第1話B エルシアのガーディアン2

 ミアはスピードを上げて飛び、風を受けながら下を眺めている。そしてふと、不自然な動きをする大きな浮遊物を遠くに認めた。


(何だろう、あれ)


 少し距離を縮めると、その正体がわかり今度はミアに冷や汗が出てきた。


(ヒドロゾアだ!)


 巨大くらげが空中で村の家の上をうろついている。毒を吐かれたら、さしものエルシア住民もひとたまりもない。ミアは太陽を背にティナの近くまで一度戻ってきた。


「ティナー! 出たよー お化けくらげ」

「ヒドロゾアですかっ!」

「そう、下に民家もある!」

「それはまずいですね。行きましょう」


 ティナは移動しながら、亜空間からポケットにフロズナイトと呼ぶ特殊な宇宙石を回収し始めた。狙った空間を生物もろとも凍結状態にできる優れモノだ。しかしヒドロゾアまで成長した個体は知能も発達しているので油断はできない。


「ミア、まず民家をシールドお願いします!」

「りょーかいっ」


 ミアが民家の上空に透明な巨大シールドを設置する。これで毒を吐かれても直接住民に危害は及ばない。雰囲気を察知して住民が民家から出て来て不安げにヒドロゾアを見上げている。


「みなさーん、ガスマスクをつけてくださーい」


 ミアが叫ぶ。エルシアでは神の存在は人々から認知されており、頼られている。


 ヒドロゾアの成体は卵を産むために多量のエネルギーを必要とする。そしてそのエネルギーは地上の生物や植物を毒で腐らせてから吸収することで得るのだ。少しずつヒドロゾアは唾液のように毒液を吐き始めた。

 

「ミア、退避して。私があいつを凍らせるから」ティナが言う。


「よろしく、フガフガ」


 ミアは口に布を巻きながら退避した。神と言えども毒やら何やらに全く平気な訳ではない。神の実態はミッドガルドからやってきた単なる超人的な人間だからだ。


 ティナはポケットからフロズナイトを取り出しヒドロゾアに投げつけた。しかし肩が弱くて届かない。


「フガフガ 下手くそー」


 ミアが念力でフロズナイトに加速度をつけてヒドロゾアに届かせる。十個ばかりのフロズナイトがヒドロゾアを囲んで破裂する。するとヒドロゾアを含む空間が一瞬で凍結する。凍結した状態で空中に浮いている。


「ティナー、サードワールドに転送できる? 大きいけれど……」

「ミア、ブルーソースを少し引き込んで。それで何とかできる」

「オーケー。ちょっと頂いちゃうね」


 ブルーソースとは世界を安定させるための基本物質である。エルシアにもパイプ一本分が常時供給されている。そこからミアがブルーソースの一部を転送させるのだ。ミアが上空を見定めて右手を上げ引き込む動作をする。口の布が外れる。


「ケホケホ」


 ヒドロゾアの毒がごくわずかに空中に浮遊しており、少し吸い込んだ。しかしやがて上空から青い液体ブルーソースが筋となって流れ込んできた。


 ティナがそのブルーソースをヒドロゾアの周りに曲げて寄せる。そして再び光の球を放射する。ブルーソースは光を増幅する作用を示し、大きな光がヒドロゾアを囲んだ。


 ティナが右手を上に上げると、ヒドロゾアを包む巨大な光の塊は上空に向かって飛んで行った。


「ばいばーい」

「もうエルシアに来るんじゃないよー」


 二人は上空に消えゆく光に向かって叫んだ。



 ◇ ◇ ◇



 ミルヒ村から遠く離れたポツンと一軒家。それなりに大きい別荘のような建物。ガーディアン達の寝ぐらである。神でありながらエルシアでは普段、普通の人と同じように暮らしているのだ。


「ルカ、めしまだかー?」

 マークがソファーで、だらけながら叫ぶ。


「マークさん、たまには手伝ってくださいよ」


 ルカは21才くらい。男ながら料理はお手の物で、ミア達がいない時の夕食は大体ルカが作る。今日はまだミアとティナが戻っていない。


「やだねー、できないもん」とマーク。

「『できないもん』じゃないっすよ、今時そんな男はもてないですよ」


「はー? 何だそれ、男にも料理が必要なのか?」


「当たり前でしょ、バカ」女性の声。


 マークの前に座っている女神アイリスだった。見た目の年の頃は二十代後半と見られ、抜群のスタイルで脚を組んでスマホを操作している。実はマークとは腐れ縁なのだが、今は単なる同居人である。


「当たり前なのか? 昔はお前にも良く作ってもらったもんだが。そういや最近お前が料理したところは見たことが無いな」


「あ”? 喧嘩売ってんの? マーク」とアイリス。

「いやいや。お前の美味しい料理、久し振りに食いてえなーって」

「誰がお前なんかに作るかっ」

「冷てーなー、昔はラブラブだったのによー」


 そうアイリスにとってマークは元カレである。といっても付き合っていたのは数千年前ということになるが……


「いい加減にしなさいよ。こっちは思い出すとムカつくんだからね」

「俺は思い出すんだけどなあ、おまえのカラ……」


 アイリスが一瞬手をマークの方に動かす。バチッと音がする。

 次の瞬間マークの顔が黒焦げになる。電撃を放ったのだ。


 アイリスは平然とした顔でまたスマホをいじる。

 黒焦げの顔でマークが絶句する。


「ダ…… ゲホゲホ」

「顔洗ってきな」アイリスが一言。

「はい……」


「はーい、できたよー」


 エプロンをつけたルカが男料理を持ってやってくる。アイリスの顔が一転笑顔になり、はしゃいでルカと一緒に料理を並べ始めた。すると玄関が開いた。


「ただいまー」


 ミアとティナが帰ってきたのだ。ティナがぼやく。


「くらげ、たいへんだったー」

「あらあら、今日は何? メテフィラでも出たの?」とアイリスが訊く。


「それどころじゃありません。エフィラのコロニーを処理していたらヒドロゾアまで出たんです」ミアが説明した。


「まあ、ヒドロゾアまで? 珍しいわね」


 マークが顔をタオルで拭きながら口を挟む。


「最近ヒドロゾアはあちこちで見かけるらしいぞ、あと台風サソリもな」

「嫌ねー」アイリスが露骨に嫌な顔をした。


「マーク! ただいまっ!」ティナが駆け寄りマークに飛びついた。

「今日もちゃんと仕事してきたか? ティナ」とマーク。


 マークは形だけ抱きしめてすぐ降ろす。子供扱いだ。しかしティナも最近は少し体が大きくなってきたので、ほんの少しだけ女性ということを意識し始めた。


「当ったり前でしょ。きれいさっぱりくらげは退治してきたわ」

「よしよし、えらいぞ」


 頭をなでてやる。「えへ」ティナはにこにこだ。


 みなでわいわいがやがやと夕食が始まった。


 エルシアに来ておよそ一ヶ月。この生活にも慣れてきた。ルカはなぜか髪が少し濡れているミアを見て、それからほんの少し大人の顔になったティナを見て、この二人と一緒で良かったと思った。


「今日ねー、ミアの活躍すごかったんだよー」

「そんなことないよ。それよりティナのフロズナイトが効果的だったわ」

「そうかそうか。二人とも頼もしいじゃないか」

「まあ、よく頑張ったわね」


 そんなみんなの会話を聞いてルカは二人とのトレーニング時代を思い出した。もうずっと昔の話の様に感じる。


 思えば、三人ともミッドガルドという元の世界で、そこにいるアイリスにスカウトされたのが始まりだった。そして長期にわたる見習いとしてのトレーニングをこのメンバーで行ってきた。


 アイリスもマークもその頃と全く変わりがない。二人とも半永久的に生きる神なのだ。アイリスの顔を見たら、ルカがなぜか吹き出した。


「ルカ、何よ?」

「いえ、何でも無いです。アイリスさんって変わらないな~って」


「どういう意味?」

「最初にスカウトに来た頃を思い出しました」


「何それ、随分古い話ね」

「楽しかったです」


 ルカは思い出し笑いをした。

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