時と空
「大蚤さんッ!!」
創痍修略摩が叫んだ。
直後、大蚤麓山は、地面へと倒れた。
体中に打撃の痕を打ち込まれ、首が百八十度曲がった状態で、既に大蚤麓山は絶命していたのだ。
「(な、何が起こった、いや、何をした!?)」
「(何も見えなかった、その事実だけがはっきりと分かるだけだった!!)」
彼らの困惑をしている顔を見て、屍河狗威は笑う。
「そんなに驚くなよ、俺の術理は案外、単純なものなんだからよ」
彼の言葉に他の術師は苛立ちを覚えた。
「(それが分かれば苦労はしないッ!!)」
「(術理を解明するまで、責め続ける他無いッ!)」
他の術師達が屍河狗威に術式を使役する。
百々露木錆坐の砂鉄術理は、大地に流力を流し込む事で砂鉄に染み込ませ、自らの武器として使役する事が出来る能力である。
「(鉄棘ッ)」
砂鉄を操作して、鞭の様に振るい、屍河狗威に攻撃を行う。
その攻撃が触れる寸前に、屍河狗威の姿が消える。
そして、再び出現した時、角威門尾の前に出た。
屍河狗威の姿を認識した角威門尾は、腕を十字にして組むと同時に潤滑術理を使役して潤滑液を大量分泌した。
「(物理攻撃ならば、刃すらも滑らす潤滑液ッ、これで奴の攻撃時の原理を見てやるッ!!)」
大蓑麓山を斃した時の様な複数の打撃痕。
それが分かれば、相手が物理攻撃に特化した術理であると推測したのだが。
「触んねぇよ、ばっちい」
手と手を伸ばす。
まるでモノを腕で測る様に大きく広げる。
一瞬、角威門尾は何をしているのか分からなかったが。
「おらよ、くらっちまいな」
そう言い放つと共に。
角威門尾の口先に熱の様な痛みを感じた。
直後、全身が沸騰し出して、血が毛穴と言う毛穴から噴出すると、熱を得た状態で角威門尾は斃れる。
「くそっ!!」
冠高刑落が鎔笵術理・鋳を使役。
見えない壁を使い彼の肉体を閉じ込めようとした。
だが、見えない壁は、彼の周辺を包み込む様に流れる流力によって止められる。
「(なんだ、奴にも、見えない力がッ!?)」
冠高刑落の方を見て、屍河狗威は手招きをする。
「お前か?俺の動きを拘束する奴は…ちょっとこっち来いよ」
「(誰が行くものかッ!)ぐヴぇあッ!ッッ?!」
冠高刑落の目の前に屍河狗威が出現した。
同時に、彼の腹部に向けて、彼の腕が深く突き刺さる。
「い、どう…ッ?」
屍河狗威の高速移動。
これによって冠高刑落は絶命を迎えようとしていた。
「ま、さか…おま、え」
冠高刑落は、想定していた事を口に出そうとした。
「悪いが、遺言は受け付けてねぇんだ、野郎の言う事なんざ、すぐに忘れちまうからよ」
拳を握り締めて、顔面を叩き潰そうとした時。
冠高刑落の背中に向けて針が飛んだ。
その針が、冠高刑落の背中に縫い付くと、針の尻から伸びる糸が、彼を引っ張った。
縫合術理を使役する、仮染貂豹による術理であり、膂力を使って死に掛けの冠高刑落を引っ張ると、勢い良く彼の身体が仮染貂豹の方へと飛んでいく。
体を抱き留めて、仮染貂豹は冠高刑落の顔を見た。
死に掛けの男だが、何かを伝えようと必死だった。
痛みに耐えながら、冠高刑落は、仮染貂豹に告げる。
それは、屍河狗威の能力、その正体を掴んだと言う内容だった。
彼らは事前に、屍河狗威の事を調べ尽くしていた。
悪逆非道な幽刻一族を単騎で滅ぼした末に術師として能力を発現させた。
これにより、屍河狗威は術師としての道を歩む事になった。
幽刻一族。
今では既に根絶やしにされたが。
それでも、悪行と共に彼らの能力すらも聞かされている。
曰く、幽刻一族は時間を操る事が出来る能力者の集いであると言う事だ。
自分の肉体の時間を操作したり、時間制限を設ける事で、その分の恩恵を得ると言ったものが大半。
それらを相手に、幽刻一族を討伐した事で、屍河狗威は時間を操作する能力を宿した可能性がある。
もしも、幽刻一族の異能をその身に宿したとした場合。
強力な能力を、その身に宿していると言う事だ。
「(想定される能力は、時速術理や、時限術理と言った能力だと思っていた)」
討ち死にした術師の情報を当て嵌める。
確かに、彼の行動に対して説明出来る事がある。
先ず最初に、術式を使用する宣言と共に大蚤麓山の殺害。
この時、一瞬にして十数発の打撃痕が叩き込まれた末に首を折り曲げた。
これは、時速術理としての能力に似通っている。
予め時速を設定する事で、肉体を加速させる能力。
しかし、それだけの能力であるのならば、他の現象が説明が付かない。
角威門尾の殺害時には、熱を発生する様な能力を発動させた。
もしも時速術理ならば、何を加速させて体内を沸騰させる事が出来たのか。
それに、冠高刑落も同じだ。
彼は一歩も動かず、屍河狗威の前へと出現した。
時間に関する能力ならば、瞬間移動などあり得るのだろうか?
有り得る可能性はある、だが、能力の原理は共通している。
肉体を加速させる、熱を操る、相手を移動させる。
それらの可能性を考えた結果、死に際で冠高刑落は一つの結論に至る。
「(肉体加速、体内沸騰…時間に関連するもの…相対性理論、いや…まさか…であれば、ならッ)」
冠高刑落はようやく理解した。
仮説が本当であるのならば、屍河狗威は正しく最強だろう。
この能力を相手にどうやって戦闘をする事が出来るのかすら分からない。
しかし、これを伝えなければならない。
彼らの目的は、屍河狗威の能力を看破する事である。
この情報を、仮染豹貂に告げる。
「奴…の、術は、…」
能力を伝えられた仮染豹貂。
彼は驚いたが喉を鳴らして、相手を見据える。
既に、冠高刑落は死んでしまった。
死に絶えた冠高刑落を抱き留めたまま、仮染貂豹は縫合術理を使役。
口の奥から針糸を伸ばすと、周囲に居る術師達に向けて伸ばす。
彼らの耳に接続された針糸、其処から、仮染貂豹は喉を震わせる。
声の振動はさながら糸電話の様に振動していき、秘密の情報を彼らに伝えた。
「馬鹿なッ!」
「しかし…それが本当ならば…」
彼らは、屍河狗威を見た。
この男の能力を理解し、恐怖を覚えている様に見えた。
「何を遊んでんだよ…俺と遊ぶのはつまんねぇのか?」
哀しそうに屍河狗威は言いながら詰め寄る。
「クソッ!!」
先に動いたのは百々露木錆坐。
彼は砂鉄の鞭を振るい屍河狗威に向けて放つ。
その一撃を、屍河狗威は姿を消すと共に、即座に百々露木錆坐の近くへ移動した末に、拳を顔面に向けて振るう。
当たれば死は確実の一撃を、百々露木錆坐は砂鉄の鞭を変形させて盾の様にした。
砂鉄の楯は衝撃を吸収していき、屍河狗威の攻撃を散らす。
「(一撃、止めたッ、だがッ!)」
その場から離れようとする。
しかし、その動きに勘付いた屍河狗威は拳を作ると共に、流力を放出させて砂鉄の楯に一撃を入れる。
砂鉄の楯はそれでも壊れない、だが、彼の流力は釘の様に細く鋭くなっていて、砂鉄の楯を貫通して百々露木錆坐の肉体に突き刺さった。
「(な、こ、これ、はッ)」
楔。
それを打ち込まれた百々露木錆坐。
流力で作られる楔は、本来は自らの流力を対象に反映させる為の流力の源である。
これを打ち込まれた所で、精々、その肉体に術師の異能が持続的に流し込まれる。
だが、それで十分過ぎる。
百々露木錆坐の動作と意識は次第に鈍くなった。
「(ま ず、 衝撃、意識、がッ)」
考える間すら与えず。
屍河狗威は百々露木錆坐の顔面を握り潰す。
「クソッ!!」
仮染貂豹が舌打ちをする。
この化物は、現状、彼らの手札では制する事は出来ない。
「逃げるぞッ、略摩ッ!!」
仮染貂豹が叫んだ。
しかし、創痍修略摩は動けない。
「まだ確証がない、決定的なものが無ければ…撤退はッ」
創痍修略摩、仮染貂豹は、彼を見た。
屍河狗威、では無い。
更にその奥に居る男。
屍河狗威によって脚部の片方を壊された、竹縄切義善である。
片足で跳躍し、隙を突いて攻撃をしようとしたのだ。
一撃を込めた蹴爪術理による蹴りを彼に与えようとするが。
「気が付かないワケねえだろうが」
呟くと同時。
屍河狗威は振り向くと共に彼の足を掴むと、流力を発生させる。
肉体が次第に煮え滾り、毛穴と言う毛穴から熱した血液が噴出する。
「義善さんッ!(七人居た術師が、後、二人ッ)」
「(…断言はできない、だが、そうであれば、一応の説明はつく)」
宇宙。
空気の無い空間。
人間が宇宙空間に放り出されれば。
肉体に流れる血液が沸騰し、死に至る。
空間を移動した様に眼に移った。
楔を打ち込まれた事による肉体動作の鈍重化。
其処から推測するに、屍河狗威の術理の名称、それは。
「「(時空術理)」」
時間と空間を支配し操作する事が出来る能力であると、二人は断定する。
確証が取れた創痍修略摩と仮染貂豹。
即座にこの場からの離脱を考えるが。
「(出来るのか?…この化物を前に逃げる事なんて)」
両者共に、逃走に特化した術理では無い。
誰か一人が囮になって逃げる、と言う選択も出来る。
だが、二人はまだ若い。
自分の命を賭してまで、片方を逃がすと言う覚悟が出来ない。
「(俺達はただ、奴の術理が何であるかを知れれば良かったんだッ)」
此処で死ぬつもりなど無かった。
相手を突けば、即座に術式を使役してくるだろうと思っていたが。
まさか、術理を確実に判明させた時点で二人だけに減るとは思ってもみなかった。
「(畜生、死にたくねぇ、まだ、俺は生きてぇんだッ)」
歯を食い縛りながら、仮染貂豹は、彼の顔を見る。
「(許せッ)」
そして、仮染貂豹は術理を使役した。
屍河狗威に、では無い。
仲間である筈の創痍修略摩に対してだ。
指先から放たれる針糸が生き物の様に蠢きながら、彼の脚部を地面に縫い付けたのだ。
「ッ!?貂豹!!」
創痍修略摩は逃げようとした。
しかし、足が地面に縫われていて動く事が出来ない。
一人、全力全身を以て逃走を行う仮染貂豹。
「俺は、死ぬワケには、行かないんだッ!!」
そう叫びながら、仲間を見捨てる。
一人取り残された創痍修略摩は、呆然と立ち尽くしていた。
「一人残されちまったなぁ…可哀そうに」
創痍修略摩は何も口にする事は無い。
ただ、相手を見詰め続けていた。
「…凄いな、流石は、妃龍院家の切り札、と言った所か」
諦観を抱く。
このまま、殺されてしまっても仕方が無い。
潔い心持ちを持つ創痍修略摩。
最後に彼は、自らの母親の顔を思い浮かべた。
「(あぁ…母さん、貴方の努力は、全て無駄になる…それだけが、無念で仕方が無い…、先に逝く親不孝者を許して下さい)」
母親に対して詫びの言葉を呟くと共に。
屍河狗威は彼の顔面を掴んだ末に、流力を放出。
衝撃が発生し、創痍修略摩の意識を一撃で刈り取った。
倒れ込む創痍修略摩。
屍河狗威は一人で逃げた仮染貂豹を追う事もせずに、足の縫い目を無理矢理引き千切って彼を抱え込んだ。
向かった先は駐車場近く。
遠くで戦闘を見続けていた阿散花天吏の元へと移動すると、彼はサングラスを掛け直す。
「あー…どっと、疲れたわ、なんなんコイツら?」
屍河狗威は不満を口にしながら創痍修略摩を見る。
阿散花天吏は絶句していた。
「(悔しいけれど、この男は強い…けれど、まさかこれ程まで…しかも、あの術理は、時空術理…)」
先程の戦闘を観戦し、彼女もまた、屍河狗威の能力をその様に断定していた。
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