつもりだった。
たとえ自分の肉親と出会ったところで傀儡として操られている。
そうなれば感情を抜きにして戦わなければなら無い。
身内が死んでしまう可能性もあるがそれは致し方無かった。
彼の決意を汲んで屍河狗威は話の続きを迫る。
「あぁ、そういう事かよ…で?」
創痍修略摩の言う事は実にシンプルだった。
「焔印の流力、珍しいがそれはまた別で…恐ろしいのは、鬼火術理だ」
母親の特性と能力を屍河狗威に教える。
これを知るだけでもかなり戦闘に関して攻略する事が容易になるだろう。
「母さんの術理は青白い炎を操り、複数の鬼の形をした火を使役する…正直に言えば、母さん程強い術師は近辺には居無いだろう…それこそ、妃龍院家の龍神…とまでは言わ無いけど、母さんが神號級になれば、それ程の実力は持ち合わせていると言っても良い」
創痍修略摩の説明に屍河狗威はしばらく考え込んだ。
母親の能力に関して攻略方法を見いだそうとしている。
わけでは無かった。
「…さっきの詳しく説明してくれ」
屍河狗威はもう一度創痍修略摩に説明を求めた。
彼は何度でも説明を行う。
何が何でも屍河狗威には勝ってほしいと言う願いがあるからだ。
なので創痍修略摩は最も重要であるべき部分である母親の能力を説明しようとした。
「あ、あぁ…鬼火術理の基本技は…」
しかし彼の説明を遮る屍河狗威。
「違うそっちじゃ無い…流力の方だ」
聞きたかった内容はどうやらそちらでは無いらしい。
創痍修略摩は重要なのは能力であるべきなのになぜそちらの方が聞きたいのか疑問だった。
「流力特性の方か?いや、確かに強力だが、術理の方が恐ろしい」
「いいから、教えろ」
理解が追いつか無い創痍修略摩。
それでも屍河狗威に何か考えがあるのだろう。
言われた通り創痍修略摩は屍河狗威に彼女の特性を再び教える。
「…焔印、特性は『劫火』と『噴火』で、炎熱に属する流力の中じゃあ最上位に位置する流力だ」
これだけの情報では足り無いのだろう。
創痍修略摩はさらに深掘りして屍河狗威に教えていく。
「一度燃えると、対象を薪の様にして燃やし尽す、更に噴火の特性で放出性能が格段に上昇している…焔印を下地にした鬼火術理は強力だ」
その説明を受けて屍河狗威は何か考えている。
そして心境の変化があったのか屍河狗威は口の端を大きく釣り上げて笑みを浮かべた。
「よし、決めた」
一体何を決めたのだろうか。
創痍修略摩は気になって仕方が無かった。
「決めたって…何を、だ?」
そのように質問すると屍河狗威がサングラスをずらして創痍修略摩の顔を見る。
「この戦に勝利したら…一度で良い」
一度そのような前置きを置いた。
その後のセリフは創痍修略摩にとって想像を絶する言葉だった。
「お前の御袋、抱かせろ」
いや想像するだけで気持ち悪いものだろう。
自らの母親を抱かせろと言ってくる屍河狗威。
彼と母親の性行為を思い浮かべて創痍修略摩は唸る。
「ッ…お前、自分が何を…」
そこまで言いかけてやめた。
考えてみれば屍河狗威は今回の戦いでは何も得るものが無い。
それなのにこうして滅ぼすために共に向かっているのだ。
「いや、今回の件、お前に旨味が無い事は分かっている」
創痍修略摩は屍河狗威にも何か得るべきものがあっても良いと思っている。
しかし自らの母親を抱いてもいいとはとても言えなかった。
「ただ、土塊紅家に犯されて傷心しているだろう、何かしら、嫌悪感を見せたら、その時はどうか、別の願いにしてくれ」
それがせめてもの条件だった。
創痍修略摩の言葉に屍河狗威は腕を組みながら適当に頷いた。
「あぁ、わかったわかったマカセロ」
彼の言葉に信憑性は無いまる若干の不安を覚える創痍修略摩。
「…本当に分かってるのか?…まあいいッ」
そうして話を切り上げる。
屍河狗威は少なくとも楽しみだった。
これでもっと自分は強さを得られるとそう確信していた。
車に揺られて数十分。
もうじき敵組織の領土内と言う所まで来た創痍修略摩と屍河狗威。
しかし歩道の近くに車を止めると創痍修略摩はエンジンを切った。
「もうじき、土塊紅家の領土だ」
なぜ彼がこんなところに車を止めるのかわから無かった。
領土内直前で臆してしまったのだろうか。
「おい、何止まってんだ?」
屍河狗威はそう言った。
彼はシートベルトを外した。
扉に手をかける。
その状態で屍河狗威に言った。
「悪いが…此処から先は別行動になる」
その言葉に屍河狗威は反感を覚えた。
テスト式の領土内はすぐそこであるというのになぜ単独行動をしようとしているのかまるでわから無かった。
「なんでだよ?」
屍河狗威そのように疑問を口にした。
創痍修略摩はすぐさま屍河狗威に説明した。
「土塊紅家の領土は既に殿號級の術理が使役される」
そういえば屍河狗威は敵組織の領土内に貼られた結界の効果をあまり知ら無かった。
なので創痍修略摩の言う事を彼は聞く事にした。
「領域内に入れば、絶対命令が遵守される」
傀儡となった人間を広範囲に操作する事ができる結界であるらしい。
既に創痍修略摩は敵組織の棟梁によって敷地内に入ると結界の効果が肉体に付属してしまうらしい。
「傀儡の者達は①戦闘の禁止②土塊紅家の術師に対する命令遵守の二つを守らなければなら無い」
この条件は決して破る事ができない。
しかし。
この効果には抜け道がある。
命令を破った場合、ペナルティが付与されないと言う事だ。
命令は絶対に遵守されるが。
命令違反が起きた場合その不具合に対してどう対処するか。
…というものが設定されてい無かったのだ。
だから術師によってはこの結界の効果から逃れる事もできる。
今までそれをするものがい無かったのは単純にそういった能力の使い方ができ無かったか、奴隷として支配されて抵抗する気力すら無かったのかもしれない。
そもそも抵抗すれば他の奴隷となった術師に危険が及ぶし何よりも数の暴力で圧倒されると考えれば、中々動く事は出来ないだろう。
「難儀だな、あんたも」
屍河狗威はある意味創痍修略摩に対して労いの言葉を口にした。
「あぁ…だから、此処から先は俺の術理で肉体の操作権を奪う」
創痍修略摩の術理は鬼面術理である。
流力を発生させると、人が被れるサイズの鬼の仮面が生成された。
彼はこの仮面を装着する事で、一時的に意識を失う事を条件に肉体の強化が可能となっている。
自分の意思とは関係無く動いてしまうと言うデメリットは、傀儡の支配から逃れるのには良い効果を齎してくれた。
「体の自由が利かなくなるのか、それで大丈夫なのか?」
屍河狗威の言葉に、創痍修略摩は悟る。
「問題は無い、肉体の操作は自動行動扱いになる、予め命令を加えておけば、その通りに活動が出来る」
鬼面術理を使役後。
その鬼面に対して予め命令した事を行動させる様にする。
土塊紅家領土に侵入後は、肉体の制御は土塊紅家に支配されてしまう。
だから、支配される前に、術理によって行動の上書きをするのだ。
創痍修略摩は、傀儡術理の効果の事を知っている。
彼の肉体には、命令を受信する子機が突き刺さっている様な状態。
故に、その上に鬼面術理を使い、上書きをする、と言うものだった。
彼の説明を受けて、屍河狗威は思う。
「今更だけどよ、傀儡の支配から逃れるのなら…」
最初からしておけば。
少なくとも、土塊紅家の言いなりにはならなかったのではないか?
屍河狗威の言葉、それを最後まで聞く事無く、創痍修略摩は苦々しく笑った。
「俺には無理だった、度胸が無かった、それだけの話だ、逆を言えば、屍河狗威、キミが立ち上がってくれたから、俺はこうして戦う決意が出来たんだ」
彼は術理を使役する。
彼の流力は土印なのだろう。
鬼面術理を土印の粒子によって構築される。
手に持つそれを見て、漸く、始めるのだと思った。
「ま、どっちにしても…」
屍河狗威は歩き出す。
創痍修略摩も後に続いて歩き出した。
「死ぬなよ、俺は野郎を守る程、優しくは無いからよ」
屍河狗威の言葉に、創痍修略摩は信じられないものを見た、と言いたげに眼を丸くした。
「ふッ…キミからそんな心配をされるとはね…案外、優しいじゃないか」
もっと、冷酷な男なのだとばかり思っていた。
しかし、他人の心配をする程度の心を持ち合わせているらしい。
そう言われて、屍河狗威は鼻で笑う。
「言ってろ」
そうして、二人は土塊紅家へと侵入した。
「俺は兎に角、土塊紅家へ目指す、そして、手当たり次第、土塊紅家の人間の攻撃と、攻撃してくる者に対する迎撃を行う、その様に設定する」
鬼面に対してその様に宣言して、創痍修略摩は鬼面を装着した。
「(鬼面術理、『
土塊紅家領土内にて足を止める創痍修略摩。
鬼面に肉体を支配される様な感覚。
手足が自分のものでは無いかの様に、自由が奪われる。
「ッ…屍河、狗威ッ」
指先を痙攣させながら、屍河狗威の名を言った。
「なんだい?」
面白いモノを見るかの様な目で、創痍修略摩の声に反応すると。
「先に、行っているッ」
鬼面に支配された創痍修略摩は、脇目も振り返らず、疾走した。
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