最強の所以

中立派閥から派遣された遺体処理組織・棺屋。

人避けを行った後に、彼らは早々に術師を回収していく。

屍河狗威は、スマホを使って連絡をしていた。

その連絡先はどうやら、嶺妃紫藍であるらしい。

甲高い声を共に、彼を罵倒する声が聞こえて来た。


「わる、わッ、悪かったって、紫藍ちゃん…え?こっちに来る?ああ、まあ管理してる領地だし、当たり前か…はいはい、それじゃ、また後で」


屍河狗威は電話を切る。

そして溜息を吐くと共に、面倒な事になったと思っている。


「はぁぁ…折角の休日が、なんでこんな面倒な事に…」


ぶつぶつと面倒臭そうにそう言う屍河狗威。

其れに対して、隣に居た彼女は不思議そうに思っていた。


「どうして…」


どうして、最後まで殺さなかったのか、と言い掛けて、彼女は止めた。

それは、彼の性格を考えてみれば、自分の赴くままに行動する筈だろうと言う浅慮が働いた為だった。

彼が全員殺す事は想定出来たが、しかし術師としての観念として見れば、全員を殺すと言う行動は利口なやり方では無い。

だから、彼にも一片の術師としての精神を持ち合わせているのだと察した為だ。


「なんで残る二人を殺さずにおいたか?そりゃあ決まってんだろ」


さも当然の様に、屍河狗威は言う。


「疲れた、流石に全員を相手に術理を使役しては戦えねぇ」


疲弊が原因で戦闘を止めたと言う。


「(…やはり、この男に、其処までの考えはありませんか…)」


溜息を吐く阿散花天吏。

屍河狗威はあ、と一言付け加えて言った。


「まあ、他に理由があるんだとすりゃ…片方は情報を引き出す為、んで、もう片方は俺の強さを知れ渡らせる為だな」


彼女は意外そうな顔をした。

まさか、この男がそんな事を考えていたとは思わなかった。


「全員を殺せば俺は満足だが、それだとなんで俺を襲って来たかの理由が分からん、だから、丁度戦闘の意思も無かった方を生かした…んで、もう片方は、まあ何かしらの情報を掴んだから逃げたって感じだろ、奴らの会話から大方察するに、俺の能力を知りたかった」


「能力を知りたかったのなら…どうして術理を」


相手に情報を渡し、みすみす逃がしたなど、術師としては致命的だ。

それを言われて彼は首回りがムズ痒くなって爪で掻いた。


「…あー?まあ、気付いたのは殆ど後半だ、術理を使った後に、あぁ、此奴ら俺の術理の詳細を知りたいんだなって思ったわけだ…まあ、どっちにしろ」


彼は目を細める、茶を濁す様な口調に若干不審に思った阿散花天吏。

サングラスの奥底にある瞳が、冷ややかな視線を浮かべていた。


「ネタが割れた所で対処出来るかどうかって話だけどな」


彼の言い方はその通りだろう。

時空術理。

時間と空間を支配し操る能力など、どの様に対処すれば良いのか、至難な事だった。


「んで、俺の術理、えーっと、あぁジクー術理、お前はそう思っただろ?なら…相手はそう思っただろうな、俺の術理を前にして」


「何故…そんな適当な…自分の術理でしょう?そもそも…」


遮る様に、屍河狗威は彼女に質問をする。


「ここで質問だけど…何故俺は、こんなにもすごいつよい能力を殆ど戦闘で活用しなかったのか」


彼は指を一本立てて言う。


「そのいち、この能力を使える事を隠したかったのか、そのに、この能力が使えるけれど使わなかったのか」


二択を迫られて彼女は考えた。


「(私との戦いの際も使った形跡はあった…いえ、あれは流力操作による身体能力の上昇、だったら)」


彼女は屍河狗威と戦った経験を思い出す。

殆どが流力操作によって鍛え込まれた身体能力でごり押しされた。

あれは、単純に実力の差を見せつける為に、敢えて術理を使役しなかったと言う想定。


「…一番、でしょうか」


考えた末に、一番を選択する。

すると、屍河狗威は首を左右に振った末に言った。


「正解は、使えないけど使おうと思えば使えた、だな」


そのいちでも、そのにでも無かった。

引っ掻け問題ですらない後出し問題に苛立ちを覚える。


「ジクー術理、使えば凄いだろうが…俺はこの能力を使い熟せて無い、流力の消耗も激しいし、下手をすりゃ、自分の記憶すら時間操作して一部を忘れちまうんだ」


どんどん、彼の情報が開示されていく。

術理のメリットよりも、デメリットの方が大きい事を説明していた。


「俺に対するデメリットを考えりゃ、戦闘中じゃあ使えない、だから、俺は自分の術理を余り使わない」


「…その割には、ある程度、使えていた様子でしたが?」


屍河狗威が、術理を使役して、一見失敗した様には見えなかった。


「あぁ…流力の操作の応用程度なら何とかなる、肉体の時間を操作して加速したり、『楔』で相手に突き刺して時間停滞させたりな…俺の手から零れなければ、流力による空間支配も何とか出来るが、俺の手から離れる技は激ムズだ」


からからと笑う屍河狗威。

下手をすれば、不意を突かれて死んでいた可能性もあるのに、呑気なものだった。


「はぁぁ…そんな事で、一体、どうやってこの先を戦うつもりなんですか?」


「あ?だから、お前を選んだんだろうが」


え?と阿散花天吏は疑問符を浮かべた。

彼女の疑問に答える様に、屍河狗威は言う。


「お前、術師を作ってたんだってな、ある程度の術理も改造してたって」


「結局、それらは妃龍院家の長髪に取られてしまいましたが…」


「それを俺は買ったんだ、お前の改造する行為に、お前の力が、必要だと思ったからよ」


彼女の肩を掴んで、屍河狗威は言う。


「俺の為に、俺を強くしてくれよ、天吏」


彼女の名前を口にして、屍河狗威は頭を軽く下げた。


「(まさか、この男が、私に頭を下げるなど…)」


今まで反抗心を覚えた彼女は優越感を得る。

奴隷の様な扱いではあるが、改造しても良いと言う事を聞いて、彼女は喜びを浮かべた。


「(うまくいけば、この男を、私の手中に…)」


其処まで考えた時。

怒号と共に接近する影があった。


「貴様…貴様ァ!」


怒りを抱きながら屍河狗威へと接近する嶺妃紫藍。

彼女の姿を発見した屍河狗威は彼女の名前を口にした。


「お、紫、紫藍ちゃん、そんな怒ってどしたん?」


と、こびへつらうかの様な表情をしている彼の顔面に向けて拳が叩き込まれる。


「(術師との戦いで、手の内を晒してしまった挙句、みすみす逃してしまったと考えれば、彼女の怒りも妥当ですが…)」


阿散花天吏は彼女に協調する。

もしも味方が敵を見逃したのならば、あそこまで怒りはしないが、早々に、見切りをつけるだろう。


「ぐぇあ!」


嶺妃紫藍は屍河狗威の胸倉を掴んで前後に揺らした。

彼女が怒りを覚えているのは、術師同士の戦闘…に関してでは無かった。


「貴様ァ!寄り道するなと言ったではないか!!何故、風俗街にやって来ているッ!!」


「えぇ?」


阿散花天吏は怒る所が違うのではないのかと思った。


「ちょ、ちょいッ、たんま、紫藍ちゃん、俺、襲われてさッ」


「貴様が寄り道しなければ襲われなかったと考えないのか、バカイヌめッ!!」


確かにその様な考えもまた出来る。

しかし、それにしては、怒りを露わにし過ぎでは無いのだろうか、と阿散花天吏は思った。


「私を抱いておいて、それ以外に手を付けるなど言語道断ッ」


「(…ははぁ)」


成程、と阿散花天吏は納得した。

彼女の怒りの根源は即ち嫉妬。

嫉妬をしていると言う事は、それはつまる話。


「(この最低な男に惚れていると言う事ですか、彼女は)」


その様に解釈をした。

ならば、と阿散花天吏はゆっくりと立ち上がる。


「こほん」


咳払いをして、注目を集める。

視線を向ける二人、彼女は微笑を浮かべて二人に近付く。


「お初にお目にかかります、阿散花天吏と申します、丁度、妃龍院家に当主を殺された、その娘です」


軽い自己紹介を行うと同時。

彼女は足が縺れた。

元々、下半身が虚弱である彼女は、杖が無ければ歩く事すらままならない。

その状態で、阿散花天吏は前のめりで倒れかけた時。


「あぶね」


そう言って、阿散花天吏を抱き留める屍河狗威。

彼の咄嗟の行動に、嶺妃紫藍は唖然として見ている。


「(ふふ…妬いてますね、貴方がたに一族は滅ぼされた恨み、この程度で掻き消えるワケではありませんが…なんとも小気味が良い)」


様々な鬱憤が溜まりつつある彼女は、これを以て憂さ晴らしをしていた。


「妃龍院家に敗けた弱者の癖に…ッ」


歯噛みする彼女の顔を、屍河狗威は見た。

あまり見た事の無い嫉妬の表情に喜々として言う。


「え、うっそ、まさか紫藍ちゃん嫉妬してんの?いやマジか、そんなに俺の事が好きだったのか、じゃあ今晩夜這いしに行って良ヴぁげッ」


彼女の怒りの鉄拳が、再び屍河狗威の顔面を突いた。


彼女の視線が、屍河狗威から、拘束されている男の方に向けられた。


「これが、貴様を攻撃しに来た輩か」


嶺妃紫藍が創痍修略摩を見ながら言う。

彼は拘束されていて、身動きが取れない状態だった。

流力を流し込めば、拘束している道具が反応し、流力を吸収して手足の拘束を強める効果を持つ。

なので、実質的に創痍修略摩は逃げる事が出来ない状況だった。


「…」


彼は長い前髪の隙間から彼らを見ていた。

特に抵抗する様子も無く、従順にしている様子が見て取れる。


「取り敢えず、私の屋敷へと連れていく、其処で尋問なりやらせてもらおう」


彼女の言葉に反応する阿散花天吏。


「あら、元・私の屋敷へ連れていくのですね」


嶺妃紫藍は眉を顰める。

そして彼女の近くに居る屍河狗威に言う。


「イヌ、貴様の所有物だろ、黙らせろ」


苛立ちを覚えた彼女は、多少、彼女を懲らしめる様に屍河狗威に命令をすると、彼は喜々として敬礼をしながら了承の言葉を口にした。


「ウィッス」


彼女の体を弄り出す屍河狗威。

指先が毛虫の様に這い、彼女の体を玩ぶ。


「ちょ、こ、こんな場所で、弁えて下さいっ、聞いてるんですかっ、ゃんっ」


嶺妃紫藍に付いてきた従士たちが、創痍修略摩を連れていく。


「…取り合えず、私はこれからこの男の尋問を行う」


「あぁ…分かった、引っ越し早々、大変な事になっちまったなぁ…」


屍河狗威は他人事の様に言う。

それに対して彼女は反感を覚えた。


「貴様も手伝うのだぞ、私は一日中、この男と付きっ切りになるからな、貴様が指揮をして、引っ越し作業を終わらせろ」


面倒臭そうな表情をする屍河狗威。

その表情を見て叱咤しようとした嶺妃紫藍だったが。


「ん?一日中?…と言う事は…つまり」


ぶつぶつと、独り言を口にする屍河狗威。

厭らしい笑みを浮かべた末に、彼は親指を立てて頷いた。


「おうけい、おういえいッ!この俺に任せて、尋問たっぷりやっちゃいなよッ!」


嬉しそうに屍河狗威は言った。

途端の心変わりに、嶺妃紫藍は嫌な予感を覚えた。


「…本当に、引っ越し作業をやるのか?」


「勿論、心を入れ替えました、マジでやるんで、任せちゃって下さいっ!」


断言をする屍河狗威。

彼女は、この男が何を考えているのか凡その予想を浮かべる。


「…私が居ないからと言って、手を抜くのは許さんからな?」


「いや、手は抜かないんで、マジっす、マジ」


その様な会話をしている二人の合間。

水気が滴る様な音を鳴らしながら、眼から涙を流して阿散花天吏は言う。


「い、いいから、こ、こちらの、手、手を抜いて、下さいッ」


軽く痙攣をしながら彼女はそう言うのだった。




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