第37話 プリズメア(サソリ型異生物)

 黒い巨大な渦巻きの雲に近づきながら、ミアはマークに聞いた。


「プリズメア……サソリってどんなフォルフ(異生物)なんですか?」


 マークはちらりとミアを見て、言いたく無さそうに口を開いた。


「えーとなあ、実体は空を凄い数の群れで飛び回る小型のサソリに似た生物だ。鋭利な手を持ち切りつけられる。一番の弱点は熱。熱に弱いんだ」

「わかりました。炎系の技が有効ですね」


 マークは自信がありそうなミアを見て、このサソリの厄介なところをまだよく理解していないことを悟った。


「ああ。それはそうなんだが、こいつはそう簡単じゃないんだ」

「何ですか?」

「擬態の一種なんだが、集団で動くと暴風の幻影を見せるんだ。いや確かに強風は吹くんだが…… 見ろ、あれは単なる暴風が吹き荒れている黒雲にしか見えないだろ」

「そう言われれば、そうですね」


「光学迷彩では無いが、やつらは空間を歪ませ光を屈折させて、実体をうまく隠すんだ」

「え? つまり実体が見ににくいという事ですか?」


「その通りだ」

「じゃあ、どうすれば……」


「ま、手あたり次第に片付ければ、数を減らすことはできるんだが……」

「数は減らせるけど……なんですか?」


「こちらも体を相当切りつけられるんだ、かわすのが難しい……」

「ああ……」


「まあ、深い傷にはならないんだが、少々困る展開になる」

「困る?」


「まあ、工夫してがんばってくれ。俺は何も言わん」

「ふ~ん。よくわかりませんが、さほど傷つかないのなら、大丈夫ですね!」


 (大丈夫じゃないんだけど……)マークはなぜかにやりとした。


 二人は雲の近くまで来て、一度地上に降りた。付近の住民がせわしく動いている。ミアはその様子を見て少し不思議がった。住民は、うきうきしながら、なにやら薄いボードのようなものを次々と空中に並べて設置している。エルシアの住民は少し特殊能力が使えるので、手際が良い。


 やがて住民がミアとマークに気がついた。


「あ、みんな! ガーディアンよ! ガーディアンが来ている!」

「マークじゃない! 久しぶり!」住人が叫ぶ。

「ああ、こんにちは」とマーク。


「あら、マーク。こちらの可愛いお嬢さんは? 見たこと無いわね」

「私、ミアと言います!」

「という事だ」とマーク。


「新人のガーディアンです。今日がデビューです。よろしくお願いします!」

「という事だ」とマーク。


「あら~ ミアちゃん。よろしくねえ」

 住民は優しそうで人懐っこい。だが…… きょろきょろ辺りを見回す。


「ところで……ねえ、アイリスさんはどこ?」

「ああ、おばちゃん。今日はいないんだ」


「おば…… ねえ、アイリスがいないなんてどう言う事よ! 今日はサソリでしょうな、サソリ!」

「ごめん、彼女、来たくないってさ……」


「どうしてよ! アイリスが来なくてどうするの! 見てよ、みんなもう用意しているのよ。あなたとかそのミアちゃん? が対応できるの?」


「たぶん退治することはできるかと……」

「そ・れ・じゃ・ダメでしょう! わかってるわよね? マーク」


「は、はい。最後は何とかします……」

「きっとよ! みんな楽しみにしてるんだからね!」

「わかっています」


 住民は一体何を楽しみにしているのだろう……


 守護神の一人であるマークが一般人にえらい言われようである。それにしてもアイリスがなぜそんなに人気があるのか? しかも単なる退治じゃダメってどう言う事? ミアにはさっぱり見当がつかなかった。


「ねえねえマーク。あの人、何を言っているの?」

「いや、ミアは知らなくていいよ、さあ、とっとと片付けよう」

「え~ 嫌な感じ……」


 ミアとマークは再び黒い竜巻状の雲が待つ空に向かって浮上していった。


「ミア、熱系の技を出してみてくれ」


 マークがおもむろに言った。ミアの腕試しではないが、様子を見たいらしい。


「えーと、じゃあ、サーモバリックバーナーかなっ!」


 ミアはそう言うと、両腕を伸ばしてちろちろと青い炎を手に浮かべた。

 そしてそれを前に突き出すと、青い炎が一直線に黒い雲にむかって放たれた。すると炎が通過した場所だけ、黒い雲に穴が開き、十匹程度のサソリ、プリズメアが焼けた姿を現し、落下していった。


「ありゃ、あれだけ? 何か意外に少なかったのね」


 ミアが思ったほどの数は退治できず、穴も間もなく塞がってしまった。そして数匹がミアの顔や体をかすめて飛ぶ。目には見えない。やはり光学迷彩の一種を使っている。


「痛っ」


 細い切り傷が何ヵ所かに付く。傷はゆっくりと消えていくが、切られた時にそれなりに痛みは感じるので平気ではない。マークが一連のミアの様子を見て言った。


「何とかなりそうだな、じゃあ別れて左右から片付けていくか」

「え、何とかなりそうもないんですけど……」


「まあ、減ったサソリが増えることは無いから、地道に時間をかければ何とかなるよ」

「どれくらい?」

「三日くらいかな!!」

「えー? 三日も?」


「じゃあ俺は右側からやるね。なんかあったら叫べ。聞こえるから。幸運を祈る!」

 

 無情にもマークは雲の反対側まで飛んで行った。薄情なやつめ。

 ミアはスーッと消えていく切り傷を見ながら、再び暗雲を見つめて闘志を燃やした。


 雲の色の濃いところを目がけてバーナーを放つ。

 焼けたサソリが落ちる。

 鋭く飛んでくるプリズメアを勘でかわして、次の火種を手にセットする。


 再びバーナーを放つ。

 焼けたサソリが落ちていく

 見た目にはほとんど減らない相手に舌打ちをする。「チッ」

 時折、体の一部に痛みが走る。プリズメアに切られるのだ。まるで鎌いたちだ。


 これをひたすら繰り返す。

「あー、疲れてきたあ」


 ふと体を見ると、服がズタズタにされている。

「もー、皮膚は自動修復されるけど、服はなおんないのよ!」


 ミアが愚痴をこぼす。まだ一時間も経っていない。遠くで花火のような赤い球が見えては消える。マークがやはり熱球みたいな技でサソリ退治を続けているようだ。


「はあ、どうにかもっと早く片付かないかな~」


 すると、上空に光る動くものが見えた。それは黒い雲に入ったり出たりしている。ミアが少し近づいてみると、それは人だった。どうやらミアと同じようにプリズメアを退治している様だ。すぐにミアは思い出した。あれはサードワールドの戦士、SOF(特殊部隊)の男の人だ。確か名前は……


「カイさん! こんにちは!」ミアが叫ぶ。

「やあ、えーと、君はガーディアンの……」


 カイはミアに気がついて答える。ミアは随分ガーディアンらしくなったな。服はボロボロだけど……


「ミアです! 来てくれたんですね」

「そうだミアさんだ。久しぶり」

「お久しぶりです」


「ミアさん、もしかしてガーディアン正式デビューですか?」

「はい、そうなんで…… あ、痛っ」


 会話中もサソリは容赦ない。


「おめでとうございます。それにしても最初がプリズメアですか。厄介ですね」

 カイは近寄るサソリをソードで器用に切り捨てながら答える。


「そうなんですよー。時間がかかりますよね?」

 困ったような表情でミアが言うと、カイは一呼吸置いた。


「……えーと、今日はアイリスは来ないのですか?」

 カイはソードを振ってまた数匹排除しながら訊く。


「え? アイリスさんですか? 来ませんけど……」

 なぜ、みんなアイリスが気になるんだろう。ミアには良く分からなかった。


「そうなんですか、じゃあ本腰入れてやらないとですね。さ、ミアさん再開しましょう」

 そう言うとカイは、サソリ退治のため強い風の方に再び飛んで行った。

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