第27話 ルカの想い
アイリスがコーヒーを一口飲むと、椅子から立ち上がり両手を腰にあててルカの方を向いた。相変わらずの似合わないビジネススーツにメガネがキラリと光る。
「さて、次はルカの番よ。何やるか考えた?」
ルカも立ちあがった。背は同じくらいの筈だが、ハイヒールを履いている分アイリスの方が高いかもしれない。
「僕はですねえ、母親を助けます」
ルカの母はとある事件に巻き込まれて体調を崩した。それがその後のルカ親子の人生に大きな影響を及ぼした。
「例の大きな事件ね。事件前に戻って、お母さんを現場に行かないようにするの?」
「いいや、他にも犠牲者がたくさん出たから、全員助けたい」
「え、それはちょっと……」
マークもルカに説明した。
「それはやっかいだぞ。あからさまに多くの人間に影響する形での変更は難しいんだぞ。TJに個々の人間の記憶も操作してもらわないといけないし」
「犯人の行動を変えればいいだけじゃないの?」
「死んだはずの人間を生きていたことにするというように、ある人間の人生を改変すると、現在の人達に大きな影響をもたらす。ミッドガルドだけでなくエルシアにもだ。猫一匹くらいなら大丈夫だが」
「どうなるって言うの?」
「犠牲者は復活するが、逆に今生きている人の中から消えてしまう人も少なからず出るだろうな」
「なぜ、そんなことになる?」
「大いなる時間の流れは自然にバランスを取るように働くからだ。死んだはずの人間が生き返れば、生きているはずの人間が死んだりしてバランスを取るように作用するんだ」
「地球の人口数十億人の内のわずか数十人でも?」
「ルカ、割合じゃないんだ。改変による増減が重要なんだ。一人の人間の命は考えられているよりもとても重くて、その生死は周りにとてつもない影響を与えているんだ」
アイリスが補足する。
「人間が死ななかったことにするのはかなり注意してやらなければいけないのよ。でないと思わぬ弊害が出る。TJ、このケースどう分析する?」
「ああ、やっかいだな、少し待ってくれ。ティナも分析手伝ってくれ」
TJとティナがWCAのツールを駆使して対応と影響を分析する。三十分ほど経過しただろうか、TJが結果を報告する。
「何とかなるかもしれない。ただし段階を踏んだ改変、しかも複数の入り組んだ対応が必要だ、俺の徹夜残業が確定だ。それからルカだけでは無理だ。全員で対処しなければならない。アイリス、いいか?」
「いいわよ。詳しく説明してちょうだい」
「これは放火による火災事件だ。今回は最終的にぼやで済んだ形に改変する。時間の経過を逆に対処していく。まずは放火直後だが、建物にいる人達を全員救出する。ティナが全員に薄い麻酔作用のスプレーを吹きかける。意識レベルを下げるんだ。後で対処しやすくなる。順次その人達をルカ、ミア、マークで建物の外に救助する。時間は完全に停止できないので、少し荒っぽい方法でもいいから短時間で避難させてくれ」
マークが呟いた。「最初が一番大変だな」
「次に、遡って犯人の行動と周りの対応を少しずつ変える。建物に侵入したところは、目撃者の記憶を消す。監視カメラの映像も消す。さらに遡り、犯人が燃料を購入する段階で、希望の燃料が買えないように変える。最後は、この犯人の動機は逆恨みなので、そこに至る過程に干渉して、思いとどまらせる」
ルカが訊く「犯人の行動を変えたら、まずいんじゃなかったっけ?」
「事件を時間的に逆に処理していくから、何とか時間の神様にも納得してもらえる。微妙なところだが」
「時間の神様っているのか?」
「いない。だが時間の摂理の事をそう呼んでいるんだ。やっかいな神様だよ、全く」
ミアが口を出した。
「大作戦ね。火災案件の救助はまかせて。私の専門よ」 そうだ、ミアは消防士志望だった。
チームはそそくさと準備を進め、準備が整うとTJにタイムリープを依頼した。
現場にチームが登場した。五階建てのビルの前だ。ミアが作戦の最終確認をする。
「犯人が放火した瞬間に、ティナがその周りの人達にスプレーをかけ、私とルカが瞬間移動と浮遊術を使って運び出す。並行してマークがスライス技を使う」
「スライス技って?」ルカが訊く。
「今回は中にいる人間を助けやすくするためにビルをスライスするんだ。伝家の宝刀の出番だな」マークは自慢げだ。
「そうしたら、ティナとアイリスでスプレーを全員に頼みます。」
「まかせて」
「そこで私とルカで全員を建物外に救出よ。ルカ、ミッドガルドだから動きにくいけど最高速で頼むわよ。避難が終わったら建物を元に戻す。ここまでがステップ①よ、ステップ②は後でまた確認しましょう」
ルカが意気込んだ「さて、ではやりますか、そろそろ犯人が来たぞ」
犯人が建物に侵入してきた。手に燃料を持っている。
そして、犯人が燃料を撒いて火をつけたその瞬間、ミアが叫んだ。「フリーズ!」 同時にTJが時間を超スローにした。
火がゆっくりだが爆発的に広がろうとした瞬間、ミアの技でその火が固まった。犯人も人々も動きが超スローになっている。
ティナが素早く駆け寄り、犯人とその周りの人達にスプレーをかける。人々はゆっくり瞬きするが、視線は動かない。
「マークお願い! ルカ行くよ」
そう言うとミアとルカはスプレーがかかった人達を次々と建物の外に運び出す。火は固まってはいるが少しずつ大きくなって伸びてくる。
マークが巨大なレーザーソードを両手で持ち、建物の五階のあたりに浮遊している。何かを念ずるとソードは光輝いた。それを一閃、横に建物を切り裂く。切り裂かれた天井が浮いた状態で停止している。
さらに、少し下に下がり四階、三階、二階、一階と計五度、マークは建物を重箱のようにスライスした。ルカが驚きの声を出す。
「すごい。五スライスか。まるで食パンだな」
次にマークは各階を念力で移動させた。道路の少し上に各階を五つ箱の様に並べて浮かべた。上から見ると各階にいる人達が丸見えだ。全部で七十人くらいいるだろうか。
マークが叫ぶ。「ぼさっとするなよ、スプレー隊と避難隊、動け!」
ティナとアイリスがスプレーを振りかける。スプレーが終った人からルカとミアが建物の外に移動する。
運ばれる人たちはゆっくりと動いているが、ほぼ固まった状態で次々と運ばれていった。
全員が運ばれると、マークはスライスされた建物を逆に元の位置に戻していった。各階が縦にきれいに重なると、今度は修復の言葉を唱えて、切断面を元どおりに戻していった。やがて建物は何もなかったかのように元の状態に戻った。中の人間だけがいない。
ミアが再びチームの指揮を執った。
「さあて、ここまでは順調。次のステップよ。ティナはTJと連携して、避難した人、周辺に居た人たちの記憶を操作してください。他のメンバーは私と犯人の過去を操作するわ」
ティナとTJは当事者一人一人の記憶を慎重に操作していった。そこにはルカの母親も含まれている。最終的には彼らの記憶は次の様なものだった。
その日、普通に仕事をしていたら、下の階が騒がしい。火災警報器が鳴り、「火事だ、逃げろ」という声が聞こえた。
火も煙も見えないが、訓練の手順に従い、建物の外にみんなで逃げた。
やがて、ぼやがあった様だという話は聞いたが、原因はわからなかった。みな仕事に戻った。
ティナとTJは監視カメラの映像も処理して、辻褄が合う様にした。TJは最後にぼやいた。「俺はこの後、夜通しでこの人達のこの後五年分の人生の記憶を作って行かないといけないんだ。それもごく自然にね。あー大変だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます