第2話



その日の朝は女中達総出で屍河十狗狼を引き留めようとした。

だが、彼女達が束になった所で、彼の実力の前では容易に止める事は出来ない。


「わっるーい!!マジで学校行くから、これで、あ、紫藍ちゃんに、昨日はとても良かったよ的な事を詩的な表現で出来る限り伝えてくれたら助かる、それじゃ!!」


誰よりも速くその場から逃げ出す。

そして、屍河十狗狼は自宅に戻るとそのまま二度寝した。



後日。

屍河十狗狼は学校の準備をして登校する。

彼の学校は妃龍院一族の領地に築かれた市立旭正学園である。

生徒である事を証明する腕章にシャツを着込んでいればそれ以外の服装はなんでもありと言う自由な校風が特徴だ。

黒色の学ランを羽織り、その下には和風を模した甚平を着込んでいる屍河十狗狼。

教室の扉を豪快に開けると共に声を荒げた。


「こんちゃーっす」


適当な挨拶と共に机に座ると、即座に屍河十狗狼は机に臥して眠りの態勢を取る。

彼にとっては学校とは拘束の場であり、不自由な世界から微かな自由を見つける場所でもある。

学校に通わなければならないと言う不自由から、机に座り眠ると言う自由を愉しんでいた。


「うわぁ…屍河か」「あんま関わり合いになるなよ、結構、悪い噂しかないし…」「あんなキラキラした名前つけられたらグレるよなぁ…」「そんな事言うな、殺されるぞッ」


生徒たちからの評判は不評だった。

別段、その事に関して屍河十狗狼は彼らをどうにかしようと等は考えてはいない。

あの程度の話は雑音に過ぎない、実害が出ていない以上、こちら側から仕掛ける事も無い。

それよりも眠る態勢を取っていた屍河十狗狼は、段々と眠気が襲って来る。


「(あー…これ、眠れる…ねむ、れ…)」


惰眠を貪ろうとしたその最中、唐突に教室が騒然とする。


「あれ、生徒会長」「何か用かな」「あれ?…屍河に向かっているぞ?」


騒ぎ出す生徒たち。


「おい」


目を瞑る屍河十狗狼に声を掛ける。

誰だと思いながら屍河十狗狼は目を開いた。

そして即座に眉を顰める。

其処には、昨日、屍河十狗狼が褒美として抱いた嶺妃紫藍の姿が其処にあった。


「(嘘だろ…)」


困惑する。

何故ならば、彼女が学校で話し掛けて来たからだ。

基本的に、妃龍院一族の家系は領地内で過ごす事になる為、領地に該当するこの私立旭正学園に通う事になる。

なので、歳の近い屍河十狗狼と嶺妃紫藍は同じ学園に通っているのだが。

屍河十狗狼と嶺妃紫藍の立場は違う。

屍河十狗狼は、不真面目で有名な社会落伍者である不良であり、嶺妃紫藍はこの学園で真面目な生徒会長として名が通っている。

彼女は元から、屍河十狗狼に厳しく言いつけていた。


『関係者と思われたくないから話しかけるな』


その言葉に屍河十狗狼は二つ返事で承諾した。

彼女が嫌だと言うのであれば、それを尊重したのだ。

なので、この半年間、屍河十狗狼から話し掛ける事は無かったし、嶺妃紫藍も人前で屍河十狗狼に話し掛ける様な真似はしなかった。

精々、メールでのやり取りが彼らにとっての情報交換手段だったのだが。

何故か、嶺妃紫藍が自ら屍河十狗狼に話し掛けている。


「…」


「(寝たふりしよう)」


既に顔を上げて、嶺妃紫藍を見ていたが、自分には関係ないと思う事にして眠りにふけようとする。

しかし、そんな屍河十狗狼の行動に対して、嶺妃紫藍は彼の頭を叩く。

平手で、強く、目が覚める様な一撃。

当然、悶絶する。


「痛ってぇ!、な、にしやがんだ、こっちが折角、無視してるってのに!!」


涙目になりながら、嶺妃紫藍に睨みつける。


「煩い黙れ、私の顔を見るな」


何時も通り、屍河十狗狼に酷い言葉を掛ける。

生徒たちは、その二人のやり取りを見て困惑していた。


「なんだ、二人はどんな関係なんだ?」「きっと退学を突き付けるんだよ、あいつ素行悪いから」「でも購買でパン譲ってくれたよ」


そんな話を生徒同士で行っている。


「話があるんなら…メールですりゃ良いじゃねえですかい…人目でのやり取りは嫌いなんだろ?紫藍ちゃんさ」


「ふん…今更気にする事でも無い…それに、用件はすぐに済む」


そう言って、嶺妃紫藍は屍河十狗狼に何かを渡す。

それは、包みに入れられた弁当だった。


「あ?ナニコレ、爆弾?」


丁重に包まれた時限爆弾かと屍河十狗狼は思った。


「別に、作り過ぎただけだ…要らないなら捨てろ」


用件はそれだけだった。

弁当を渡した嶺妃紫藍は教室から出ていく。


「弁当!?」「え、そういう関係なの!?」「いやいや、落としただけだろ」


その様な予想が飛んでいく。


「(何考えてんだよ、紫藍ちゃん)」


そう思いながら、弁当箱を持ち続ける屍河十狗狼。


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