術師戦



「このすまほうを使い、歴史書や文献を軽く纏めてみた、持っているものは、今からでえたを送る」


妃龍院ひりゅういん憂媚ゆうびがスマホを操作して情報を屍河狗威や嶺妃紫藍に送る。


「…おい、お前の入れ知恵か?」


屍河狗威にスマホを教えたのはお前かと、屍河狗威を睨む。


「うん、オレオレ、なんか使ってたらご当主様が興味深々でな、教えた」


スマホの使い方を教えたと言う。


「何故、私のチャットルームに母様が参加している?」


「俺が教えた」


屍河狗威はスマホを操る。

彼のスマホの画面を確認すると、既に友達となっている妃龍院憂媚の名前と顔写真があった。


「お前、母様と友達になっているのか」


「あぁ…まあ、ね」


何やら濁した言い方だった。

何か嫌な予感がした嶺妃紫藍は屍河狗威のスマホを奪い、中身を確認する。


「あ、オイ!!」


嶺妃紫藍は絶句した。

屍河狗威と妃龍院憂媚のやり取りである。


たつき:これなど、どうだ?


おそざき:うっわ、エロいすね


たつき:くふ


たつき:こんどのいくさでかてば…これであいてをしてやる


おそざき:最高っすわ


…写真が幾つも添付されている。

妃龍院憂媚がセーラー服を着ていた。

それも、臀部や胸部が見えそうな程に布を詰められた格好で艶めかしいポージングをしている。

未亡人ではあるが、しかし、その体は何時までも若々しい。

実の母が雌の表情をしながら男を誘う所は中々堪えるが、それよりも。


「お前…私の母様に何をさせている」


屍河狗威の顔面にアイアンクローが入る。

メリメリと、彼女の指先が屍河狗威の頭部をキツく締め上げる。


「あががががッ!ち、違うッ!スマホの使い方を教えた後、『褒美に何が欲しい?』って言われたからエロい奴を頼んだだけでそれ以上の他意は決してッ!!その内容はご当主様が決めてんだって!!」


「根本はお前の願いが原因では無いかぁ!」


性欲に忠実な男に天誅を下す。

畳に顔面を押し付ける屍河狗威。

相手をしていては話が進まないので、妃龍院憂媚は続きを話す。


「過去の情報からある程度の阿散花家の詳細が分かった、領土侵犯を起こせば結界術が発動…術師名は阿散花あばらばな大樹たいじゅ、現当主であり百五十年前から存在を確認されておる術師よ、領土侵犯により発揮する結界術理は『吸根襲充源霊きゅうこんしゅうじゅうげんれい』…領土に侵入した術師の流力を吸収する大層な術よな」


術師は、自らの領土を守る為に、他の術師に対する効果を与える術理を使う。

領土内域に対する効果は、術師に近づけば近づく程に効果が増量する。

それ故。結界術理を扱い、長期間展開している領土を『城』と形容していた。


「他にも情報はある、お前ら目を通す様に…そして、今回の合戦に置いて、『城崩し』を行う者を決める」


城崩し。

領地を襲う事をそう呼ぶ。

城を守護する当主の首を取る、結界術理を解除する事で城崩しは完遂とされる。


「さて、愛しい娘と、愛いしい狗威、そして夜久光、この三人を中心として、隊列を組んで貰う…功績を残せば、それ相応の報酬をくれようぞ」


いよいよ、城崩しの準備が終わり、戦闘準備に入る。

術家戦が始まろうとしていた。



抗争が始まる数時間前。

阿散花一族領土に建立された木蓮学院では嬌声が漏れる。

男子生徒と女子生徒が、皆一様に校内にて性欲に溺れていた。

古来中国から伝承される房中術を、日常的に取り入れている。

嫌悪感を齎し男に抱かれる女子生徒、興奮と背徳感に溺れ性欲の赴くままに女を抱く男子生徒。

流力の強化の為に行われる行為は、一種の術師製造工房の様にも見えるだろう。


「戦闘に参列出来る術師は五十名程です」


資料を手渡す。

屋上に設置されたテーブルにカップを置く。

この学院の生徒が記された名簿を確認する、銀髪の少女。


「少ないですね…これで妃龍院一族とやり合うなんて難しいですよ」


資料を男子生徒に叩き付ける。

そして、空いたカップに自らの指先を向けると、流力を抽出。

粘液と化した流力がカップに溜まっていく。


「戦闘に参加する生徒に飲ませなさい、ある程度の強化は可能でしょう」


言い放つと、指先に残る雫を、自らの舌先で舐める。


「ありがとうございます…阿散花様」


男子生徒は頭を下げて感服の言葉を口にした。


「(妙薬であり劇薬…飲めば生命を縮ませるものですが…まあ構いませんか)」


彼女の名前は阿散花あばらばな天吏てんり

この領土を支配する十家の一人、阿散花大樹の遺伝子から造られた子供である。

歳は十八、何れ卒業を迎える歳であり、卒業後は父親の元で当主代理人を行う予定である。

生まれつき足が悪い彼女は杖を使って移動する。

華奢な体を持つ彼女は、能力の源である流力を「攻撃」「強化」の類が含まれる流力を「動」として使う事が出来ず、「守備」「再生」の類を含む「静」の力に特化していた。

戦闘能力が無い術師に対して、将来は世継ぎの道具か、同盟を結ぶ際の政略結婚の要として扱われると言われていたが、彼女は自己を慰める様な末路を否定し、蔑んだ。

他者が思い描く短絡的未来予想図を覆す為に、知恵と狡猾に磨きを掛けた彼女は、現在では阿散花大樹から実力を認められた上で、木蓮学院周囲の領土管理を授かった。

以降、彼女は自らの才覚に絶対的な自信を持ち、その自信は時に過信と変わっていた。


木蓮学院。

阿散花一族の血筋が経営する学院であり、全校生徒は約三百名程。

表向きでは校風の厳しめな学院で、それ故に偏差値が高く、有名大学に入学した生徒も多い。

しかし、裏向きは違う。

主に彼女の登場によって、この学院は堕ちた。


『工房を作ります、術師を製造し、戦力を強化します』


体育館、檀上に上がる彼女は先ずそう宣告した。

最初はどういう意味か分からない生徒達は笑う。


『先ずは術師に必要な肉体を作ります、ある程度の適性が発覚すれば第二段階として房中術を行います、女性の皆様方はその為に男性たちに協力を怠らぬ様にお願いします』


段々と、冗談かと思えた彼女の言動は、次第に生徒たちを薄気味悪くさせる。

本気で語る彼女。冗談とは思えないからこそ、生徒たちは言葉を飲む。

そして、翌日から実施される強化期間。

男子生徒は肉体作りを強制され、女子生徒たちは房中術の為に一つの教室に集まられ、媚薬の効能を持つ香が焚かれて性欲を刺激させられる。

甘い香りと共に、柔らかで甘美な声が漏れ出した。


倫理観を度外視した行動は、しかし、他の術家から見ればまだ可愛い方だろう。

より外道な行動を慎んで行う術家は多いが…しかし、無関係、かつ、まだ未成年を使っての大規模な術師製造は、彼女しか出来ない事だ。

生徒の保護者の術理による洗脳、市役所に掛け合い住民の記録操作…その気になれば、生徒を存在させない様にする事も出来るのだ。

膨大な時間と労力、そして資金が必要だったが…房中術の一環と称して、上層の連中に女子生徒を押し付けて篭絡。


結果、学院を術師工房として作り上げた。

これぞ阿散花天吏の手腕であり、同時に精神面に異変を齎す術理を持つが故の行動。

そして何よりも、天使の様な美貌でありながら、人ならざる行動を起こす精神と神経が可能とさせた。


「では、生徒の半数を交通機関にて足止めさせる様に…そうですね、電車を使う可能性があるので、先ずは其処に生徒を送り込んでください」


椅子から立ち上がる阿散花天吏。

杖を突きながら屋上から出る。


「宗家に戻り指示を出します、お父様に近い場所の方が、我々に有利ですので」


阿散花大樹による『吸根襲充源霊きゅうこんしゅうじゅうげんれい』により、領土内に侵入した術師は流力を吸収される。

眷属である者以外、全ての術師はこの力に適用されてしまうのだ。

当主の血筋を持つ彼女には、その力を受け付けない。

悠然と、杖を突きながら彼女は宗家へと向かう。


交通機関を使う。

徒歩で向かう者、電車で向かう者、車で向かう者。

分散しての移動を行う。

これはリスクの分散でもある。

一丸となって移動した場合、相手からの妨害で制限、または一斉にやられる可能性がある。


屍河狗威は電車で向かい、嶺妃紫藍は車に乗って移動。

妃龍院夜久光は徒歩での移動である為に一足早く向かう。

一つの頭に対して十の兵士を持つ為に、現代では大移動に分類される。

屍河狗威は電車に座る。

平日ではあるが、何故か人混みが少ない。

妃龍院風姫による手筈と、敵戦地で滞在する阿散花一族の手回しにより、人避けが施されている。

何も知らぬ大地の民を守る為にしているのだろう。


「(俺なら人込みに紛れて向かうけどね)」


広々とした椅子に座りながら、屍河狗威は息を吐く。

人が居ない様に誘導しているのに、其処に居ると言う事は即ち、術師の人間であると言う事だろう。

電車が止まる。

屍河狗威が座る電車に、複数の人間が入り込んだ。

どれもこれも、木蓮学院のブレザー服を着込んだ男子生徒が殆どだ。


「…」


屍河狗威は立ち上がる。

木蓮学院の生徒を見て、其処から微かに見える流力の流れを感知した。


「マジか、全員術師かよ」


屍河狗威が呟くと同時。

学院生徒たちが流力を流し込む。

掌から生え出す樹木が、斜めに切断された枝の様に尖る。

屍河狗威は多勢に対して一人だった。

本来、屍河狗威は頭として兵士を与えられていた。

だが、単独行動を好むと言った理由で、自らの兵力を分散して妃龍院夜久光と嶺妃紫藍に与えていた。


屍河狗威は窓を蹴ると同時に電車から飛び出る。

電車の内部と言う狭い空間内では戦闘は難しい。

流力を軽く纏い、電車の上に登る。

パリン、と音を鳴らして、木蓮学院の生徒も屍河狗威を追って来る。


「おらよッ」


上に乗ろうと顔を出した木蓮生徒の一人を蹴り上げて電車から落とそうとする。

しかし、木蓮生徒は掌を伸ばす。すると、指先から蔦が生え出して屍河狗威の足首に絡まる。

同時に、足から根を生やして、風速を耐える木蓮学院の生徒が屍河狗威へと向かっていき、木の先端を構える。

このまま動いてしまえば、足に絡まる蔦に引っ張られて電車から落ちてしまう。

かと言って、蔦を斬る事に優先してしまえば、後ろから木の槍で突き刺されて終わる。


屍河狗威は迷わず、足首の蔦を掴んだ。

その瞬間を逃さず、複数の木蓮生徒が背後から襲い出す。

屍河狗威は、蔦を伐ろうと急ぐ…いや、急いでいない、おろか伐ろうとせず、しっかりと蔦を握り締める。

流力によって身体能力を強化した状態で、重りとなる木蓮生徒毎持ち上げる。

そして、振り向くと同時に、蔦を引き上げて振り回す。


蔦の持ち主である木蓮生徒が勢い良く上がり、振り子で薙ぎ払う様に、屍河狗威に向かって来る木蓮生徒らに蔦が当り、電車の速度によって振り落ちる。

屍河狗威は軽く息を吐いた。先程の行動一つで、体力が消耗している。

これも、領土に侵入した事で、自らの力である流力を吸収されているのだろう。

屍河狗威は線路に落ちる木蓮生徒を眺めていた。


「(声一つ上げてねぇ…洗脳されてんのか?生徒を無理矢理術師に変えてるってワケか…)」


電車から出て来る複数の木蓮生徒を見ながら、気に喰わないと言った様子で屍河狗威は睨んでいる。


「悪いがアンタら、勝てないぜ…資料を確認してるからな、手の内は分かってんだ」


阿散花一族の所持する術理は、文献や資料を通して確認した。

植物術理と呼ばれる術理は、阿散花一族の術師が持つ凡庸術技だ。

体から先端の細い木を生やす『挿枝さしえだ』。

対象の拘束や移動に多用される『つた』。

その他にも、様々な能力を、屍河狗威はインプットしていた。


「それでもやりたきゃ墓標を建てな…木で作った墓標をよォ!!」


叫び、屍河狗威は走り出す。

緒戦が勃発していた。











先に阿散花家に到着したのは嶺妃みねき紫藍しあんだった。

車から降りて、阿散花一族の家の前に立つ。


「(かなり流力を吸われている…早々に決着をしなければ、燃料切れで潰えてしまう…)」


そう思いながら門の前に立つ。

すると、重厚な門がひとりでに開き、其処から男と、兵士たちが出て来る。


「待っていたぞ、妃龍院ひりゅういんの一族よ」


そう叫び、門が再び閉められる。

外から出て来た男は、着物を脱いで半裸となった。


浅木あさぎ万里生まりお、相対するのは何処の誰だ」


禿げた大男が叫ぶ。

嶺妃紫藍が前に出る。


「私だ」


「言っておくが、儂は将號、同等かそれ以上の相手を寄越せ」


術師には等級が存在する。

その等級の階位によって、上位術式の使用が可能となる。

下から、

士號しごう

・術理を通常運用しての術式発動。


騎號きごう

・術理を応用し派生、複数の術の所持。


将號しょうごう

・流力を膨大に消費し、術式の拡張及び強化を目的とした式神操作。


殿號でんごう

・流力に術理を流し込み周囲に散布する事で、術理の法則を空間に敷く結界術式。


そして詳細は省くが、最上位に値する称号階級『神號じんごう』を以て五段階評価とされている。



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