阿散花戦



「ならば、私は将號だ…相手にとって不足は無いだろう?」


嶺妃紫藍は流力を消耗。

彼女の皮膚の表面から大量の泡が生まれ、シャボン玉の様に飛んでいく。


「(気泡術理)」


妃龍院一族の相伝では無い、彼女の固有の術理である。

使役後、空間に漂うシャボン玉を前にして、男も流力を放出する。


「『練糸人ねいと』」


流力を地面に流し込み、地面から現れる、木製の肌をした人形。

植物を操る一族である阿散花一族から察するに、浅木万里生の能力も植物に関連している。


「(木製の人形…見た通り、人形を作り、操る術理か)」


「(泡…シャボン玉を操る能力?なんともふざけているな)」


術師同士の戦いは少ない情報から敵の能力を看破する所から始まる。

相手の能力が理解困難であれば、それに越した事は無い。

だから、自らの術理に対して複雑にする事も戦術の一手である。

そうしてみれば、嶺妃紫藍の武器は一目見ただけでも分かり難い。

彼女の術理が武器を生み出すのか、それとも物質自体を構築するのか、武器に対して付属性はあるのか、武器自体に絡繰が存在するのか、様々な思考を生み出すのを余儀なくされる。

雑多な思考は戦闘中には大きな枷となる。


「(相手の方は人形を作り出した、これは、母様が用意した情報の中にも人形術理と呼ばれる能力を扱う術師も存在する…あの男が、そうか。

しかし…相手は堂々と術式名を口にした…余程、己の実力に自信があるのか、戦を行う己に酔う愚者か…)」


推測しながらも、前に出る事はしない。

踏み込むには勇敢さが必要だろう。

先に仕掛けて来たのは浅木万里生の方だ。

指を軽く振ると、人形が動き出して、嶺妃紫藍の方へと向かい出した。


「(相手の武器の性能を確かめる、人形によって攻撃を行い、出方を見張る、儂の人形は硬さよりも柔軟さに適した人形、流力を流さない人間と同等の耐久性を持つ、さあ、どうでる?)」


浅木万里生は相手の出方を伺う。


「(責めてくるか、好都合な事だ)」


嶺妃紫藍は流力を放出。

シャボン玉を生み出すと、彼女はそのシャボン玉を此方へ責めて来る人形に向けて放つ。


「(『泡沫うたかた』)」


人形がシャボン玉に接触。

同時、シャボン玉が破裂すると共に人形の頭部が破壊された。

シャボン玉の内部には発散性の高い流力を秘めている。

シャボン玉が割れる事で、内部に滞留する流力が炸裂し爆発するのだ。


「(成程、爆発するシャボン玉、…ならばこの周囲にあるシャボン玉も同じ性質を秘めている…ちまちま戦うのは手間だ、一気に、量を以て敵を制すべきだろう)」


浅木万里生はそう判断すると、肉体に流れる流力を一気に放出する。


「『森林木人劇団しんりんもくじんげきだん』」


その言葉と共に膨大な流力が消費される。

それによって周囲の土から多くの人形が埋葬されたゾンビの様に土から顔を出してくる。


「(儂の『人形』を無類無く出現させる術理、『森林木人劇団しんりんもくじんげきだん』…大勢を生成するが、全員に対して複雑な操作は出来ない…しかし簡単な命令により操作は可能、目の前の敵を叩けと命じるッ)」


膨大な量の流力を消費しても、浅木万里生は平然としていた。

それは、彼が阿散花一族の血筋であり、同時に眷属である為だ。

当主である術師・阿散花大樹による結界術理『吸根襲充源霊きゅうこんしゅうじゅうげんれい』は、吸収した流力を眷属に流す事も可能。

つまりは、他者から奪った流力が阿散花大樹に経由されて眷属に流し込まれている。

故に、大技を使用しても、消耗はするが流力の消費は少なくなっている。


大勢の人形を相手に、嶺妃紫藍は怯む事は無い。


「勝ち誇るな…忘れるな、私もまた、将號級の術師である事を」



指を重ねる。

将號級に該当する術式は、式神の概念を帯びる拡張術式だ。


「『水泡達磨狩魔すいほうだるまかるま』」


膨大な流力を放出する事で形成。

彼女に従属する式神の召喚を行う。


ふわふわとした半透明の泡の玉が二つ、雪ダルマの様に重なった生物が出現する。

その生物は彼女は作り上げた式神だ。

式神とは、術師の性能の底上げや、補助をする事を目的とした術式であり、彼女の流力によって産まれた式神は、まるでマスコットキャラクターであるかの様に、この戦場には似つかわしくない姿をしている。


「弾き飛ばせッ!」


叫ぶと共に、彼女の式神・水泡達磨狩魔が口を開けて吐息を漏らす。

その吐息は多くのシャボン玉となり、此方へと責めて来る人形に向かって行くと、一様に爆発した。


「(シャボン玉の生成能力を高める式神かッ!)」


浅木万里生は目を凝らす。

爆風によって視界が覆われてしまった。

その爆風を切って前進する影があった。

嶺妃紫藍であり、彼女は流力を流した手刀で、浅木万里生に突きを繰り出す。


「ぐッなんのッ!」


咄嗟。

彼女の行動に動く。

手を掴む浅木万里生。

彼女の手首を掴んだ。

嶺妃紫藍の流力は手刀の能力を挙げている。

人間の肉を簡単に裂く事が出来る程に、だ。

攻撃を許せば死んでいたかも知れない。

危ない、と浅木万里生は思った。

だが、嶺妃紫藍は指先に力を込める。


「喰らえ」


指先から流力が発射される。

生み出される気泡。

浅木万里生は唖然とした。


「(詰んでいたか、この、浅木万里生、はッ)」


そして…爆発。

頭部を吹き飛ばす威力を受ける浅木万里生。

一瞬、手首を掴む手が強くなった。

だが、すぐに緩まる。

そして、死体として転がる浅木万里生。

将の一角を、嶺妃紫藍が打ち取った。



「はぁ…はぁ…」


膝を突く。

兵隊が心配そうに近づく。


「ッ…問題ない、進めッ!者ども」


嶺妃紫藍が叫んだ。

敵は目の前にあり、討ち取るまでもうすぐだ。



「いけ、ふわふわッ」


嶺妃紫藍の命令で水泡達磨狩魔が門に向けてシャボン玉を放つと炸裂。

城門を破壊して、ようやく宗家へと妃龍院一族は侵入する事が出来た。

嶺妃紫藍は周囲を見渡した。

其処はまるで神社の様な屋敷だった。

複数の神社を統合した様なツギハギの屋敷の中心から、樹木の木の根が生えている。

恐らく其処が当主が座する本殿なのだろう。


「(周囲一帯に樹木が張り巡らされている…当主の結界が濃いッ流力が倍以上に吸われているッ)」


息を荒くしながら、嶺妃紫藍は歩き出す。

式神を維持し続ける為に流力の消耗と、結界による流力の吸収で、肉体の疲弊度が加速し続けていた。



「紫藍」


後ろから声を掛けられる。

誰かと思い振り返れば、其処には妃龍院夜久光が居た。


「兄様…合流出来ました、ね」


「狗威はまだか…ならば仕方が無い、二手に別れ、そして当主を討ち取る」


一丸となって当主を打ち取る話をしたが、その時だった。


「大勢ですね、皆さん」


白銀の髪を靡かせて、妃龍院一族に話し掛ける少女。

その両隣には、黒髪と茶髪の女子高生が立っていた。


「ッ」


「こんにちは、私は阿散花天吏です…あぁ、別に一騎打ちは望みません。全員まとめてお相手をしてあげます…尤も」


彼女の登場と共に、周囲に居る兵隊が崩れ落ちる。

まるで糸の切れた人形の様に、膝から崩れて地面に倒れ、細かく痙攣を繰り返していた。


妃龍院夜久光とその側近である二名の剣士が刀を振るい、自らに近づく脅威を切り捨てると同時、嶺妃紫藍は自らの兵隊らが倒れる様を見て、敵を睨み式神に攻撃を合わせる。


が、彼女の首筋に翅を羽搏かせる音が聞こえ、ぷすりと、首筋に痛みが走る。

それと同時に、嶺妃紫藍は倒れそうになる。

体に巡る、どろりとした意識、首筋から根を張る様に痛みが発生し、次第に鈍くなるこの感覚を、嶺妃紫藍は看破する。


「(体が、崩れ、毒…ッ、流力を回せ、とにかく、解毒、適わぬとも、巡りを、遅れ、さすッ)」


息を荒げながら、彼女は妃龍院夜久光の方へ視線を向ける。

現状無事なのは彼だけだった、万全の状態、この先へ向かう事が出来る者でもある。


「ッ…!兄様ッ!!」


嶺妃紫藍が叫ぶ。

その声に反応する妃龍院夜久光。


「此処は…私が足止めをします…、兄様は、早々に、阿散花一族の頭の首をお討り下さいッ」


自ら囮になると、嶺妃紫藍は告げる。


「…分かった、引き受けよう、紫藍」


その言葉に頷き、妃龍院夜久光は妹を信じて本殿へと走り出した。


「ふふ…」


妃龍院夜久光の疾走に対して、阿散花天吏は可哀そうにと嘲笑の表情を浮かべた。

息を荒くしながら、嶺妃紫藍は敵を通さぬ様に蛇を操る。


「何が、可笑しい?」


彼女の笑いが気に喰わないのか、嶺妃紫藍はそう聞いた。


「本殿の中は更に結界が敷かれています、入り乱れる迷宮の結界、到達する事は出来ない…時間が経過すれば、流力を吸われ過ぎて死んでしまう…最初から、お父様を討つ事は不可能なのですよ」


倒す事は出来ない。

だからこそ、彼女は無謀だと嗤っていた。


「しかし、それでも、貴方たちが攻撃して来たお蔭で、折角の備えも滅茶苦茶です。幹部も一人殺されてしまいましたし…簡単には殺しませんよ?」


「戯言だな…我々は戦う為に存在している、何れ、この日が来る事を理解していただろう…戦場で死ぬ以外に、真っ当な死に方など、選べる筈が無いと」


嶺妃紫藍は蛇を向ける。

巨大な蛇に、しかし、阿散花天吏は動じない。


「個人的に苛立っていますので…貴方は殺しません、私の玩具にして、ゆぅっくりと弄り生かしてあげます」


流力を掌から出して、阿散花天吏は毒を持つ蜂の群れを出すと共に、両隣に居る女子高生に目配せする。

指先から蔦を出す女子高生たちが、蛇を拘束する様に、大きな蔦を伸ばした。



女子高生たち二人の体が衰えていく。

皮膚の裏側にある脂肪や筋肉が吸われていく様な感覚。

段々と衰えていく反面、彼女たちの指先から伸びる蔦が段々と太くなっていく。


「(蔦が、蛇の動きをッ)」


網の様に、蔦が巨大な蛇を絡めると、身動きを封じる。

体をくねらせて捕縛から逃れようとするが、蔦から生える棘が食い込み、血を流しながら悶える。


「幾ら逃れようと必死になっても無駄ですよ?彼女たちは術師の中でも特別、私の血を混ぜた蜜を与えました。歴代の阿散花一族の、何れかの術理を開放しています」


女子高生たちは、阿散花一族の術師が所有する能力を所持していると、彼女は告げる。


「ッ」


蔦が嶺妃紫藍の元へと向かい出す。

彼女は蔦から逃れようと歩き出すが、彼女の死角から、男子生徒が現れる。


「しまッ」


体を掴まれる嶺妃紫藍。

地面に押し倒されて両手両足を掴まれて動けなくなる。


「(彼女たちの術理は対象を生け捕りにする事に最適な術理。蔦に触れた生物の力を吸収する事が出来る…まあ、本来の阿散花家の血筋ではない彼女たちが乱用すれば死にますが、二人を犠牲に将號級の術師一人捕らえられたと考えれば、妥当な所ですね)」


蛇の方を見ながら、阿散花天吏は考えると、杖を突きながら嶺妃紫藍の方へと向かう。

男子生徒に捕らえられた嶺妃紫藍は牙を剥いて阿散花天吏を睨んでいた。


「無様ですね、最早抵抗する気力すら残ってないのに…それでも虚勢を張ってる…健気過ぎて可愛らしいですよ?」


彼女を俯瞰しながら、阿散花天吏は嘲る。


「私を捕まえたくらいで…随分と鼻高々だな、褒めて欲しいのか?」


嶺妃紫藍には、もう動く気力すらない。

こうして、男子生徒に捕まっている時でも、術理の影響なのか、力を吸われていく。


「…生意気ですよ?」


嶺妃紫藍の頭に、阿散花天吏の靴底で踏み付けられる。

靴の裏に突いた泥を擦り付けた、屈辱だろう、嶺妃紫藍は歯を食い縛っている。


「ですが、気の強い女性は嫌いではありませんよ?」


阿散花天吏は指先から流力を放出して、複数の蜂を生み出すと、嶺妃紫藍の首筋に蜂の針を突き出した。


「が、あッ!」


「だって、淫靡に腰を振りながら男性に媚びる雌犬になると、とても面白いんですから」


笑みを浮かべる。

精神状態に異変を起こす蜜が、嶺妃紫藍の中に流れ込む。


「(毒、毒、か。ぶ、分泌、流力をめッッ)」


重苦しい吐息を吐き出す嶺妃紫藍。

顔を真っ赤にさせながら体中の疼きを理性で抑え込む。

口元からだらだらと唾液を零して、歯を食い縛る。


「ほらほら雌犬さん、男性なら沢山いますよ?尻尾を振って媚びて乱交してる様を見せて下さいよ」


嶺妃紫藍の悶える様を見ながら、阿散花天吏が杖で彼女の背中を押す。


「ぐ、ぅッ」


自らの性感帯が全身になったかの様な、むず痒しさが伝わって来る。

嶺妃紫藍の悶える様を見ながら、阿散花天吏が杖で彼女の背中を押す。


「ぐ、ぅッ」


自らの性感帯が全身になったかの様な、むず痒しさが伝わって来る。

もうじき落ちると、そう思った阿散花天吏。

しかし…それでも、嶺妃紫藍は必死に抗う。


「この、程度の…快楽など…快楽の内に入らないッ…わ、私は…これ以上に、蕩ける夜伽を知っている…ッ」


彼女を支えるのは、屍河狗威との一夜。

それに比べれば、この体の疼きなど、なんともないと言いたげに。

我慢して、耐えている嶺妃紫藍を、阿散花天吏はつまらなそうに視線を向ける。


「あぁ…そうですか、だったらもう良いです。雌犬になる様を見たかったですが…無理矢理犯して、おかしくさせた方が性に合ってるかも知れませんね?」


指を鳴らす。

男子生徒たちが、嶺妃紫藍の衣服を破る。


「一日中、犯されて泣いちゃえ」


邪悪な笑みを浮かべる阿散花天吏。

自らが犯されそうになっても、それも嶺妃紫藍は自己を保つ。

決して屈する事は無い、彼女の心には、あの男が居る。

そして、嶺妃紫藍は門の方を見た。彼女の瞳には男の幻想が見える。

いや…それは幻想ではない。現実逃避故の妄想でもない。

確かに、其処に男が居た。

衣服を脱がされて裸になり、しかし気にする事無く、その目の先に居る男の名を呼んだ。


「と、くろ、う」


彼女の言葉に、阿散花天吏は振り向いた。

其処には、彼女にも見える、苛立ちの表情を浮かべる、一人の男の姿が。


「おい」


一歩前に出て…屍河狗威は声を貰す。


「俺の女に触ってんじゃねぇよ、てめえら全員犯すぞ」


怒りを漏らして、屍河狗威が登場した。

屍河狗威の登場に、嶺妃紫藍は心の中で安堵を覚えると同時。


「誰が、貴様の女だ、馬鹿がッ!!」


彼の言葉に対して、嶺妃紫藍は否定する。

今にでも犯されそうな状況で、随分と余裕な台詞を吐くものだ。

しかし、屍河狗威は否定されて少しだけ驚愕した。


「え?いや…そういう事言った方が嬉しいかなって思ったんだけど」


時と場合を考えろと、嶺妃紫藍は思った。

彼の軽率な言葉に怒りを覚えて思わず吼えてしまう。


「こんな、状況で、いいからッ…戦えッ!!バカイヌめがッ!!」


完全に否定される。

屍河狗威は俯きながら歩く。

少しだけ残念そうにしている彼は、やる気を削がれた状態だった。


「あぁ、そうすか…はあ、あ、じゃあはい…頑張ります」


気分を沈み込ませながら宗家の敷地へと入り込む。

二人の掛け合いに、反吐が出そうな様子で阿散花天吏は杖を突く。



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