七曜流印


嶺妃紫藍はこれより、対土塊紅家戦での対策を練る為に自室に籠っていた。

屍河狗威は何をしているかと言うと、何気に勉学に励もうとしていた。

彼女、阿散花天吏と共に、術理の改造をする、と言う方向だったのだが。

屍河狗威の話を聞いた彼女は、彼の顔を見て睨んでいた。


「…」


「え?怒ってる?」


屍河狗威は彼女の顔を覗き込んだ。

白々しい目つきをしている彼に、青筋を浮かべながらも笑顔を絶やさない。


「いいえ、別に、怒っていません、怒っていませんもの、貴方が嘘を吐く事は、十分に理解していましたから、だから怒ってなど、いませんッ」


こんな男の為に怒りを浮かばせる事すら勿体無い。

しかし、少し自分は己惚れていた。

この男に信頼と信用など無駄だと思っていたのに、特別扱いの様な事をされて調子に乗っていたのだ。


「ただ、貴方の言葉を信じた私が馬鹿でした」


屍河狗威は彼女の傷ついた表情を見て少しだけ気を悪くした。


「いや、俺だって嘘を吐きたかったワケじゃないんだよ、それに、何も全てが嘘ってワケじゃない…そもそも、俺は術理とか流力とか、詳しい事もあんま知らねぇしな、先ず最初にそこん所を教えて欲しいわけよ」


術師として成長したい事は事実だ。

彼女は少なくとも教養がある、彼女に教授されれば、基礎を学び強さを得るだろうと、屍河狗威は思っていた。

彼の必死な言い方に、彼女は目を細めてどうするか考える。

この男に期待する事自体が無駄な事、それは理解している。

だが、既に彼女も、彼の言葉を否定出来ない様になっていた。

結局、どれ程考えても、最終的には、彼女は首を縦に振る。


「…はぁぁぁ、分かりました、まさか、此処まで馬鹿な方とは思いませんでしたが…」


彼女の精一杯の罵倒に、屍河狗威は彼女の肩を掴み、もう片方の手で握り拳を作った末に親指を立てた。


「まあ卑下するなよ、お前はそんな馬鹿に敗けたんだからさ」


それもそうだった。

阿散花天吏はより一層溜息を深く吐いた。


しかし、何時までも諦観しても仕方がない。

屍河狗威の術理を完成させなければ、これから先の戦闘は難しいだろう。


何よりも次の戦闘は土塊紅家。

もしも敗けてしまえば、隷属と言うかたちになる。

女性蔑視が酷く、性奴隷として酷使される日々が待ち受ける。


「(なんとしてでも、この男に勝って貰わなければ…)」


これ以上、自分の尊厳を踏み躙られるくらいならば屍河狗威の方がましだった。

利害の一致をしている。

だからこそ、屍河狗威には勝って貰わねば困る事だった。


「(いえ別に、この男の方が良いと言う訳ではなく…単純に女性蔑視が酷い土塊紅家に日々代わる代わる性の捌け口として扱われるくらいならば、この男に愛された方がましと言うだけで他意は無く…)」


「なあ、早く始めてくんない?」


妄想に耽る彼女に向けて、屍河狗威はそう言うのだった。

早速勉強をする事になった。

彼女は咳払いをして彼を見る。

多少喜びを噛み締めているのは、教える事が好きなのだろう。


「術師には基本的に七つの属性が存在します」


彼女の言葉に屍河狗威はあぁ、と頷いた。


「あー…なんか聞いた事あるかも」


顎に手を添えて考える素振りをした。

彼の言葉に彼女は眉をしかめる。


「なんか聞いた事あるかもって…貴方本当に術師なんですか?…まあいいです」


軽く毒吐いて話を進める。

彼女が持ち出したのは、部屋に飾ってあるカレンダーである。


「カレンダーなど見てもらえれば分かりますが、七曜、所謂、宇宙天体での星の属性を模しています」


元々、曜日は星の名から取られている。

地球から見て早い順番に星の名が曜日が当て嵌められていた。


「月・火・水・木・金・土・日、この七つの属性が術師の流力の特性と成しています」


近くのノートにペンで七つの属性を記載する。


「これが基本の七属性、七曜流印と呼ばれるものです」


ペンで文字を書いて、丸を描いて強調させた。

屍河狗威は大層つまらなさそうな表情をしながら聞いた。


「へぇ…属性があるとどうなんの?」


その質問に彼女は答える。


「属性が違うと、流力の特性が変わって来るのです」


また、ノートにペンを走らせて書き足していく。

その書かれた内容を見て、屍河狗威は難色を示した。


「なんだよこの三級とか準とか」


放出と言う項目に漢数字と等級、その他、目が滑る様な内容が盛り沢山だった。


「威力の強さ、弱さを測るものです、準はその等級より上になる可能性があると言ったもので…」


彼は嫌そうに話を遮る。


「分かり辛ぇよ、漫画みたいにAとかBとかランクで作ってくれ」


折角書いたのに書き直せと言われ、憤りを覚える。


「この…横暴なッ…ッはい、これで良いでしょうか!?」


しかし、彼女は彼には逆らえない。

改めて彼女は内容を書き直した。



『七曜流印基本属性説明』

放出威力:流力の攻撃力

放出範囲:流力の射程

放出構築:流力の物質化

放出速度:流力の初速の速さ

放出操作:流力の操作


月印げついん:性質は『減衰』対象物のエネルギーの低下を促す性質。

放出状態:『不鮮明』流力を発生した際に空間が歪んでみえたり、空間が濁っている様に半透明に見える、上級術師であれば不可視の流力として発生させる。

放出威力:E 放出範囲:D 放出構築:E- 放出速度:D 放出操作:E


火印かいん:性質は『浸蝕』対象物の一部を浸蝕し持続する効果を発生する性質。

放出状態:『炎』放出量によって熱源を上昇させ熱で燃焼を発生させる。

放出威力:C+ 放出範囲:C 放出構築:E 放出速度:C+ 放出操作:C



水印すいいん:性質は『浸透』液体と同化し易く、同化した液体を流力の様に操作する性質。

放出状態:『水蒸気』液体と同化した場合は液体を媒介に操作する。

放出威力:D+ 放出範囲:C+ 放出構築:E~C 放出速度:C+ 放出操作:E~A



木印もくいん:性質は『繁殖』対象物のエネルギーを吸収し、増量・回復する性質。

放出状態:『発芽』体外へと放出した際、術師の肉体から木の枝に似た流力が生える

放出威力:C 放出範囲:C 放出構築:C 放出速度:D~A 放出操作:C


金印きんいん:性質は『鍛錬』流力を錬りと言う工程を以て金属製の物質に近付ける性質。

放出状態:『雷電』電気に似た性質を持ち、流力を錬る事で金属製の物質に変質する。

放出威力:A 放出範囲:E 放出構築:E~A 放出速度:A 放出操作:E


土印どいん:性質は『緩衝』対象から発生するエネルギーの衝撃やダメージを受け止め緩和させる。

放出状態:『粒子』体外へ放出された流力が微粒子の様に変質する性質。

放出威力:C+ 放出範囲:D 放出構築:B 放出速度:E 放出操作:B


日印にちいん:性質は『増幅』対象物のエネルギーの増加を促す性質。

放出状態:『光』レーザーの様に放射する事が可能で、放出量を高める事で熱を宿す、

放出威力:A 放出範囲:A 放出構築:E 放出速度:A 放出操作:E-



「さ・ら・に…貴方は沢山文字があっても分からないでしょうから、簡単に説明しますと…」




『かんたんなしちようりゅういんのせつめい』

月印・見えない、触ると力が抜ける。

火印・火っぽい、じわじわ流力が浸蝕する。

水印・水っぽい、水と同化する。

木印・木っぽい、身体から木が出る。

金印・金っぽい、流力をねりねりすると金属に近付く。

土印・土っぽい、土が攻撃を和らげる。

日印・レーザー、熱くないレーザーも出来る。




彼女の物言いとノートの簡易版が癪に障るが。

内容を確認して不満を抑える。


「へぇ…大体分かった、で、お前はこの中だとどれになるんだ?」


ノートに書かれた文字を指でなぞる。

どれに該当するか、屍河狗威は聞いたのだが。

彼女は押し黙った。

そして、再びペンを走らせる。


「…私の属性は、これですね」


ノートを屍河狗威の方に見せつけた。


『花印/木印と水印の両方の特性に加え、放出したエネルギーの分散する特性を持つ』


とその様に書かれていた。

全然、七属性では無く、彼女がふざけていると屍河狗威は確信する。


「…おい、七つの属性じゃ無ェじゃねえかよ、勝手な造語作りやがって!!」


手を伸ばし、彼女の胸を服の上から掴むと思い切り引っ張った。

小さな胸が引っ張られてしまい、彼女は顔を赤くしながら叫ぶ。


「これから説明する所です、胸を掴むのは止めて下さいッ!!」


彼女は必死にそう言っていた。

胸を抑えながら、阿散花天吏は脂汗を流しながら呼吸を繰り返す。


「はぁぁ…基本が七曜流印と言ったでは無いですか、…術師は血統、雌雄による配合から排出される新生児によってまた変化するのです」


そして説明を開始する。

幾ら叱咤罵倒を繰り返しても彼は再び行う。

ならば、今更、彼に何か言った所で無駄だった。

であれば、自分がやるべき事をする他無かった。


「例えば、火印を持つ術師と、水印を持つ術師が子を成した場合、その子供の流力の特性の状態は七つになります」


再びノートにペンを走らせた。

七つの型を屍河狗威に見せる。




継承型・母側か父側の流力特性を継承する。

混合型・両者の流力特性から一つの属性として継承する。

両儀型・母側・父側の流力特性二つを備える。

無能型・どちら側の流力特性を継承しない。

特異型・別の属性へと発現させる。

強化型・流力の特性が強化される。

特化型・流力の特性が極端になってしまう。



これを見せた所で、何故彼女が花印と言う能力なのかを説明する。


「私の父は木印、母は水印なので、その二つの特性を得た状態、即ち混合型に分類されるのです」


ペンで混合型に丸をつけると、彼女はノートとペンを置いた。

そして、自らの体内に流れる流力を外側へと放出させると、彼女の指先から、薄く発光する流力が花びらの様に散っていく。

再び、流力を発生させて体外へ放出すると、今度は流力が水の様に彼女の指から垂れていた。


「これが私の流力、更にこれに術理を加える事で…」


術理を使役して流力を流すと、彼女の指先から小さな蜂が出現し、人差し指を屍河狗威に向けると、体液と混ざった蜜が出て来る。


「流力を発散させる事で、矮小な蜂を生成したり、水印の流動によって体液を蜜に変えたり出来ます」


その人差し指を屍河狗威は口を開けて舐める。

甘い味だった、彼女の蜂蜜術理は、蜂と蜜を生成し支配する事が出来る。

なので体液が甘くなるもの納得だった。


「ふぅん…あ?じゃあ、お前、もしもその、花印って奴じゃなかったら、術理ってどうなんだよ」


術理を通して発動させた彼女。

これはあくまでも、流力特性に則って術理を発生させている。

もしも、彼女の流力特性が花印で無ければ、術理の効果はどうなるのか。


「貴方の頭にしては良い質問をしますね、…だから、胸を、ちょっ、んぁっそこ、感じッ」


彼女は屍河狗威を自然に馬鹿にする。

当然ながら彼は彼女が自分を馬鹿にしている事を理解しているので、そのおしおきとして彼女の胸の先を摘まんで引っ張った。


「これは、私の血筋で、同じ様に蜂蜜術理を宿していながら、火印を持つ者が使役する者が使役した場合の効果です」


阿散花天吏は植物と蟲の家系だ。

母方が蟲を使役する家系であり、蜂蜜術理を持つ者がいた。


「その女性は蜂蜜術理を肉体に流れる体液を蜜に変色させ、対象に流し込む事で幸福度と中毒性を発生させる能力に変化したと書かれています」


蜂蜜術理により、自身の体液を蜜に変化。

その体液を対象に摂取させる事で、蜜の味に神経を狂わされ中毒症状を引き起こす。

蜜を求める為に、どの様な命令も聞く事から、その女性は『女王蜂』と言う異名を得た。


「火印の特性はエネルギーの保存、流力を対象に流し込む事で、術理の効果を対象に保存させたと言った所ですね」


彼女の説明に、屍河狗威は納得した。


「へぇ、じゃあ、同じ術理でも、流力の特性が違うと効果が全然違ってくるのか」


「そうなります、同時に、あまりにも流力と術理が不一致であれば、術理が使役出来ない状況、つまりは流力しか使役出来ない術師も誕生してしまうのです」


その説明を聞いて屍河狗威は納得した。

妃龍院家にも、古参でありながら術師として戦争に参加しない奴もいた。

先程の説明を受けて、術師として不完全な輩なのだと納得した。


「(…いや、そうなると、無能なのに高い位置にいるってのがなぁ…まあ、どうでもいいけど)」


屍河狗威は彼女に言う。


「大体分かった、で…俺の流力特性って、どうやって調べんの?」


屍河狗威も術師として活動している以上、流力を使役出来る。

だが、彼は自分の流力特性を理解せずに戦闘を行っている。

その時点で、術師としては最底辺だが、持ち前の戦闘センスによってなまじ他の術師よりも上に立つ実力を発揮していた。


色々と型破りな人間であるのが、屍河狗威と言う男であった。


「落ち着いて下さい、この為に、用意して来たものがありますから」


そう言って、阿散花天吏は、屍河狗威の前に鞄を出すと、中から道具を取り出そうとした。


「やっぱ系統別に確認するって、あれかな?水〇式的なのをするのかな?」


手を前に翳して、流力を放出させる素振りを見せる。

彼の行動を見て、彼女は首を傾げて皮肉を口にした。


「み…?貴方の言う事は、時折理解出来ない事があります、今も理解出来てないですが…」


屍河狗威の存在事態が理解不能。

その言葉を聞いて屍河狗威は彼女を押し倒した。


「分からないのなら体で分からせてやろうか?あぁ?」


「そ…そっちの方は嫌と言う程分かってます、何度も狂わされる程にされたので…ッ!!」


彼女は夜な夜な彼に調教されている事を思い出してそう叫んだ。


「これが流力の系統を判別出来る判流盤図はんりゅうばんずです」


鞄の中から出したのは蜘蛛の巣の様な用紙だった。

線と線の間に様々な文字が描かれている。

数を目で数えるが、二十を超えた時点で止めた。

少なくとも、見る限り百以上の項目がある。


「この紙の中心に指を置き、流力を流し込む」


水と木の間に記載された花と言う文字が滲んだ。

彼女はその文字に向けて指をさした。


「こういった風に、自らの流力に色が付きます」


成程、と屍河狗威は頷いた。


「じゃあ俺もやってみるかね」


そう言って、屍河狗威は用紙の中心に指を置いた。

何気なく、流力を放出させると、用紙の文字が滲む。

彼女は早速、その流力を確認すると、唖然とした。


「なんですか、これは…両儀型…いえ、そもそも」


彼女は自分が使用した筈の判流盤図を見る。

花と書かれた文字に色が付着しており、それは既に彼女が使用していたものだ。

であれば、間違えて彼女が使用したものを流用したと言う訳では無いらしい。

それがより一層不可解だった。


「…どういうカラクリを使ったのですか、貴方は」


屍河狗威が何か仕出かしたのだと、阿散花天吏は勘ぐった。

しかし、それは失敬だと屍河狗威が首を左右に振る。


「あのな、流石の俺でも、お前が持ってきたモンに細工をする事はしねぇよ…」


傷ついたと、屍河狗威は泣きそうな振りをした。

彼の表情に関して微塵も反応する事無く、阿散花天吏は脳裏で考える。


「(確かに…だとすればこの結果は…この男が、それ程までに特異であると言う事、…私との接触によって、この様な結果になったのだとしたら…)」


喉を鳴らす。

彼女の流印は珍しいものでは無いが、それでもこの流印を所持している者は多くは無い。

だからこそ、この結果に驚きを隠せないし、屍河狗威が、彼女に告げた真実と照らし合わせれば、これが彼の本質なのだろうと思った。


「で、ものは相談だけど…例えば、流印ってのは、ある程度組み合わせによって攻撃力が増すのもあるんだよな?」


彼の質問の意味を理解出来なかった。


「はぁ…?まあそうですね、流力は放出する際に加重放出する事で、一時的に流力の特性を向上出来ます」


彼の要望通りに説明を行う阿散花天吏。


「火印であれば温度が上昇し、炎と同じ様に扱えたり、水印であれば液体と同じ様になる、私の花印であれば、花弁の様に流力を散らせたり、匂いが香ったりしてきますが…」


だが、数秒程説明した後に、即座に阿散花天吏は察する。


「…まさか、いえ…そうだとすれば…術理そのものが不要じゃないですか…もしも、それが可能であるのならば…貴方、相当イカれてますよ」


つい、丁寧な言葉すら忘れて罵るが、彼女の表情は感嘆としていた。

それも理解しているのか、屍河狗威は彼女の表情に合わせるが如く微笑むと。


「イカしてるの間違いだろ?」


そう言った。

彼女の勉強会によって、屍河狗威は、相応の知識を学ぶ機会を得た。

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