終戦

「ふぃー…いやー、えがったぁ」


屍河狗威は、空を仰ぎながらそう言った。

コトを終えたと同時、妃龍院夜久光とその部下が戻る。

その手には、紫色の風呂敷で包まれていて、底から血が流れている。


「お、兄さん。お疲れっす」


屍河狗威は妃龍院夜久光の方を向いて頭を下げる。

今回の大金星は妃龍院夜久光だ。その手には、当主の首を持っていた。


「狗威、…」


妃龍院夜久光は周囲を見回す。

酷い惨状を受けている少女を見て、即座に屍河狗威がしたと感じた。

握り拳を固めると共に、妃龍院夜久光は屍河狗威を殴ろうとしたが、止める。


「…いや、ご苦労だ」


未だ心の内では、妃龍院夜久光は人の心を捨て切れずに居るのだろうか。

残虐の限りを尽くす屍河狗威を非難すれば、それは術師として未熟と言う事を指す。


「…」


屍河狗威は、妃龍院夜久光の葛藤を見て、少し表情を歪ませた。


「殴りたきゃ、殴っても良いすよ。己の心の正しさを貫くのは、己しか出来ないんですから」


妃龍院夜久光は周囲に寝転ぶ、妃龍院一族の兵士たちに目配せをする。


「必要無い…。お前のやり方に、口は出さない」


兵士たちが、息のある兵士たちを並ばせる。

アンモニア臭が鼻を突く、妃龍院夜久光は自らの衣服を脱いで、気絶している彼女の体を覆う様に衣服を掛ける。


「おい、解毒の薬、あるだろ?それか作れ、今ここで」


容赦なく、阿散花天吏に向けて言うと、彼女は体をビクつかせながら口を開く。

咥内に溜められた唾液には流力が分泌され、その唾液から甘い匂いがして来た。


「良し…早速」


彼女の口に布を詰め込ませて唾液を浸透させる。

それを持っていき、毒によって動けない者に口から流し込む。


暫くして嶺妃紫藍は体をゆっくりと起こす。

どうやら解毒が効いてきたらしい。

疲弊しながらも、嶺妃紫藍は屍河狗威の方へ寄る。


「…貴様は嫌がる真似はしないのでは無いのか?」


「ん?あぁ、味方にはしない。けど、敵は別だ。全員殺して、犯して、二度と歯向かえない様に徹底的に、骨の髄に染み込ませる、脳髄に記憶させる、精神に訴えて、心に刻み付ける、それが俺のやり方だよ」


屍河狗威の言葉に、嶺妃紫藍は手を伸ばす。

そして、屍河狗威を叩いた。


「お前の言い分は正しい、だが、やり方が気に喰わん」


嶺妃紫藍は屍河狗威を見詰めながら、告げる。


「お前の実力は本物だ、ならば実力で示せ。欲で支配するなど邪道に過ぎる」


嶺妃紫藍はまっすぐだ。

屍河狗威は真剣に彼女の顔を見ている。


「それでも、欲に溺れそうになったら、私が体を貸してやる」


その言葉に、屍河狗威は笑った。


「いや…紫藍ちゃんさぁ、自分で自分の価値下げてるよ、それ?」


「そうか、ならば下がらせない様に己の価値を高めろ、良いな?」


屍河狗威は踵を返す。


「いや、約束は出来ないね。ムカつく奴が居たら、欲の限りを尽くして犯し尽くす」


嶺妃紫藍は、もう一発平手が必要かと、手を開くが。

屍河狗威は後ろを振り向いた。


「でも、善処はするよ、紫藍ちゃんに、其処まで言われたらね」


そう言った。


嶺妃紫藍は、開いた手を、緩める…どころか、そのまま屍河狗威の頬を叩く。


「いったッ!な、なんだよ、いい具合の落とし所だったろッ!?」


「知るか、根性を直せ、イヌめが…あぁ、あとそれと」


ついでに言う様に。


「助かった…感謝する」


嶺妃紫藍は、屍河狗威に言う。

その言葉を受けて、屍河狗威は再び笑うと。


「それって今夜抱いても良いって言う合図?」


何時もの様に軽口を叩く。

先程までの鬼気迫る悪鬼の如き表情は掻き消えていた。

表情を見て彼女も安堵を浮かべると共に屍河狗威に言った。


「そんなワケあるか」


嶺妃紫藍は解毒が染み着いた布を自らの兵士に飲ませる。

解毒が効いたのか、多少の行動が可能となる。

屍河狗威が暴れた事で重傷を負った男子生徒たちは、暴れぬ様に妃龍院一族の兵士に監視させながら移動、領土と領土の隙間にある妃龍院一族の捕虜収容所へと送られる。

阿散花一族の領土、及び宗家の屋敷は妃龍院一族の領土となる。


他の家系が攻め込み、漁夫の利を狙わぬ様に、電話にて妃龍院憂媚に報告をした後、妃龍院一族から護衛を任された妃龍院家の兵士を送られる。

入れ替わりとして、屍河狗威たちが妃龍院家へと向かう事にした。

これから、阿散花一族の処遇は、当主である妃龍院憂媚が決める事になる。

全員処刑されるか、それとも兵士として雇用するかは、妃龍院憂媚の赴くままだ。

屍河狗威たちは凱旋をする。

宗家の前に車が置かれいるので、屍河狗威は車に乗り込み、妃龍院家へと戻る事にした。


「ただいま戻りました」


妃龍院家の屋敷へと戻る。

そして、嶺妃紫藍はそう言った。

もしかすれば、もう戻れないかも知れない屋敷に、再び戻ってこれた。

生きて帰れた幸福を噛み締めながら、嶺妃紫藍及び複数の兵士はこれから完全に解毒をする為に医療室へと向かう。


「俺は、この首級を母様に届ける、今夜や、明日の昼頃、母様から呼ばれるだろう…その時まで、休んでいると良い」


妃龍院夜久光の言葉に屍河狗威は頷く。


「諒解っす、兄さん」


屍河狗威は頭を下げた。

このまま、自分が住むアパートにでも移動しようかと思っていた時。


「…」


廊下で、一人の娘と出会う。

長い黒髪に、光を失った紫の瞳。

すらりと伸びた手足には、着物服で覆われている。


「お、竜胆」


屍河狗威は手を挙げて挨拶をする。

びくりと、体を震わせる少女。

妃龍院竜胆りんどう

妃龍院憂媚が産んだ童の一人。

妃龍院夜久光、嶺妃紫藍、妃龍院竜胆。

この三名が、妃龍院憂媚の子供である。

物言わぬ彼女は、男性を恐れる。


「…ッ」


屍河狗威に背を向けて逃げ出す。

それを屍河狗威は追わずに背中をずっと眺めていた。


「あー…まあ、嫌われても仕方ねぇわなぁ」


そんな事を言いながら、屍河狗威は後頭部を擦りながら彼女の過去を思い浮かべていた。


「(嫌…いやッ…)」


自室へと戻る。

彼女の心の内は恐怖に支配されていた。

男性が苦手である彼女は、男性に襲われた経験を持つ。

それも、十家に該当する術師に手籠めにされたのだ。


「(ふぅ…ふっ…)」


幽刻一族。

時間を操るとされた家系。

強大な力故に、彼らに手を出す事は憚れる程に強大な術師の群れ。

幽刻家を筆頭に、その傘下として他の十家が徒党を組む程に、その実力は明白だった。

妃龍院竜胆が幽刻一族の手によって純潔を奪われた末、当主である妃龍院憂媚は苦渋の決断として、彼女を捧げる事を決意する程に。


「んっ…う」


恐怖を和らげる為に。

彼女は布団に横になり、着物を乱した。

恐怖を和らげる為に行う行為がより一層自己嫌悪に陥れる。


「あ…」


それでも恐怖を抑える方法がそれだった。

悲しい話ではあるが、幽刻一族にされた事を、自らが行う事で、安心感を得ていた。

これをしている間は、いやらしく視線を向けながら、幽刻一族は手出しはしなかったから。


もしも、この術師による戦国の世を手段を問わず抑える事が出来るのだとすれば…それは、幽刻一族であるかも知れない。

故に、彼らの驕りは助長し、我らこそが絶対強者なのだとのさばる。

けれど…現在、幽刻一族は術家としては存在しない。

姿を晦ました訳ではない…滅ぼされたのだ。


その日、その時、まだ、術師ですら無かった、一人の男。

屍河狗威の暴走によって、幽刻一族は結果的に滅んだ。

少女を蔑み慰めものにした夜伽の宴を壊し、精神を壊し掛けた彼女を救ったのも、結果的には、屍河狗威のお蔭だろう。


「ふっ…ふっ…う、んん…っ」


恐らく、妃龍院竜胆にとっては忌まわしき記憶だろう。

しかし忘れる事は出来ない。

自らの体を貪られる光景よりも、彼の登場した姿を、忘れる事が出来ない。

傷だらけの体、血だらけの服、幾多の人間の頭部を叩き潰した金属バット、自身も傷ついているから、顔面は見る影も無い、それでも男は笑っていて…彼女はその笑みに救われた。

体を震わせて果てる。

膨らんだ胸が上下に動く、指先を見詰めながら、彼を思う。


「(狗威さん…いぬ、い、いぬい、さん…)」


高熱を帯びた身体が、何度も男を求めた。

屍河狗威を想うが、男性であるが故に恐怖する。

難儀な状態となっていた。

後日の昼頃。

会議が行われる。

それは、妃龍院憂媚による労いと功績を讃える場でもあった。

ある程度の損害報告と事後報告を行い、戦果と報酬を決めた後にそれとは別のご褒美を、尤も働いた人間に与える事にする。

妃龍院憂媚は、まずは妃龍院夜久光に聞く。


「夜久光、お前は何が欲しい?」


阿散花一族から得た土地や金品、それらを求めれば、妃龍院憂媚の頷き一つで取得が可能だ。

妃龍院夜久光は既に決めていたのか、咳払いを一つしたうえで語る。


「俺は…阿散花一族の兵隊を欲します、鍛え上げて兵力とします」


妃龍院夜久光は、阿散花一族の兵士を引き入れて戦力強化をしようと考えていた。

その考えに対して、妃龍院一族の古参たちが憤り唾を吐き付ける様に声を荒げた。


「阿散花一族を、だと?他の一族を加える事などあり得ん、血が穢れる」


「反対だ、それは絶対に許さん」


何もせず、妃龍院一族の屋敷の中で縮こまっていたご意見番たちの否定的な声は想定内だった。

妃龍院憂媚はそれらの声を無視して頷く。


「良い良い…それが我が子の望む事ならば、それを許そう」


妃龍院夜久光は頭を下げる。

これで、阿散花一族の兵隊の権利は妃龍院夜久光が受け持つことになった。

続いて、妃龍院憂媚は嶺妃紫藍の方に顔を向ける。

彼女にも褒美を与えようとしていた。


「紫藍、お前も、幹部を倒したと聞く、何が欲しい?」


嶺妃紫藍は少し悩んだ末。


「私は…阿散花一族の屋敷を、下さい」


妃龍院憂媚も、彼女の台詞に少し悩む。


「…それはつまり、妾らが得た領土の一角の権利をくれと?」


「はい」


立ち上がりそうな勢いで、古参のご意見番たちが嶺妃紫藍を批判する。


「分相応を弁えろ、分家の分際でッ!!」


「自分が何を言っているのか分かっているのか!?」


それらの声は当然であろう。

家をくれと言う事は、その領地の管理を任せて欲しいと言う事だ。

まだ、分家として別れた彼女が、何よりも若い新参が、古参を置いて、それを欲しいと言っている。

これは、古参たちにとっては由々しき事態だった。

しかし、悩んだ憂媚は笑みを浮かべる。


「…面白い、良いぞ、許可する。これより阿散花一族が管理する土地を紫藍にくれてやる…管理する以上は、命を懸けて守るが良い」


許諾されて、嶺妃紫藍は妃龍院憂媚に頭を下げた。


「ありがとうございます」


そして、次第に褒美を与えて、最後に、屍河狗威に顔を向ける。


「さて…最後に、可愛い狗威」


「うっす」


確実に、屍河狗威にだけ、妃龍院憂媚の対応は違っていた。

目を細くして、笑みを浮かべているが、目は笑っていない。


「お前も一応は幹部を一人倒した…いや、犯したらしいの?」


「うっす…」


詰め寄る様な声に、屍河狗威は喉を詰まらせる。

ネチネチと、妃龍院憂媚は、屍河狗威の行動に嫉妬していた。

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