第43話 ティナとマーク

「うぐう、なんてやつ……」


 次第にティナの脳も麻痺し始めてきた。何か薬を盛られたような感じだ。いかんせん感覚がコントロールされているため、ティナが持つ多彩な技が出せないのがつらい。ふと食いしばってデイジーの意識にアクセスすると、彼女も同じ目に合っているようだ。(デイジーはメス猫でした!)


 この拷問が三十分ほど続く。ゴーストがいらだつ。

「しぶといな、普通だとものの五分で廃人同様になるんだが……」


 あらゆる恐怖、苦しみ、悲しみの感情攻撃にさらされて、ティナの脳も限界に近付いてきた。涙が出続け、気が遠くなりつつあった。


「さすがに……もう駄目か……」


 その時だった。ティナ本体を奪い去る者が現れた。ソフィアによってこの場所を特定したマークだった。ゴーストは弾き飛ばされ、呪縛は解けた。


「大丈夫か? ティナ。遅れて済まない」

「遅いよ……マーク」


 そう言うと安心したティナは気を失った。ティナを安全な場所に横たえると、マークはゴーストたちの前に立ちふさがった。


「この野郎、俺の大切なティナに何してくれてんだ!」

「ぐっ、お前も堕ちろ!」


 ゴーストが今度はマークの脳に入り込もうとする。マークは深層意識にゴーストが入り込むのがわかった。しかしティナと違うのはマークは過去数千年にわたる、異生物、異星人との闘いの経験者であることである。


「ははーん、この手か。脳みそが痒くなるやつだな。残念だが俺には効かないよ。脳筋だから、なっ」


 そう言った瞬間、マークはゴーストを吹き飛ばした。ゴーストはひとたまりもなかった。少し離れたところで倒れたまま動かない。迷彩服は吹き飛び、ひ弱な体が露わになった。


 マークはティナを介抱し、やがてティナはゆっくり目を覚ました。


「あ、マーク……」

「大丈夫か?」


「う、うん」 まだ少し頭がクラクラするが、次第に良くなってきた。


「うえーん、怖かったー」いきなり泣き出した。


「よしよし、ちょっとやな相手だったな。全部ぶっ倒しておいたぞ」

「ありがとー。ふぇーん」


「もう大丈夫だから、泣きやめよ」

「ぐすん。分かった……」


「帰ろう」 


 二人はゆっくり立ちあがった。歩き出そうとしたが、ティナの足腰が十分ではない。


「ほらよ」


 マークがしゃがんだ。おんぶしてくれるようだ。ティナは素直にマークの背中に身を委ねた。昔、最初のトレーニングでおぶってもらったことを思い出だす。


「デイジーも乗んな」

「ミイ」


 マークが声を掛けるとデイジーもひょいとティナの肩に乗る。TJが設置した移動スポットまで十分くらいで着く。飛んで行くことも可能だったが、この僻地は風景がいい。マークはゆっくり歩いて行くことにした。


「ねえ、マーク?」

 背中のティナが呟いた。


「何だ?」

「マークはどれくらいの間、私達のサポートについてくれるの?」

「ああ、百年くらいかな。それくらいで十分だろ」


 少しの間ティナは何かを考えた。きれいな空と大地を見ながら……


「あのさ、じゃあ百年たったら、私とエルシアで住まない?」

「何!」


 突然の申し出に、さすがのマークもびっくりした。意味は理解している。 


「私、実戦はあまり向かないのがわかった。百年たったら現場の仕事は半分くらいに減らして、あとは間接的なサポートに回った方がいいかなって、TJみたく」


「そう言う事か? それはたぶん問題無い。ミアとルカがいれば現場は大丈夫だ。今後追加も入るし」


「あ、でも重要なのは仕事じゃなくて、マークと離れたくないってこと!」


 ティナはそう言うとぎゅっとマークの首にある腕の力を込めた。

 マークはその後の一分間、これまでの長い人生で一番真剣にその事を考えた。


「意味は理解したよ。俺も年貢の納め時かなって思っていたところだ」

「年貢って?」


「あ、ごめん。古い表現だ。こんな老いぼれでいいのか?」

「まだ若いじゃん」


「実年齢は何千才かわからんぐらいだぞ」

「見た目に若けりゃ関係無いよ」


「じゃあ、こちらこそ、よろしくだな」

「何か変、プロポーズはそちらからするんでしょ。普通」


「まだ早いだろうよ。百年あるぜ」

「約束よ、浮気したら許さないからね」


「えー、それはつらいな」

「つらい言うな!」


 二人の神はこの時、エルシアの夫婦として結婚することを約束したのだった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る