第38話 ノヴァとカイ、そしてサソリ

 一方のマーク。イケメンガーディアンであるが無表情で淡々と仕事をこなす。


(あー本来なら、この時間はデクラークのオフィスでゆっくりコーヒーを飲んでいる時間だ。何の因果で俺はまたこんな事をしてるんだろうか?)


 もはや機械的にファイヤーボールを繰り出しているだけである。服はずたずたで上半身はほぼ裸になっているが、気にしない。切り傷さえも全く痛くなさそうである。痒いのか時々ポリポリ掻くだけである。


 そのマークの鼻先を、突然レーザーが通過した。鼻先にピリピリと静電気が発生している。おもむろにレーザーが発射された方向をゆっくり向くマーク。


「あら、ごめん。じゃまよ、変態お兄さん」

 ……マークはその声に聞き覚えがあった。いきなりの挑発的な態度も。

「ノヴァおねえじゃねえか」


「おねえ…… じゃまって言ってるのよ、裸の男! どいてそこ」


 ノヴァはそう叫ぶと長い髪を振り乱しながらマークのすぐそばを通過して、レーザーガンをむちのように振り回して、サソリを大量に蹴散らした。マークが一度に退治するよりも三倍も五倍も多くのサソリを一度に葬り去った。さらによく見ると左手で体目がけて飛んでくるサソリを素早く仕留めている。 ノヴァのボディスーツには傷が全くない。防御も完璧なのだ。


「ほう、やっぱり、やるねえこの子……」


 マークがそっと呟く。ガーディアンでもないのに、ここまで能力を高めた兵士はなかなかいない。マークははるか大昔、自分がエルシアの一人の子供だった時に憧れたガーディアンを見た時のような尊敬の感覚を呼び起こした。


「ノヴァ、手伝うぜ。お前、気に入ったよ」


「あら、ありがとう。よろしくね」


 強風に髪をなびかせながら、マークを見降ろすノヴァ。どっちがガーディアンかわからないほど神々しい。二人は息投合してサソリの退治を加速させた。 


 ◇ ◇ ◇


 ミアとカイの二人は合流してから三十分ほど、一緒にサソリ退治を続けていた。ミアは開始早々は、はりきって大量のサソリを倒していたものの、ペースを上げ過ぎたのか、徐々に疲れが出てペースが落ちてきた。そもそも相当の数を排除してきたはずなのに、減るペースが低い。なぜこんなに減りが遅いのだろうか。

 

「ねー、カイ! こいつらなんで、こんなに減らないの~」

 汗をかきかき一心不乱にソードを振り回していたカイが振り向いて答えた。


「中央部でどんどん卵から新しいやつが生まれているんだ」

「えー? じゃあ、そっちも退治しないとだめじゃん!」

「まあ、それはそうなんだけどさ……」

「中央部ってどこよ、案内して!」


「えー? 卵やるの? 俺はやだなー」

「私がやるから! どこ?」

「うーん、じゃあ、こっち……」


 カイがミアを卵のありかに導く。

 二人の行きついた先には、白い泡のような大きな塊がいくつもある。遠くの塊からはサソリの子がうじゃうじゃ出てくるのが見える。


「あれだよ」 

「なにかカマキリの卵みたいね。巨大だけど」

「カマキリの卵は知ってるの?」

「ええ、ミッドガルドで良く見たわ」

「そう、じゃあ、よろしく。俺は離れて見てるから」


 なんだ? カイは臆病だな。こんなものさっさと燃やしちゃえばいいじゃん。

 ミアは卵目がけてバーナーを放射した。しかし卵には炎は効かないらしい。


「……」


「結構頑丈なんだよ……」

 カイが言う。


「ホントね。どうすればいいんだろう」

「ソードを放電させてプラズマソードにすれば殻は切れると思うよ」

「そうなの?」

「俺はやらんけどね」


 ミアはソードを発現させて、紫とピンク色の放電を起こし、刃面をプラズマ化した。ガーディアンでなければなかなかできない芸当だ。なぜかカイが離れる。ミアは手前の卵に狙いを定め、プラズマソードを振りかぶり、飛んで上から一気に卵に切りつけた。


「手ごたえあり!」


 上から下まで真っ二つに切れた感触がある。にやけた顔で卵を見上げるミア。卵は縦に筋が入っている。確かに殻を切った様だ。


 しかし次の瞬間恐ろしいことが起きた。中から黄色い液体が大量に吹き出してきたのである。黄色い液体はミアにもろにかかった。


「ぎゃあああああああ」


 ミアが絶叫した。まさかの黄身噴出。

(そうなんだよ、早い卵の中身は液体なんだよなあ、ああキモイ)

 修羅場を見ながらカイは思った。


 ミアはパニックになり、あたりをあらゆる武器で破壊の限りを尽くし、自身も黄身にまみれたひどい姿で茫然と宙に浮かぶ。見た目に恐ろしい。まるで悪魔に取り付かれた女のようだ。黄色い魔女がカイを睨む。


「……もうだめ。マークを呼んで。コールサインをあなたの頭に送る…… それからカイ、あなた知ってたんでしょ💢」

「いや……ははは」

「後で殺す」


 カイはミアからテレパシーで送られたコールサインを使ってマークに連絡を取った。

「マーク、サードワールドのカイです。はい。あの、ミアちゃんがダウンしています。プリズメアの卵の黄身をもろにかぶりました。 はい、そう。来て欲しいそうです」 


 カイとマークの通話を傍で聞いていたノヴァが言う。


「ミアさんって人がたいへんみたいね」

「ああ、今日がデビューなんだが、卵に手を出しちまった」


 マークも仕方が無いなあという顔でノヴァに答える。


「ねえ、どの道このままだと今日一杯かかっちゃうわよ。やっぱりアイリスを呼ばないとだめじゃない? 下を見てよ、住民も不満たらたらだわ」


「うーん、そうだなあ。やっぱりアイリスしかないな」

 そう言うとマークはミアの方に向かった。ノヴァも付いて行く。


 マークとノヴァがミアとカイと合流した。ミアはようやく黄身を拭き取ったところだった。


「ミアさん、ノヴァです。たいへんでしたね。それからその服、ズタズタじゃない?」

「ええ、たくさん切られちゃって」

 ミアが答えた。


「防御してないからだろ」


 マークが指摘するが、おい、マークよ。おまえの服はもはや存在しないだろう。人の事を言えるのか?


「マークに言われたくないわ。なんで裸なのよ」

「下はちゃんと穿いてるぞ」

「バカ」


「ガーディアンは体が丈夫だからって、防御を疎かにしすぎるのよ。攻撃してくるサソリに気を配って排除すればいいだけじゃないの」

 ノヴァがごもっともな事を言う。


「……」

「……」


 マークもミアも言い返せることは無い。


「とにかく、アイリスを呼んでちょうだい。さっさと決着をつけちゃいましょう」

「ああ、わかったよ」


 マークは渋々ノヴァの言う事に従った。

 

 マークは右手の人差し指と中指を頭につけて、叫ぶ。


「アーイリース!!」

「な・に・よ!!」


 マークの二倍大きな声でアイリスが反応した。ちょうどマッサージルームでゆったり気持ちよくマッサージを受けていたのに、一番聞きたくない男からの声。これまでの経験から二割くらいの確率でお声がかかる可能性は考えていたけど、呼んでほしくなかった。本当に呼ばれたくなかった。天国から地獄とはこのことだ。これで休みは台無しだ。マーク…… なんて腑抜けなの?

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