お引越し


「妾を抱かずに…他の女と楽しくやっているらしい…若い方がやはり心が滾ると言うものかえ?」


若さが劣りであると妃龍院憂媚は思っていた。

それが原因ではないと、屍河狗威は首を左右に振る。


「いえ、ち、違いますけど」


古参たちは青筋を浮かべている。

ただでさえ外部からやって来た屍河狗威と言う存在。


「(何故これ程までに、憂媚様はこの餓鬼を気に入っているのだ!?)」


屍河狗威の待遇に納得がいかないらしい。

妃龍院夜久光は、これ以上、妃龍院憂媚に発言を許せば、内容の三分の二が屍河狗威に対する愚痴になりそうだったので、会話に遮り、子が親に諭す口調で告げる。


「母様…まだ会議の途中ですので、私情はまたにして下さい」


「…まあ、ともかく。一応は幹部を倒した。功績を認め、何が欲しい?」


咳払いをして話を戻す。

屍河狗威は褒美は何が欲しいかと聞かれて考える。


「あー…そうっすね。じゃあ…生意気な女が居ましてねぇ」


生意気な女。

それを聞いて、嶺妃紫藍は屍河狗威に顔を向ける。


「(おい、まさかお前…)」


「阿散花天吏とか言う女、そいつを個人的に貰い受けたいと思います」


阿散花一族の娘。

阿散花天吏を欲すると、屍河狗威は告げるのだった。


「ならぬ、却下よ、却下ッ」


屍河狗威の願いに対して妃龍院憂媚はそう告げる。


「駄目っすかぁ?」


屍河狗威の女が一人欲しいと言う願いに対して肯定する事が出来ない様子だ。

着物姿の妃龍院憂媚は両手で自らの下乳を支えるような仕草をする。


「素直に妾を選べば良いだろうに、ほれ、ほうれ」


豊満な胸を上下に揺らして誘惑つる。

それはさながら求愛行動のようだった。

妃龍院憂媚の行動に男の連中は誰もが目を丸くして妃龍院憂媚の胸を見ていた。


「おっほ…たまらん…とと」「ぐ…うおっほんッ」「ふぅ、暑い暑い…」


そして数秒程で我に返り、咳払いをしたり自らの襟を正したりして彼女から視線を逸らす。


「いや、何も、俺は欲の為にあの女が欲しいと言っているワケじゃないっすよ…あいつの能力があれば、俺もより強くなれる、そう、強化の為に、全ては、この家の為にッ」


己が強くなる為に、流力を向上させる為には彼女が必要だと屍河狗威は言う。

全ては妃龍院一族の栄光の為に。

屍河狗威のセリフは何とも信用出来ない。


「む、うっ…妃龍院一族の為、…それはつまりは妾の為…であれば、仕方なし?か?…ならば、許そう」


しかし妃龍院憂媚は揺れそうになっていた。

屍河狗威は妃龍院憂媚に向けて曇りなき眼で見詰める。


「…ッ母様?まさか、許諾するのですか?!」


嶺妃紫藍が話に割って入る。

屍河狗威と女性を二人きりにしてしまえばそのまま性行為が勃発してしまうだろう。


「奴の性欲は凄まじいッ、飯も食わずに眠りもせずにただ腰を振り続ける様な男ですよ!?そんな奴に女を与えてしまえば、どうなるか、お分かりでしょう?!」


勉学も合戦すら疎かになってしまうと嶺妃紫藍が主張する。

ならばどうするか。


「では…代替案を出せ、言っておくが、一度、妾が言った以上、撤回はせぬぞ?」


一度、妃龍院憂媚が申した事を無碍にする事など恐れ多い事だ。

ならば、と嶺妃紫藍は代替案を出す。


「ならば、私が、嶺妃の領地内で、屋敷で、その男を見張ります。これならば、母様の言葉も撤回しなくても良い」


「はあ?…はああ?!」


その代替案とは屍河狗威を嶺妃紫藍の家に住まわせるというものだった。


自分が屍河狗威の監視役となることで屍河狗威の自堕落な生活すらも治す事が出来るし、女性に対して非道な真似もするわけにはいかなくなる。


「ふむ…それならば、良いであろうな、そうしよう」


妃龍院憂媚が決定する。


「マジかよ…えぇ、マジぃ?」


屍河狗威が嫌そうな表情を浮かべていた。

自分は何よりも自由である方がいいのだ。

誰かに監視されながら生きていくなど、想像すらしたくないらしい。


「二人きりで、捏ね繰り合うくらいならば、紫藍の傍に置く方がマシよな」


屍河狗威と阿散花天吏が一緒になるくらいならば、嶺妃紫藍が監視する方が良いと、妃龍院憂媚は思った。


「あぁ…分かりましたよ…はあ」


渋る屍河狗威だったが、妃龍院憂媚が決めたのならば、それを遵守する他無かった。


「あー…折角毎晩仕込み続けようと思ったのになぁ…」


それでもぶつぶつと聞こえぬ様に呟いていた。


「ふぅ…」


嶺妃紫藍がそわそわとしながらも重苦しい息を吐いて自らの胸に手を添えていた。

成り行きで決めてしまったことではあれば屍河狗威と同居することになってしまった。

それはもはや同棲と言っても良いのではないかと思う自分に向けて両手で頬を叩く。

自惚れるなと言いながら彼女は必死になって呼吸を整える。


「さあ…私の屋敷に向けて、荷物を纏めて置くか」


数日後。

本日から嶺妃紫藍が阿散花家の領土で暮らす事になる。

彼女の家から阿散花家に向けて荷物や家具を移す作業に移る。


不満は無いが、彼女が通う学校よりも少し遠くなってしまう。

まあ、電車で通うことが出来るので、問題があるとすれば、登校時間が早くなるくらいだろう。


「なんで…俺まで…」


屍河狗威はぶつぶつ言いながらトラックに荷物を入れていく。

今回、屍河狗威も共に同棲することになったので、その手伝いとして駆り出されていた。


「家に住む以上は手伝わなければならないのは当然の事だろうが…ほら、早く荷物を運べ、後でお前の家の荷物を運ぶのだからな」


文句を口にする屍河狗威に文句を言いながら彼女も自らの力を流し込んで身体能力を向上させるとタンスを持ち上げる。

汗水流しながら働く彼女を尻目に、屍河狗威は面白いものが無いか探していた。

そして、家具とは違い、段ボールが積まれているので、屍河狗威は何か無いか探す。

段ボールを開いて、その布地を取り出した。


「おおッ…これはッ」


持ち上げて確認する。

それは、嶺妃紫藍の下着だった。

それも、その下着は初めて屍河狗威と体を交えた時の黒色の下着だった。

屍河狗威はその下着を見て感慨深く思いながら彼女との情熱的な夜を思い浮かべる。


「(懐かしいな…嶺妃の奴、初めて凄く泣いてたっけ…)」


記憶を巡らせる屍河狗威の回想に対して長くは続かなかった。

最後から寄ってきた嶺妃紫藍が屍河狗威の後頭部を殴った。


「勝手に開けるなッ!馬鹿者ッ!!」


鈍い音が響いて屍河狗威は後頭部を抑える。


「いってぇ!!…なんだよ、急に!!」


「なんだよ、ではないッ!!急に私の下着を引っ張り出して、何を考えているんだこの変態!!」


嶺妃紫藍は屍河狗威が握っていた下着を即刻回収する。

嶺妃紫藍は恥ずかしそうに顔を赤らめながら下着をダンボールの中へと戻す。


「なにって…お前との初めての夜を…」


屍河狗威はあの下着を見て二人の思い出を語る。


「私の下着で思いを馳せるなッ!!働けッ!!」


全然ロマンチックとは思わない為に屍河狗威の尻を蹴ってさっさと働くように急かした。


渋々、彼は動き出した。

早く面倒なことを終わらせてしまおうと考えての事だった。


「ふぅ…これで、私の荷物は全部だな、良し、行っても良いぞ」


嶺妃紫藍は従士が運転するトラックを叩く。

すると、トラックは前進していき、嶺妃紫藍と屍河狗威を残して屋敷へと向かっていく。


「あー…疲れた、なあ、メシでも食おうぜ?」


「馬鹿を言うな、それではスケジュールがズレる。さっさとお前の家に向かい荷物を片付けるのが先決だ」


屍河狗威と嶺妃紫藍はもう一つのトラックの方に乗り込んだ。

従士がトラックを動かして屍河狗威の家へと向かおうとしていたが。


時間が経過していくと、死刑を待ち受ける囚人の様に気分が重くなっている男が居た。


「はー…なんかな、嫌だなぁ…」


屍河狗威である。

なんともどうにも、乗り気ではないらしい。

せっかく広い家に住むことが出来るのに、だ。

同居人がいるとしてもそれを考慮しても、一人部屋が出来る。

アパート暮らしの屍河狗威では、隣の人間に考慮して大きく騒ぐ事が出来ないが、嶺妃家ならばその心配も無いのだ。


「ぜってー…怒られる、マジで…」


ぶつぶつと念仏を唱えるかのように屍河狗威は独り言を口にしていた。


「…?なにをゴチャゴチャと言っているのだ、貴様は」


そんな屍河狗威の呟きを無視しながら嶺妃紫藍は屍河狗威の家へと向かっていく。

十数分程、時間を掛けて移動を終える。


「到着したぞ」


アパートへと到達する。

そして屍河狗威の部屋に入ろうとして嶺妃紫藍は鍵をよこせと屍河狗威に言うが。


「鍵?…あぁ、無い」


彼女は首をかしげた。


「無い筈が無いだろ、お前、外出する時に無いと困るだろ」


「無くしたんだよ、家に入っても、どうせ取られるものなんて無いし…」


屍河狗威はドアノブを捩じる。

そして扉が開いた、なんとも、杜撰な性格だった。


嶺妃紫藍は部屋の中に入る。

そして、顔を歪ませた。


「なんだ、これは」


部屋の中には死体でも放置しているのかと思える程に腐臭が鼻を突く。

屍河狗威の六畳一間の部屋は汚れていた。

畳の上にはジュースや酒が溢れた状態で放置していた為か、畳は変色していて、部屋の隅には弁当箱の箱が投げ捨てられている。

ゴミ箱にはたくさんのティッシュの山。

服はその辺に投げ捨てられていて、比較的綺麗な服だけは、ハンガーを掛けて退避している。


「っ」


何処をどう見ても、どんな優しい言葉を使ったとしても、それは汚部屋という他無かった。

わなわなと、嶺妃紫藍は体を震わせる。


「貴様…引っ越しするから部屋を片付けて置けと…あれほど…あれッ程ッ…ッ!」


百年の恋も冷めてしまうほどの惨状。

怒りの頂点に達した彼女を見て狼狽える。


「いや、色々忙しくて、ほら、俺って多忙な身だから…いや、片づけようとしなかったワケじゃないんだ。ちゃんと掃除代行も頼もうとしたけど、忘れててさ、ははッ」


ごちゃごちゃと御託を抜かす屍河狗威の胸ぐらを掴んで嶺妃紫藍は屍河狗威に対して罵声を浴びせる。


「黙れゴミイヌ!、口を閉ざして掃除をしろ、いいか、掃除を、しろッ!」


それは屍河狗威に対しての最後通告のようにも聴こえた。


「はいッ」


この時ばかりは屍河狗威も大人しく首を縦に頷く他なかった。



マスクがないので真っ白なタオルで口元を覆う。

箒もアパートの住人から借りて使う事にした。

早速掃除の始まりである。


「ほら、イヌ、お前はゴミを回収しろ」


屍河狗威はゴミ袋を持って色々なゴミを回収していく。


「おい、何でもかんでも燃えるゴミと一緒にするなッ!分別をしろ!!」


屍河狗威のずさんなゴミ入れに対して嶺妃紫藍はそのように声を荒げる。


「いや、考えてみろよ、どれもこれも火を点けたら燃えちまいそうだ…つまりは、燃えるゴミじゃねぇの?」


それに対して屍河狗威はどちらにしろ全部燃えるものだから燃えるゴミに入れてもいいだろうと言っている。


「お前はゴミ出しも知らないのか…はぁ、いいから分別をしろ、ご近所の皆さま方が迷惑するだろう」


屍河狗威の投げやりな感じに嶺妃紫藍は苛立ちながらも淡々と掃除を始める。

屍河狗威の衣服をかごの中に入れてそれを屍河狗威に渡す。


「ほら、これはお前の衣類だ。これを洗濯してこい」


近くのコインランドリーで洗って来いと命令して、屍河狗威は面倒くさそうに二つ返事をする。


「へいへい…」


そして屍河狗威をゴミ部屋から一時的に避難させると改めて嶺妃紫藍は掃除を始め出す。

ゴミ部屋の中央付近には屍河狗威の使っている布団があれば干していないために綿の抜かれた座布団のように平べったくなっていた。


「はあ…全く、ろくでなしめが」


悪態を吐きながらも、掃除をし続ける。

なんだかんだ、好感度が高く無ければ、出来ない事だった。


「これで良し、と」


ゴミの分別をしてようやく一通り掃除が終わりそうだった時。

嶺妃紫藍は押入れを開ける。

すると押入れからたくさんの書物とビデオが出てきた。


「くっ、あ、あの…ろくでなしめ、がッ」


彼女が掃除したテリトリーに屍河狗威の私物が雪崩れ込んだ。

振り出しに戻ったかのような疲弊感が体中を包み込む。

とりあえずいらないものは全部捨ててしまおうと屍河狗威の荷物を捨てようと本を手にとった時。


「…?!な、あっ、これはッ!」


彼女は赤面した。

屍河狗威が押し入れに隠していたのはアダルトビデオやエロ本の類だった。

しかもただのエロ本やアダルトビデオではない。

現在ではスマートフォンなどが普及され始めて性に対する情報もネット経由で閲覧が可能となった。

しかしそのネットの情報でも限りは存在し廃盤になったアダルトビデオや発行されなくなったエロ本などがネット上にアップされる事なく廃棄物として処理されている。

屍河狗威はもう手に入らない年代モノのエロ本やアダルトビデオを古本屋やマニアからちまちまと回収しては押入れの中で大切に保管していたのだ。

屍河狗威のお宝品の中にはハードなプレイをしている内容物もあった。




「何を、考えているんだあの馬鹿はっ、こんな破廉恥なものばかり溜め込んで…」


雪崩のように転がり落ちてきたエロ本の一冊が無造作に開かれて、嶺妃紫藍はそのエロ本の中身を目で追ってしまった。

エロ本の内容を凝視してそしてふと手に取ってしまう。


「う…」


その写真に写る女優の恍惚に歪んだ表情を見てつい生唾を飲み込んでしまう。

自分もこんなキツめなプレイをしてみて声を張り上げてみたいと、心の内でそう思ってしまった。

その瞬間であった。


「あー疲れた」


屍河狗威が帰宅する。

その手には洗濯物のカゴが握り締められていて、中身には洗濯されていない衣類が残ったままだ。


「うわあッ?!」


屍河狗威に向けて彼女は屍河狗威の所持しているエロ本を顔面に向けて投げつけた。


「うげあッ!?」


顔面にエロ本がぶつかり、屍河狗威は倒れる。


「わ、あっ、な、なんだ、貴様は、衣類を洗っていたんじゃッ!?」


ひっくり返った状態で、屍河狗威は額を抑えながら言った。


「ぐ、ぐぐッ…い、いや、金、無かったから、小銭、貰おうと思って…」


だから、コインランドリーに行って帰って来るまでが早かったらしい。

心臓に悪いと、嶺妃紫藍は息を整えつつあった。


「ようやく終わったな…」


一息吐く嶺妃紫藍は、屍河狗威に向けて言った。


「うお、俺の部屋ってこんなに広かったのか…」


ゴミを出して、綺麗になった部屋を見ながら、屍河狗威は感服していた。

しかし、部屋中に汚れや傷跡があるので、これはかなり修繕費を請求されるだろうと推測される。


「さて…そろそろ行くか」


「え?少し休もうぜ、喉乾いた」


屍河狗威は舌先を出して咽喉が乾いたと言うが、嶺妃紫藍は首を縦には振らない。


「時間が押している、本来ならば一時間で終える筈が三時間も掛かっているんだぞ、休みは返上で働く他無い、ほら、早くトラックに乗れ」


「働き詰めは良く無いと思うぜ?」


屍河狗威はそう嶺妃紫藍に言うが。


「誰のせいで時間が押していると思っている?」


時間が予定よりも遅れている元凶は、屍河狗威のせいだった。


四の五の言わずに屍河狗威を連れてアパートから出ていく。

家主に挨拶をしてアパートを引き払い、屍河狗威の荷物を載せたトラックが阿散花一族の宗家へと向かっていく。


「長い時間を掛けたな…」


それもこれも屍河狗威の部屋が汚かったせいである。

しかし荷物運びとして手伝いに来ていた召使いたちが荷物の荷解きをしている。


「遅かったな」


丁度、妃龍院夜久光もやって来ていて、引っ越し作業の手伝いをしていたらしく、案外予定よりも早く終わりそうだった。

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