筆頭者
仮染貂豹が土塊紅家に突入した時間帯。
現・嶺妃屋敷。
頭取である嶺妃紫藍は自室に籠り頭を悩ませている。
「さて…」
今回の土塊紅家との合戦。
このままでは後手に回る他無い。
「(今回の合戦だが…思った以上に、厳しい問題だな)」
何せ、土塊紅家との直接的な接触が無いのだ。
土塊紅家が屍河狗威に対して攻撃を仕掛けた様に見える。
便宜上では七つの術家と土塊紅家は同盟を結んだ訳でも家来でも何でも無い。
中立に提示された情報には、その様な事が記載されていないのだ。
「(中立に戦果履歴を確認したが、土塊紅家が戦争をしたと言う情報自体が無い…)」
傀儡術理と呼ばれる異能。
これを使い、複数の術家を縛り、支配し、操作する。
表向きは無関係だが、裏では繋がっている。
なので一方的に攻撃を仕掛けて来たのは、七つの術家であり、土塊紅家では無いのだ。
更に、資料を確認する。
「(業値が五十と平均的、目立った真似もして無いから、宣戦布告時での妃龍院家の業値が跳ね上がってしまう…)」
業値とは中立が制定した術師を罰する為の制度である。
基本的に術師は社会に存在を知られてはならない。
その為、術師が生息する地では様々な情報漏洩防止処置が行われている。
特定の地域では、術師の姿を認識させない様に特殊な電波を放ち、術師に関連する情報が電子媒体に乗らない様に作られている(術師専用の電子媒体は除外される)。
携帯電話や監視カメラで、術師が術理、または流力を使用を感知すると、途端に映像が途絶える様になっていた。
入念な秘匿。
それは社会の均衡を保つ為の処置。
しかし、力に溺れる術師は時として表社会に牙を剥く事もある。
そういった連中を手早く処置する為に、悪を滅する断罪処置として業値と呼ばれるものを作り上げたのだ。
簡単に言ってしまえば、悪行を繰り返せば悪者として周囲の術師から袋叩きになっても良い、と言うものであり、業値が一定の基準を超してしまうと、断罪処置が発動し、術家が大義名分を以て迫害しても良いのだ。
故に表向きでは、業値を上げぬ様に調整したり、中立に見つからない様に悪事を働いている術家が多い。
阿散花家は民間人の術師化と言う行為も問題視されていたが、阿散花天吏によって業値の調整と一部内容の変更した状態で中立に報告していた為に、業値を超える事は無かった。
そして、基本的に術師は戦争を仕掛ける場合は宣戦布告をするか、大義名分を得るしかなく、今回の戦争ではそのどちらも足りていないからこそ彼女は頭を悩ませていた。
「(しかし、先手を取られてしまえば此方が危うくなる…傀儡化させる家系、長引けば長引く程に浸蝕が深まる)」
表向きは平穏に暮らしている土塊紅家。
しかし他者をじわじわと傀儡化していき権威を乗っ取っている。
確実に、妃龍院家も狙われているだろう。
時間が経過すればする程に、身内が傀儡化されてしまう可能性がある。
早急に対処しなければ、気付かぬ内に全てを奪われる。
敵ながら上手いやり方だと、認めたくは無いが、彼女はそう思った。
「(元々、それが奴らの戦術なのだろう、中立の目に入らぬ様に事を済ませる事で立場の不変を貫いているのだ)」
入念と徹底。
その行動力は凄まじいものだ。
「(せめて、業値が上がる様な物的証拠さえあれば、大義名分として責め立てる事が出来る、のだが)」
予め、宣戦布告をしても、相手側に交渉権が握られる為に遅延行為も可能。
大義名分であれば、即座に行動し戦争が出来るのだが、此方にはそれがない。
しかし、そこまで考えて、彼女はそういえば、とある人物の顔を浮かばせた。
「(…いや、待て、被害者なら居る、
彼は土塊紅家に権威を奪われた被害者だ。
もしも彼が立ち上がり、土塊紅家と戦う選択をした場合、創痍修略摩を筆頭に助太刀として手を貸す法案もある。
「(あの男を筆頭に、妃龍院家が助太刀として参戦した事にすれば、業値は上がる事は無く、むしろ修正され減る事もあり得る…)」
その方法で戦争に勝利した場合。
妃龍院家では無く、創痍修略摩が戦果を得る。
しかし、土塊紅家の魔の手を考えれば、十分に妃龍院家の利益となるだろう。
「そうと決まれば…」
彼女は創痍修略摩の元へ向かおうと立ち上がった。
その時、部屋から入って来る女中が、彼女に話し掛けて来た。
それは、仮染貂豹が暴動を起こしたと言う情報だった。
「なんだと?…土塊紅家にて暴動?」
彼女は都合の良い展開になったと内心、心を躍らせた。
「傀儡と化した術師が、か…それは良い」
この騒ぎに乗じれば、混乱の最中、土塊紅家の意表を突ける。
「(被害者が集っている、土塊紅家を糾弾出来る証人が多ければ、大義名分の立証も可能…何としてでも、この騒ぎに乗じて物事を進めたい所だ)」
であれば、即座に土塊紅家へ向かわなければならない。
しかし、未だ、戦争の準備が出来ていない状態。
即座に動ける人材を出さなければならないが、彼女は彼の顔を思い浮かべた。
女中に向けて、彼女は言った。
「イヌを呼べ」
少人数での戦闘に適している存在。
そう考えれば
しかしすぐに
早々に戦争の準備をしろと
「イヌ、今回の城崩しだが、貴様単騎のみだ」
そして簡単に今回の戦争の概要を
他の人間であれば一人で戦争に立ち向かうなど無謀だと断るだろう。
死ぬかもしれ無い覚悟を決めて頷くものもいるだろうが
「あぁ、分かったよ紫藍ちゃん、大勢居ると、傀儡にされる可能性があるから、だろ?」
なぜ一人で立ち向かう事になるのか
「そう言う事でもあるが、今回は妃龍院家が、では無い、まだ、此方には土塊紅家との直接的な因縁も被害も無いからな、宣戦布告をする場合は相手との交渉が必要となる、騒ぎに乗じての戦闘が出来無い」
宣戦布告は相手の領土に攻め込む事を宣言する事だ。
宣言を受けた対象は交渉する権利を用いる。
なので相手が渋ればその分戦争の機会が長引いてしまうのだ。
だから宣戦布告という形は取ら無かった。
「なので大義名分、仇討ちとして、筆頭は創痍修略摩を建てる、妃龍院家からは助太刀としてイヌのみが力を貸すと言う方面に持っていく」
この戦争で勝てば大きな戦果を得られるのは筆頭だけだ。
一見
しかし少なくとも助太刀に参加する事で中央からの評価も修正されるし筆頭者に恩を着せる事もできる。
何よりも今後危惧しなければなら無い相手が消えるというのはこれほどまで無いほどに都合のいい事だった。
「へぇ…ただ、ブッ倒すだけなのに、其処まで面倒な事しなきゃいけ無いのねぇ…」
一応は褒められているのだが
それよりも
それは彼が筆頭者として立ち上がってくれるかどうかという事だ。
「そうだ…しかし、問題が一つあるのだが…創痍修略摩が戦闘に参加する意志があるかどうか、と言う事だ」
もしも彼が乗り気でなければ今回の話は全て無かった事になる。
ならば話は簡単だと言いたげな表情をしている。
「あぁ…そういう感じ?じゃあ、俺が連れ出すわ」
「連れ出すって…」
いくらなんでも簡単な事では無いだろう。
自らの家が傀儡と化し、肉親が奴隷として弄ばれている。
心の傷は深いはずだ。
実際問題彼は死ぬ事すら考えていた。
そう簡単に筆頭者になってくれるかどうかは難しいだろう。
話を続けようとする
「話をする時間も勿体無いでしょ?だから…そのまま連れていく、最終的に、あいつの力が無くても俺が居れば何とかなるし」
無理やり筆頭者として戦場に連れ出せば後は
あまりにも傲岸不遜な佇まいだが
「…まあ、そうだな、あまり認めると、貴様がつけあがるだけだが…その点に関しては同意せざるを得無い」
渋々と
「ま、そういうワケだから…ちょっくら行って来るわ」
相変わらずの軽口を叩きながら
彼の言葉にその背中を見て
「武運を祈る」
その言葉を聞いて
そのような精神面に対する言葉よりももっと別のご褒美を欲していた。
「うん…いや、武運を祈るよりかは…今晩は、紫藍ちゃんを抱きたいな」
今回の戦いは
ある程度ご褒美を用意してやるのが当主としての勤めだろう。
「…致し方あるまい、今回の件は、あまり成果には繋がらん、貴様の報酬の為に、抱かせてやる」
恥ずかしそうに顔赤くしながら自ら抱かせてやると宣言した。
それを受けて
「へへ、言ってみるもんだな…俺、紫藍ちゃんが一番だと思ってんだ」
彼女の肉体はアスリートの様に鍛え抜かれている。
引き締まった肉体だが、女性らしい起伏の多い流動的な肉体美。
衣服に収まった胸部を露わにすれば、手で抑え切れぬ程に大きな実が溢れ出る。
彼女との初夜を思い出し、彼女もまた、その事を思い出して胸を隠す。
「体だけか…貴様ッ」
恥ずかしそうに言う彼女を尻目に、彼は振り返って手を軽く振った。
「体も、だよ、紫藍ちゃん」
彼女の全てを好意的に捉える屍河狗威。
今夜が楽しみだと言いたげに、彼の体は軽やかに、ウキウキとした気分で
地下牢へと移動する屍河狗威。
木造の檻の中で、項垂れる創痍修略摩の顔を見る。
相変わらず絶望に満ちた表情で、屍河狗威は辛気臭いと言い掛けて飲み込んだ。
「さて、昨日か一昨日か、まあ忘れたけど」
彼の声に反応して顔を向ける創痍修略摩。
屍河狗威は憎たらしい程の笑みを浮かべて告げる。
「他人任せな兄ちゃんに朗報だ」
軽快な口調は時に人を不快にさせる。
しかし、今の創痍修略摩は耳を塞ぐ事も出来ない。
彼が何を発するのか、期待を抱いている為でもあった。
「俺に土塊紅家をぶっ壊せって言ったよな?」
死に掛けた心臓が高鳴った。
息を吹き返す様に、小さな希望が浮かび出す。
「今よ、その土塊紅家にカチコミ入った奴がいるらしくてな」
木造の檻に手を付けて、牢屋の奥に入り込みそうな程に近づく。
「それの後に続いて、土塊紅家をぶっ壊す事になった」
創痍修略摩も近づき、屍河狗威の顔を見た。
彼の決断は、創痍修略摩が求めていたものだった。
「が、其処で問題がある、それは、土塊紅家の壊滅には、てめぇが重い腰を上げて戦いに参戦しなきゃならねぇって事」
彼に指を向けて言う。
「だから、お前にとっては、チャンスでもピンチでもあるわけだ」
地下牢から出れば即座に戦場だ。
死ぬ可能性はあるが、屍河狗威が根絶やしにしてくれる。
このまま地下牢に居れば死ぬ事は無いが、土塊紅家滅亡の悲願は途絶えてしまう。
「何時までも悲劇の主人公を気取るか、絶望から這い上がるヒーローに代わるか」
創痍修略摩の選択次第でどちらにも転びうる。
「まあ、どちらを選んでも、此処からテメェを連れ出して半ば強引に土塊紅家に行くけどな」
屍河狗威の言葉に、創痍修略摩はゆっくりと軽薄な表情を浮かべる彼に聞いた。
「…一つ、聞かせて欲しい」
なんだ、と屍河狗威は聞いた。
「その、土塊紅家にカチコミをいれたと言う人物は?」
屍河狗威は眉をしかめた。
そのカチコミをした人物の名前は知らない。
「あぁ…名前は知らねぇ、興味もねぇ、だが、それが何か関係あるのか?」
彼の言葉に、創痍修略摩は首を左右に振る。
「…いや、無い、何も…関係無い、ただ、聞きたかっただけだ」
そして彼は、木造の檻に近付いて、檻に触れながら、言う。
「何も失うものは何も無い…それでも、一矢報いる事は出来無かった…俺の行動が無意味になる事を恐れていたからだ」
死ぬ事は怖くない。
無意味に死ぬのが怖い。
それは誰もが思う事だろう。
創痍修略摩も同じ事だった。
「だけど、俺がこの戦いで無意味に無価値に死んだとしても…キミは、土塊紅家を、必ず滅ぼしてくれる、そうなんだろう?」
彼の言葉に、屍河狗威は真っ直ぐに眼を見ながら言う。
「あぁ、それだけは約束する、あんな下らねえ術家なんざ、俺がぶっ潰してやる」
その言葉を聞いて、創痍修略摩は深く頷いた。
「…だったら、俺の死には意味がある」
手を伸ばす。
木造の檻からの脱出を求める。
屍河狗威は彼のやる気に答えて木造の檻に力を込めた。
「覚悟は上等かい?ならどうぞ、御筆頭様、あんたが先頭だ、尻は任せろ、例え死んでも骨は拾ってやるよ」
その言葉と共に、檻を破壊する。
創痍修略摩は、のろりと歩いて、地下牢から脱した。
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