第1話A エルシアのガーディアン 1

「ミア、右2時方向、20キロ先に異世界からやってきたエフィラくらげの幼生のコロニーがある」


 小柄な少女が空中を飛びながら、ミアと呼ぶもう一人の女性に告げた。ミアは薄い金色の長い髪をたなびかせ薄青の瞳で少女が示す先を見つめる。


 空を飛ぶには不釣り合いな白いドレスに首飾り、防御用と思われる腕輪とブーツ。ミアの背中には翼が見えるが、空を飛ぶ時にそれを使う必要は無い様だ。


(最近、中間体のメテフィラの出現が増えている。いずれ成体のヒドロゾアの被害が出るのも時間の問題。少し可哀そうだけど、幼生のエフィラの段階でデポート追放しないといけないわね)


「ティナ、コロニーの規模は?」

「うーん、おそらく一万匹くらいかな」


 ティナと呼ばれる少女は、ミアよりも一回り体が小さいがとても可愛らしい顔をしている。目には見えない情報ツールを駆使しているようで、目の周りの情報を処理すべく表情が細かく変化する。


 二人は青い空を疾風の如く飛んで行く。二人はエルシアの住民を守ってくれる特別な存在である。ありきたりな言葉で言えば女神。守護神(ガーディアン)である。


「多いね。いつものように電撃でに順次転送するから、ある程度まとまったらティナの方でサードワールドにデポートしてくれない?」

「ミア、了解しました」


 幼生エフィラは第三世界からやってくるくらげ状のフォルフ(異生物)である。それが成体のヒドロゾアになると毒を持ち、エルシアの住民にとって危険極まりない。


 二人はエフィラのコロニーに到着した。半透明の花の様なエフィラが無限に漂っている。一目見た感じでは幻想的で美しいものだ。しかしミアは心を鬼にして、片っ端からエフィラに電撃を放射し、かごに瞬間移動させ始めた。


 巨大なかごはみるみるエフィラで埋まっていく。ある程度溜まったところで、ティナが目を瞑り体を発光させる。さらに両手に光の球を作りその光球を徐々に大きく育てる。


 そしてティナはおもむろにかごに向かってその光球を放出した。かごは爆発的にまばゆい光を放ち、一瞬の幻影を残し……フェードアウトした。するとかごの中のエフィラは跡形もなく消えた。サードワールドに転送されたのだ。


「はい、一丁あがり」


 ティナにとってサードワールドへの転送処理は手慣れたもので、ミアやルカよりも効率的に処理ができる。


 攻撃だの高速移動だのといった運動系の特殊能力はあまり得意では無いが、ティナが扱える特殊能力の種類と応用力ときたら、歴代のガーディアンの中でもトップクラスである。


 まだ十代半ばにもならない幼い顔でこれだから、ギャップに驚く。


「まだまだいくからねー」


 ミアが少し離れたところから叫ぶ。仕事ができるお姉さんは素敵だ。


 ティナはミアの姿を見てつくづくそう思う。同じガーディアンでも重要な時にしかまともな仕事をしないマークとか、お色気だけはむんむんのアイリスとか、ドジ男のルカとかそんな他の神達とは違う。


「どんと来ーい。ミア、がんばれー 働く女神は素敵だよー」

「ありがとー。それは分かってるわー」


 ティナは思った。(でもマークは私的には許せる。彼はトレーニング時代にわたしの面倒を良く見てくれたからね)


 ティナは一回り年の離れたマークの事が好きである。彼はもうかなりのベテランのガーディアンだが、人間の三十才くらいの風貌のイケメンで、女たらしであることを除けば、性格も良い。


「ティナ! あと三回くらいで片付くよー」

「ありがとう。ミア、ラストスパートお願いしまーす」


 何回目の転送だろう。ティナは消えゆくかごの光を見つめながら、自分の過去を思い出して微笑んだ。 

 

 ティナはスカウトされる前は、「千夏」として大家族とともに平凡な生活を送っていた。いや、ティナ自身はタレント事務所で子役として活動していたから平凡とは言えない。


 しかし普段は姉や妹と近所でよく遊んでいたことを思い出す。ある日、そこに胸の大きいお姉さんがやってきたのだ。アイリスだ。


「わお、最後にメテフィラがいたー、ティナ手伝ってえ」

「はーい」


 メテフィラは幼生のエフィラと成体のヒドロゾアの中間の少し危険なくらげである。ティナはミアの元に飛んで行った。


「私が触手とか固定するから、ティナはメテフィラのソウル(魂)を隔離して」

「了解でーす」

 

 メテフィラは大型で無数の光る触手を空中に漂わせて蠢いている。

 二人はメテフィラを優しく処理した。ソウルの処理をしたティナは気がついた。

(このメテフィラ、結構はっきりした意思があるな。怖がっている)


 ティナはメテフィラのソウルに告げる。

「あなたは大丈夫よ。一時的に心と体を分離させてもらうけど、サードワールドに転送したらまた元に戻るから。そこはあなたの故郷よ。安心して」


 ティナ達はエルシアの住人にとっての女神なのだが、このフォルフ達にとっても神のような存在である。ティナの言葉にメテフィラは恐怖心が静まり、移動されるのを静かに待つことができた。メテフィラはティナによって優しく転送されていった。


「終わったー」

「お疲れ様―」


 ミアが一仕事を終え満足げな表情で叫ぶと、ティナが労った。汗が流れて、およそ女神らしくないミアの顔がきらきら輝いていた。


 この人、仕事が好きなんだな。昔タレント事務所でミアを初めて見た時も彼女は汗をかきながら一生懸命ダンスの練習をしていたっけ。あまり上手とは言えなかったけど真面目に努力するお姉さんだなーって思った。


「ん、何、ティナ? 私の顔に何かついてる?」

「ううん、随分汗かいてるなって」

「もう最近暑いからね。この服脱いで雨に当たりたいくらいよ」


「裸の女神? いいかも…… 冗談だけど」

「ハハハ、捕まっちゃうね」

「マークが匂いを嗅ぎつけて飛んでくるよ」

「それ嫌だー」


 私もそれは嫌だ、別の意味で。ティナは心の中で呟いた。


「ティナ、何かさっぱりする方法ない?」

「うーん、雨降らせようか? シャワー代わり」

「いいね。やってよ」

「服は脱がないこと!」

「もちろん!」


 ティナが局地的に雨雲を呼び寄せ、ミストのような細かい雨を降らせた。雨の流れは物理法則を無視し、らせんを描いてミアを包み込んだ。全ては空中に浮遊した状態で行われている。


「気持ちいいー」


 ミストがミアを包む。太陽光を反射して虹が浮かぶ。ミアの服はびしょぬれになっているがミアは全く気にしない。


(あーあ、スケスケになってるじゃん。あれじゃ裸と変わらないよね)


 ティナが苦笑いする。でもよく見ると濡れたことでミアは、思いがけず女神らしい風貌になっている。これはこれで有りかと思う。


 ミアは汗を流してさっぱりした後、服を乾かすために空中を飛び回った。八の字飛行をしているミアを見てティナは思った。


(あれじゃまるで蜂ね。女王蜂? いいえ、働き蜂かな)


 ミアが上空から見る、ミルヒ村は美しい農村でカラフルな畑が広がっている。


「きれいな所だなー」

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