第39話 アイリスの大技(クッキング?)

 マークがアイリスに言った。


「来てくれ。出番だ」

「いやよ! あんた、ミアと片付けるっていったじゃん! どうせサンセカ(注:サードワールドの事)のバカップル(注:ノヴァとカイ)もいるんでしょ、4人いれば何とかなるじゃない!」


「あー、ミアは卵の黄身をかぶって戦意喪失した」

「ミアちゃんが? もー何やってるんだか……」


「それから住民が怒っている。アイリスを出せって。唐揚げ祭りやりたいんだとよ」

「はあ? また? エルシアの住民もなにか勘違いしてる。私はコックじゃないんだよ」


「悪いが、とにかく来てくれ。TJには話をつけている」

「全くもう……」


 アイリスは覚悟した。一応彼女はエルシアの主担当でもある。トラブルを最小限にしないと自分の成績にも影響する。


「はあぁ」


 大きなため息をつきながらアイリスは現地に向かった。実はサソリの対応はパターンが決まっている。短期間で住民の満足を得て解決するにはアイリスが登場するしかないのである。


 アイリス・ゴッド WCA第56支部 守護神チーフスカウト


 ――ミッドガルド出身。現支部長ソフィアの秘蔵っ子としてガーディアンとなる。元々ガーディアンとしての能力は並みだったが(どうして私が並みなのよ! ふざけないで)、WCA本部委員の最強ガーディアンであるジーンと同類の爆発的な能力を持つことが分かり、現役ガーディアンを強制解除されたと言う実は逸材。(分かればいいのよ。そこを先に説明してくれなきゃ) 豊満なボディとやや天然気味の頭脳に課題があるかも(その情報は要らんて! 大体ボディは課題じゃないでしょ)


 そのアイリスが現地に到着した。


「ヤッホー。みんなうまくやってた? ミアちゃんはたいへんだったねー」

 気分がのらないので、わざと明るく振舞うアイリス。


「アイリスさん、すみません。私中途半端で」

「いいのいいの、ミアちゃん。あの気味悪い黄身かぶったんじゃ…… はは、ダジャレでキミがかぶっちゃった♡」

「アイリス、お前それこそなんか気味が悪いぞ。悪いが今日も頼むよ」


 マークの言葉に、表情が変わるアイリス。

「マーク。あんたが付いていながら、何やってんのよ! ミアちゃん可哀そうに」

「俺はちょっと離れていてさ、そこのカイ君が悪いんだよ」


「え? 僕ですか?」

 いきなり振られたカイが驚く。アイリスがカイを睨む。


「カイ君? あなたが悪いの?」

「いえいえいえいえ。僕は何も。ミアさんが卵をやっつけたいって言うから連れてきただけで……」


 カイが言い訳をすると、ノヴァがかばうように言った。

「アイリスさん、カイは悪くないです。私達はただプリズメアを退治していただけです」


「わかってるわ。悪いのはそこのストリーキングに決まってる」

 マークを指で指してアイリスが二度頷いた。


「やっぱり俺か~。まあどうでもいいから早くやってくれよ。例のバーンってやつ」


「い、嫌よ。今日は頑丈な戦闘用クロスを着てきたから、今度こそは普通に対処する!」


「無理だと思うけどな~ お~い、TJ準備を頼む」

「了解」


 TJから返事があった。


 アイリスには不思議な特性がある。嫌な特性だ。フォルフ(異生物)の一部はなぜかアイリスに引寄せられ、群がる習性があるのだ。


 プリズメアもそうだ。何かフェロモンのようなものが出ているのか分からないが、ガーディアンの一部には異生物を引き寄せる性質の者がいるのだ。アイリスがその典型的な一人である。しかも彼女は防御能力が今一つと来ている。


「来いっ サソリどもー」


 アイリスが構える。が、今一つ様になっていない……

 アイリスは三日月型の光るエネルギー刃を手裏剣かブーメランのように次々とサソリがいるらしいところに投げつける。……それなりにサソリに当たり排除しているが、どうにも効率が悪い。しかも簡単にやられている……


「あ、痛い! 切られたっ! くっ、腕にもかっ」


 それを見ていたカイがノヴァに囁く。


「相変わらずヘボだな、あのおばさん」

 ノヴァも手で口を抑えてクスクスと笑う。しかし、アイリスは時に地獄耳になる。どうやらカイの言葉が聞こえた様だ。


「くそがきー ヘボとかおばさんとか言ったな! あとで叩きのめすからな、っつ、あっ痛っ」


 どうやら戦闘用クロスとやらはあまり効果が無い様だ。ミアよりもズタズタになるのが早そうだ。


 そして予想通り、大量のサソリがアイリスに群がり出した。アイリスは腕で顔を覆うのが精いっぱいになった。そして、いや予想以上に大量のサソリが来ている。他のみんなは少し下がった。助けるつもりは無い。アイリスもガーディアンの端くれではあるので、深刻な事になることがないことはわかっているからだ。


「あーあ、だめだこりゃ」マークが嘆いた。

 やがて、サソリは攻撃しつくしてアイリスから離れていった。

 クロスはほとんどが切り刻まれた。


「ありゃー。俺と一緒じゃん」

 大切なところに布が申し訳なさそうに残る以外は全ての衣服が切り刻まれ吹き飛んでしまった。


 顔からおそるおそる両手を離したアイリスは、自分の体を見て青冷めてきた。マークとノヴァとカイがおもむろに耳を塞ぐ。ごく自然で当たり前のようにだ。アイリスが息を大きく吸い込む。ミアは目を見張る。


「ぎゃああああああああああああああ」


 物凄い声量の悲鳴。もはや怪獣の叫び声か? 黄身をかぶった時のミアの声よりも大きい。


「ひいっ」

 ミアはすぐに耳を塞いだ。鼓膜が破ける。


 そしてなぜか地上から喚起の歓声があがる。どうやら住民にとってもこの悲鳴は恒例の展開、いいことが起こる予兆のようだ。  


 青冷めた顔のアイリスがぼーっと浮かぶ。目玉だけがぎょろぎょろと動き周りを見回している。


「裸の死神みたい……」

 凄い表情をしているアイリスを見てミアが呟く。


 そして、死神アイリスの口から低い、女性とは思えないとても低い声が発せられた。


「てぃ~~ じぇ~~~~」


 まるで呪文のような恨み節のような低くて太い声だ。

 TJの事務的な声が届く。


「アイリス、準備はできている。送るよ」


 すると天空の一部から青い光がアイリスのところに延びてきた。

 アイリスを青い光が包む。ブルーソースだ。青い光の中のアイリスはほぼ裸なのがなまめかしい。


 アイリスは息を大きく吸い込むと両腕を広げた。するとアイリスの目の前に赤い火の玉ができ、どんどん膨れて大きくなる。マークの火の玉の十倍、百倍と大きくなる。


 アイリスが今度は両手を近づけていく。すると巨大な火の玉が今度は圧縮されていく。小さく、小さく…… ゴルフボールくらいまで小さくなった。誰もがそれが何かわかる。感じる。超高エネルギーの集積体だ。一言で言うと「やばいやつ」だ。


「はあっ!」


 アイリスはそれを前方に押し出した。


 アイリスの手から放たれた赤い火の玉は黒い雲の中まで進むと、たちまち巨大化した。黒い雲を包むほどの大きさになった。火の玉はプリズメアを焼き始めた。


 プリズメアの暗雲は全てがめらめらと燃えていた。熱でできたオーロラのようだった。ミアは目を丸くしてその様子を見た。異次元の能力だ。


「なんて技なの!」

 

 サソリがいたるところで実態を現し、焼かれていった。その数は何十万匹だろうか?


 十秒ほどで、その熱オーロラは消えていった。そして大量の焼けたプリズメアが地上に雨の様に落ちて行った。暗雲は文字通り霧散し青空が帰ってきた。


 地上で待っていた住民が二度目の歓声を上げた。空から極上のサソリ唐揚げが落ちてきたのだ。


 アイリスの熱線はなぜかサソリを唐揚げ状に程よく焼くことが知られている。そしていつのまにか、サソリとアイリスが登場する日は、住民にとってごちそうが降る日となったのである。


「ひゃっほー、久しぶり、いい匂い~ みんな集めろー」


 住民は用意した受け皿用のプレートに次々と落ちて来るサソリ唐揚げを集めては袋に入れて運び出した。それはまるで祭りだった。


 カリ、カリ、クシャ、クシャ


「うん、やっぱり絶品だな、これ」


 マークはサソリ唐揚げを次々と口に放り込み呟いた。

 サソリのハサミも尾の針もアイリスの熱線は噛むのに程よい硬さまで焼き上げ、もちろん無毒化される。


「バカマーク!」


 アイリスがやってきてマークの頬をグーで殴る。マークは口いっぱいに頬張っていた唐揚げを吹き出し、他の連中は笑った。マークは吹っ飛びながら思った(なぜ俺が殴られるのだ)


 こうして、ミアのデビュー戦は無事終わったのだった。

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